第11話
クラーク教員に導かれるまま、俺は森の奥深くへと進んでいった。彼の言う「安全なアジト」とは、一体どんな場所なのだろうか。追っ手を警戒し、時折周囲に鋭い視線を送りながらも、俺の頭の中は様々な疑問でいっぱいだった。
「クラーク教員……先程、フレイア姫の背後には大きな陰謀があるかもしれないと仰っていましたが……具体的には、どのようなことなのでしょうか?」
俺は、息を切らしながら尋ねた。彼の口ぶりからして、単なる憶測ではないように感じられたのだ。
クラーク教員は、歩みを止めることなく、静かに語り始めた。
「あくまで私の推測だが……フレイア姫は、何者かに利用されている可能性が高い。彼女のあの行動は、あまりにも用意周到で、かつ大胆すぎる。まるで、誰かに操られているかのようにね」
「操られている……? 一体、誰に……?」
「それはまだ断定できない。だが、考えられるのは、王国内の特定の貴族派閥……あるいは、もっと厄介な、外国の勢力かもしれない」
外国の勢力、という言葉に、俺は思わず息を呑んだ。もしそうだとしたら、これは単なる王国内の権力争いでは済まない、国家間の陰謀にまで発展する可能性がある。
「フレイア姫は、その美貌と、表向きの純粋さで人々を魅了する。それを隠れ蓑にして、何者かが彼女を駒として動かし、この国を内側から混乱させようとしている……そう考えるのが自然だろう」
クラーク教員の分析は冷静かつ的確で、俺はその内容に戦慄を覚えた。もし彼の推測が正しければ、イザベラ様だけでなく、この国自体が大きな危機に瀕していることになる。
「では、俺を犯人に仕立て上げたのも、その陰謀の一環だと……?」
「おそらくはね。君はイザベラ様の信頼厚い護衛騎士だ。君を排除し、イザベラ様を孤立させることは、彼らにとって都合が良かったのだろう。それに、君を捕らえれば、口封じも容易だと考えたのかもしれない」
クラーク教員の言葉は、俺の胸に重くのしかかる。俺は、知らず知らずのうちに、とんでもない陰謀の渦中に巻き込まれてしまっていたのだ。
「しかし、安心しろ、レオン君。彼らの計画は、まだ完璧ではない。君というイレギュラーな存在が、その計画を打ち破る鍵になるかもしれないのだから」
クラーク教員は、そう言って俺の肩をポンと叩いた。その言葉には、不思議な説得力があり、俺は少しだけ勇気づけられるのを感じた。
やがて、俺たちは森のさらに奥深く、鬱蒼とした木々に囲まれた場所にたどり着いた。そこには、蔦に覆われた古い石造りの建物がひっそりと佇んでいた。一見すると、ただの廃墟にしか見えない。
「ここが、アジトです」
クラーク教員は、そう言って建物の隠された扉を開けた。中に入ると、意外にもそこは小綺麗に片付けられており、ランプの灯りが温かく揺らめいていた。部屋の奥には、数人の男女の姿が見える。
「おお、クラーク先生! お帰りなさい!」
その中の一人、快活そうな若い女性が、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。彼女は、動きやすそうな革鎧を身にまとい、腰には短剣を差している。どこか、アンナに似た雰囲気を持つ女性だ。
「紹介しよう、レオン君。彼女はリリア。私の教え子の一人で、情報収集と潜入工作を得意としている」
クラーク教員が、そう紹介してくれた。
「レオン・バーンズです。よろしくお願いします、リリアさん」
俺が挨拶をすると、リリアはにっこりと微笑んだ。
「話は聞いてるよ、レオンさん! 大変だったね。でも、もう大丈夫! 私たちがついてるから!」
その屈託のない笑顔に、俺は少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
部屋の奥には、他にも数人の男女がいた。屈強な体つきの元傭兵らしき男、物静かで知的な雰囲気の学者風の男、そして、どこか影のある、しかし鋭い目つきをした老婆。彼らもまた、クラーク教員の協力者なのだろう。
「皆、集まってくれ。彼が、レオン・バーンズ君だ。我々の計画の、重要なキーパーソンとなる人物だよ」
クラーク教員の言葉に、一同の視線が俺に集まる。その視線は、好奇心と、そして期待に満ちているように感じられた。
俺は、改めて一同に向かって頭を下げた。
「レオン・バーンズです。皆様のお力をお借りすることになると思いますが、どうかよろしくお願いします。必ず、イザベラ様を救い出し、この陰謀を打ち破ってみせます」
