第19話 本能


「き、起立。礼。着席」


 週明け最初の授業。

 私の号令の声が教室に小さく響き渡った。

 やったっ。号令できた!

 カラオケでの特訓はやっぱり無駄じゃなかったんだ!

 胸元で小さくガッツポーズを取り、私は確かな成長を噛みしめていた。


「(委員長。声ちっさ)」

「(委員長。声ちっさ)」

「(未希ちゃん。声ちっさ)」


 皆がどう思おうともこれは確かに成長なのである。







 私の声が小さいのは自分に対する自信の無さが原因だ。

 皆の悪意の言葉が怖くて今まで友達を作ってこなかった自分。

 私が一人でオタ活している間に皆は色々なことを体験していた。

 体験が自分というものを形作っていく。

 私にはその『体験』が圧倒的に少ないのだ。


「ひ、広井君。昨日はカラオケに付き合ってくれて、あ、ありがと」


「……いや。俺も楽しかったから」


「そ、そっか。それなら、誘って、良かった」


「ああ」


「…………」


「…………」


 週末の体験を経て、私もレベルアップはした。

 こんな感じで広井君としゃべれるようにもなっていた。

 でもぎこちなさが毎回残る。

 一言二言しゃべったらすぐに沈黙が流れてしまう。

 他のクラスメイト達は途切れることなく会話が出来ているのに、どうしても私にはそれができない。

 皆と私、何が違うのか。

 それはやはり『体験』の量の差なのだろう。


「(もっともっと、私は頑張らなくちゃいけない)」


 その為に私が次にやらなくてはいけないことは——







「ひ、広井君。この後、時間ありますか?」


 放課後、私は帰ろうとしている広井君を呼び止める。


「あ、ああ。全然あるけど」


「じ、じゃあ、ほ、放課後教室に残ってくれませんか?」


「わ、わかった」


「…………」


「…………」


 無言。

 二人とも正面を向いたまま、ただ無言で黒板をジッと見つめる。

 皆が教室から出ていくのを待っているのだ。

 クラスの皆が怪訝そうに私達を横目で見ながら一人ずつ去っていく。


「(ミキティに声を掛けられるとやっぱりドキドキするな。要件はなんだろう? クラス委員の仕事関係か?)」


 ごめんね違うんだ広井君。

 私の個人的な用事にキミを巻き込ませちゃうだけなの。

 皆が教室からいなくなったことを見計らうと、私は彼の正面に座り、広井君の目をジッと見た。

 目が合い、瞬間的に反らしたくなるが我慢だ。反らしてしまったら意味がない。しっかりと目を見るんだ。


「(み、ミキティの大きくて可憐な瞳が俺を見つめてきてるぅぅ! か、かわわ、かわぁぁぁ! かわわわああああ!)」


 広井君の動揺も伝わってくる。私にドキドキしてくれることがわかる。

 私も恥ずかしくて俯きたくなる。でもそれだといつもと一緒だ。

 受け入れるんだ。私の緊張も、彼の動揺も。

 私自身が変わるために。


「私、ね。広井君と、お話がしたかった、の。これはただの雑談。でもそれは、私には、とっても大切なことで、あの、意味わからないと思うけど、お話に付き合ってもらえませんか?」


「~~っ」


 広井君は顔を真っ赤にさせながらコクコクと頷いてくれた。

 たぶん私の顔は彼以上に真っ赤だろう。

 今すぐ逃げ出したいくらいドキドキしているけど、やり遂げなくちゃ。

 今ばかりは一言二言で会話を終わらせてはいけないのだ。


「私、ずっとお友達がいませんでした。中学の頃なんて3年間誰ともしゃべった記憶がないくらい。それは私が人付き合いを避けていたから。一人でいるのが楽だなって思っていたから」


「氷室さん……」


「でもそのツケが回ってきたのが今の私。人と会話ができない。会話できても小声でぼそぼそと喋ってしまう。カラオケの採点マシーンにすら私の声が届かなかった」


「そ、そんなことない!」


 広井君がガタッと立ち上がって否定してくれようとする。

 優しいな。本当にいい人だ。

 彼の優しさに甘えてばかりだなぁ。私。


「ううん。そんなことある。私、自分を変えたい。誰とでも堂々としゃべれるような自分になりたい。そうなるって誓ったの」


「……偉いな氷室さんは」


「だ、だから、広井君とはもっと近くでお喋りしたいの!」


 私と広井君の間には距離がある。

 心の距離は仕方ないが、体の距離はちょっと頑張れば近づけることができる。

 だから私はゆっくりと彼に近づく。

 彼の目を見つめたまま、静かに寄っていく。


「~~っ!?」


 正直言うと人と友好関係を築くのは怖い。

 悪意の声を向けられるのが怖い。

 でも広井君はこの二か月、一度も私に悪意の言葉を放ったことがない。

 色々とやらかしている私をいつも好意的に見てくれた。

 だから私は彼に近づいてみたくなった。


「……っ!?」


 広井君は私の接近にただ驚いていた。

 手を伸ばせば彼に触れられるくらいまで距離を詰めた。

 距離を詰めたら別の欲求が私の脳裏を支配する。


「(触れて……みたい……)」


 自分がそんなはしたないことを考えてしまったことが信じられなかった。

 でも本能が彼との接触を求めてしまっていた。

 私は彼の目を見つめたまま、頬に向けてゆっくりと手を伸ばし——


「なんで逃げるの!?」


 なぜか瞬時に距離を取られてしまった。


「いや、この距離感はさすがに照れるというか……」


 広井君に触れようとした瞬間、謎の回避技術を見せつけられてしまい、バッと距離を開けられた。

 せっかく詰めた距離が一瞬で元通りになってしまった。


「(私のこと好きなんだよね!? どうして避けるのぉ~!)」


 せっかく近づけたと思ったのに、なぜか物理的接触が許されず、結局今日も負けた気分のまま一日を終えることになるのであった。

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