第47話 フランツの苦悩

(君に言われるまでもない。自分が間違っていることくらいわかっているさ……!)


 結界によって生み出された圧力に押し潰されながら、フランツ・バラセアンが奥歯を強く噛み締めた。

 骨が軋む、肉がねじ切れる、血管が千切れて血が噴き出す。

 眼球が潰れて、血の涙が流れる。目の前が真っ暗になっていく。


(だけど、僕がどれだけ苦しんだかわからないだろう……アリアがどれだけ絶望したかわからないだろう……!)


「ア……グッ……ウア……!」


 肺が圧迫されたことにより、口から呻き声が漏れ出てくる。

 もはや、自分がどれほど生きられるのかわからない。

 それくらいの威力を込めて自爆の結界を張らなければ、最強の騎士であるマルスを倒せないことはわかっていた。

 完全な自爆。己の死を前提とした決死の行動である。


(だけど、僕が死んでもアリアさえ生きていれば取り返せる……彼女が聖女として覚醒すれば、それこそ死者を甦らせることだってできるはず……!)


 真っ黒に染まった視界の中、フランツの脳裏に走馬灯のように過去の光景がフラッシュバックする。


 フランツはバラセアン王国の第八王子として、この世に生を受けた。

 バラセアン王家は一夫多妻制をとっており、国王は複数の妻を娶っている。

 これはバラセアン王家に限ったことではない。権能は遺伝する可能性が高いため、強い権能を持っている貴族や王族は複数の妻をとることが多かった。

【結界】の権能を相伝しているバラセアン王家も例外ではない。現・国王には五人の妻がいて、それぞれと子供を作っていた。


 フランツが生まれて【結界】の権能を継いでいるとわかった時、最初は大勢の臣民に喜ばれた。

 バラセアン王国の王都は王族の結界によって守られており、それが繁栄の象徴となっていたからだ。

 新しい【結界】の持ち主が現れるのは祝福されるべきことである。


(だが……全てが狂った。他でもない、母が起こした事件によって……!)


 フランツの母親は王の妻の中でも端も端。低い身分出身の女性だった。

 一応は妃という身分ではあったが、実質的な権力は皆無。事実上の妾だったのである。

 そんな境遇が不満だったのだろう……フランツの権能が明らかになったタイミングで、彼女は暴挙に出てしまった。

 王太子を暗殺して、フランツを次期国王の椅子に据えようと目論んだのである。


(母は『王の妾』という地位では満足できなかった。次代の王の母親に、『国母』になりたいと願っていて、僕を王にしようとした。そして……!)


 そして、毒杯を飲まされた。

 暗殺が未遂で済んだために公開処刑こそされなかったものの、秘密裏に殺されることになってしまったのである。


(王太子を暗殺しようとした妾の子……王宮にいる誰もが僕のことを蔑んだ、侮った、馬鹿にした。【結界】の権能を持っていたから飼い殺しで済まされたが、そうでなければ連座で殺されていたことだろう)


【結界】を持っていたから、母親が暴走して。

【結界】を持っていたから、処されることなく済まされて。

【結界】を持った罪人の子というレッテルだけで、誰もフランツのことを見ようともしなかった。


(だけど、変わった……魔女の厄災が起こったことで全てが切り替わった……!)


『滅獄の魔女』が魔物を率いてバラセアン王国に攻め込んできたことで、フランツの立場が大きく変わる。

 前線に出て、【結界】の力で友軍を守るように命じられたのだ。

 フランツは命じられるがままに戦場に出た。命令を拒めば、用無しの存在として殺されかねなかったから。


 戦場での日々は辛かったが、それでも充実していた。

 兵士を守れば感謝された。民を守ればお礼を言われた。

 それまで蔑んだ目で見て来た者達が尊敬の眼差しを向けてくるようになったのである。


(嬉しかった。満たされていた。聖女の使徒に選ばれて、アリアとも関係を深めて……だから、勘違いしていた。英雄と持て囃されて調子に乗ってしまった……!)


 アリアから過去への回帰を提案された時、一も二もなく頷いた。

 あの時のフランツは、人を救うという行為がただただ好きだったから。時間を戻すことで大勢の人が救われるのなら、それで良いと思ってしまったのだ。

 しかし、間違っていた。

 過去に回帰したことで、フランツが成し遂げた善行が全て無に帰してしまったのである。


 フランツを尊敬してくれた人々の目が再び侮蔑のものになってしまった。

 命を救ったはずの人間、友と呼べるような間柄となった人間から軽蔑されるようになって、フランツは心から後悔した。

 とある教会から届けられた書状……そこにあったアリアの名前を見て、誘いに乗ってしまったのである。


(僕は後悔した。こんなにも不幸になってしまった……それなのに、どうして戦友であるはずの君はそれを理解してくれないんだ。何故、僕の敵に回るというのか……!)


「だから……死ね、死んでくれ、頼むから……!」


 結界を展開してからここまで、一秒と経っていない。

 死の間際、圧縮された時間の中でフランツは友の死を願った。


「ッッッ………………!」


 直後、黒い闇がフランツの意識を飲み込んだ。

 不可避の破滅に喰われ、全身が押し潰されていく。


「悪いが……俺はお前と心中はできない。ノヴァを守らなくてはいけないから」


 意識を失う寸前。

 フランツは友と呼んだ男の低い声を聞いた気がした。

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