俺の決意表明に、彼らは力強く頷いてくれた。どうやら、俺は歓迎されているようだ。
「さて、レオン君。まずは君の無実を証明し、イザベラ様の安全を確保することが最優先だ。そのための作戦を練ろう」
クラーク教員が、部屋の中央にある大きなテーブルを指差しながら言った。テーブルの上には、王都の地図や、いくつかの書類が広げられている。
俺たちは、テーブルを囲んで作戦会議を始めた。
「まず、夜会の目撃者だが……フレイア姫に不利な証言をする可能性のある人物は何人かいる。だが、彼らが表立って証言してくれるかどうかは未知数だ。何らかの圧力がかかる可能性も高い」
リリアが、情報収集の結果を報告する。
「フレイア姫の周辺を探る件だが、彼女は常に厳重な警護に守られていて、容易には近づけない。だが、いくつかのルートで情報を集めている。黒幕との接触の証拠を掴むには、もう少し時間が必要だろう」
元傭兵らしき男、ゴードンが低い声で付け加えた。
「王宮内部の協力者だが……アンナという騎士は、間違いなく我々の味方だ。彼女からの情報は、非常に価値がある。アルフレッド王子については……彼の真意はまだ読めない。だが、イザベラ様のことを心配しているのは確かなようだ。上手くすれば、協力してくれるかもしれない」
クラーク教員が、慎重に言葉を選びながら分析する。
「イザベラ様の現状だが、命に別状はなく、王宮の医務室で療養中とのことだ。だが、フレイア姫の監視下に置かれている可能性が高く、自由な行動はできないだろう。まずは、彼女に我々の無事を伝え、安心させてあげることが重要だ」
俺は、イザベラ様のことを考えると胸が苦しくなる。彼女は今、どんな思いでいるのだろうか。俺のことを、本当に犯人だと信じているのだろうか。
「イザベラ様に連絡を取る方法は、いくつか考えられる。アンナさん経由か、あるいは……」
リリアが、何かを言いかけた時、学者風の男、エドガーが口を開いた。
「それについては、私に考えがあります。ヴァインベルク公爵家には、古くから伝わる秘密の連絡通路があるという話を聞いたことがあります。もしそれが本当なら……」
「秘密の連絡通路……?」
俺は、思わず聞き返す。そんなものが本当にあるのなら、イザベラ様に直接会えるかもしれない。
「あくまで古い伝承の域を出ませんが……調べてみる価値はあるでしょう。場所は、おそらく公爵家の図書室のどこか……」
エドガーの言葉に、俺は一つの可能性を見出した。
作戦会議は、深夜まで続いた。俺たちは、様々な情報を持ち寄り、知恵を出し合い、少しずつ計画を具体化させていく。
主な方針はこうだ。
まず、俺の無実を証明するための物的証拠と、フレイア姫の悪事を裏付ける証拠を集める。それには、夜会の目撃者からの証言、フレイア姫の周辺からの情報、そして、可能であれば黒幕の正体に繋がる手がかりが必要だ。
次に、イザベラ様の安全を確保し、彼女に真実を伝える。そして、彼女の協力を得て、フレイア姫の陰謀を公の場で暴き出す。
そのためには、俺が王都に潜入し、密かに活動する必要があるだろう。もちろん、変装は必須だ。
「レオン君、君にはこれを」
クラーク教員が、小さな革袋を俺に手渡した。中には、数枚の金貨と、何やら見慣れない紋章が刻まれた指輪が入っている。
「金貨は活動資金だ。あまり多くはないが、当面はこれで凌いでくれ。指輪は……いざという時のお守りだと思っていてほしい。特定の場所でそれを見せれば、協力者が現れるかもしれない」
「ありがとうございます、クラーク教員」
俺は、革袋をしっかりと懐にしまい込んだ。
作戦の概要が固まり、それぞれの役割分担も決まった。俺は、リリアと共に王都へ潜入し、情報収集とイザベラ様への接触を試みることになった。ゴードンは、王都郊外で待機し、万が一の事態に備える。エドガーは、ヴァインベルク公爵家の秘密の連絡通路について、さらに詳しく調べる。そして、クラーク教員は、全体の指揮を執りつつ、王宮内部の協力者との連携を図る。
「皆、くれぐれも無理はしないように。我々の目的は、あくまで真実を明らかにすることだ。無駄な犠牲を出すわけにはいかない」
クラーク教員が、一同に釘を刺す。
「はい!」
俺たちは、力強く返事をした。いよいよ、反撃の狼煙が上がるのだ。俺の心は、不安と期待、そして何よりもイザベラ様を救いたいという強い思いで満たされていた。
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