第十話 零落令嬢は決意する
「ステーキ、すっごくおいしかった。また食べたいなぁ」
「おいしいとお伝えしたとおりだったでしょう?このステーキをテイ様と一緒に食べられて、私はとても嬉しいですよ」
「私も嬉しい、ファタイと一緒に外食ができて。……サボっていたのは怒るべきなんだけどね。私も人のこと言えないから目を瞑っとく」
「あら、あらあら。今日のテイ様はデレが多いですね。嬉しいです」
「……うるさいなぁ」
情報収集と昼食を終えた私たちは、ベリルさんにお礼を告げてからレストランを後にした。“冒険者の酒場”というユニークな名前ではあったけれど、店内の雰囲気からご飯まで素晴らしいレストランだった。酒場というぐらいだから夜の営業がメインなのだろうが、私がそれを楽しむには少し早い。
このレストランしかり、喫茶店ズースしかり、この四年間で新しく始めたお店や立て直したお店はたくさんあるのだろう。そのお店、そこで働く人たちが、昔のように逞しく生きる精神を変わらず持ち続けているのだと思うと、私にも勇気が湧いてくる。お父さまに、お母さまに、カレンという町に胸を張れる人間になるのだと奮い立たせてくれる。
「私、もっと今のカレンを知りたいな。いろんなところに行って、私にできることを探したい」
「それはいいですね。町の紹介ならお任せください。私のおすすめはまだまだたくさんありますから」
「……もしかして、他の場所でもサボってたりする?」
「失礼な。他は私用ですよ。仕事中に寄りづらいんです」
「寄れたらサボってたんだ……」
今日ギルドに来ただけでも、私の中でいろいろな収穫があった。なかでも、私が思い描く“理想の魔術師”が“笑顔を守る魔術師”なのだと気が付けたのは、大きな収穫だった。私自身と向き合うことができたから得られた収穫で、これだけでも今日の一歩を踏み出してよかったと思える。
おちゃらけながらも私を支えてくれるファタイ、私を信じて送り出してくれたお父さま、こんな私と対等に接してくれたフロッツさん、レープさん、ベリルさん――みんなに感謝を伝えたいし、その感謝は成長した姿で伝えたいと思う。
そのためにも、私は目を背け続けてきた現実を受け入れなくてはいけない。
「……ファタイ、屋敷に戻る前に寄りたい場所あるんだけど、いい?」
「どこでしょう?」
きっと、今がその時。それができて初めて、私は本当の一歩を踏み出せる。
「……中央公園」
「……よろしいのですか?」
「うん。……お母さまに報告しないと。今までのことと、これからのこと」
「……わかりました。行きましょう」
ファタイは静かに頷く。私の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上のことは聞かなかった。
町の外に近いギルドの前からでも分かる、煌々と輝く巨大な結晶。ここに来るときには避けていたそれに至る道を、私は覚悟を決めて歩み始めた。
***
中央公園は、カレンで最も大きな緑あふれる公園だ。定期的に巨大な結晶を中心にバザールが開かれるほど、活気あふれる明るく楽しい場所となっている。
四年前のそこには、燃えた草木、抉れた地面、あちこちに突き刺さった氷のトゲと飛び散った血痕、倒れて動かないフードを被った謎の人達、そして、剣についた血を振り払う女性の姿があったなんて、今の公園からは想像もつかない。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気……」
いくら明るく楽しい公園に戻ったからといって、あの時と同じ場所に立ったら嫌でも記憶は蘇ってくる。あの光景が脳裏に浮かぶたびに、無意識に体が震えてしまう。
ファタイに心配をかけないようにしようと思っていたのに、その心構えはまったく意味をなしていなかった。
「……今日はお店少ないんだね」
「定期市の日ではありませんからね。いつものお店のいつもの出店、といったところでしょうか」
ちらほらと並ぶ出店と、笑いながら買い物を楽しむ客。ベンチに腰掛けてくつろぐ老夫婦に、噴水跡を有効活用したのか、結晶の周りに設けられた水場ではしゃぐ子供たち。
この場で気分を悪そうにしているのは私ぐらいなものだ。
「どうしてこの結晶残したんだろう」
ふと感じた疑問が口をついて出る。私からすれば、この結晶は私がカレンやお母さまを失うことになった原因であり、象徴だ。決して気分の良いものではない。
しかし、今の公園の様子を見るに、そう感じている人はいないように思えた。
「この結晶は、町の皆が『遺してほしい』とカレドグリム様に頼んだのですよ」
「え?」
「テイ様にとっては辛いものかもしれませんが、町の皆にとっては、あの最悪な日の終わりを告げる象徴みたいなものなんです。言い換えれば、クラリスタ様がカレンを守ってくれた証、といったところでしょうか」
皮肉なものだ。私が作ってしまった破壊の象徴が、町の人にとっては希望の象徴のようになっているなんて。この結晶はあの日と同じように煌めきながら、良くも悪くもあの日の出来事を遺し続けているようだ。
私は結晶に近づいて、あらためて見上げる。あの日はすぐに気を失ったから、この結晶を近くで見るのはこれが初めてだ。まさか首が痛くなるほど顎をあげなければ全貌を見ることができないなんて、窓から見下ろしていたときには思いもしなかった。
きっとこの感覚は、ほとんどの人は四年前に経験したのだろう。
「やっとここまで来れたよ、リスタお母さま。まだちょっと、気分はよくないけどね」
私は後悔するためにここに来たわけではない。後ろ向きになりそうな思考を振り払いながら、ゆっくりと気持ちをまとめる。
「……お母さまが最期に言った『理想の魔術師になりなさい』って言葉、今更だけどちゃんと考えたの。四年もかかったけど、見つけたよ。具体的に何をするべきかは、まだ分からないけど……」
カレンとお母さまを失ったあの日。現実から目を逸らし続けた四年間。「このままではだめだ」と思いながら踏み出せなかった日々。たくさんの人の力を借りて踏み出した今、見つけることができた答え。
全部、全部を受け入れて、私はこれから這い上がる。
お父さまのために、お母さまのために、カレンのために――今日から絶対に変わってみせる。
「――私、なるよ。理想の魔術師に。だから、見守ってて」
***
中央公園でお母さまに報告を終えたあと、私たちはまっすぐ屋敷まで戻ってきた。私の仕事は、応接室にいるお父さまに書類と情報を渡して初めて完了だ。仕事への責任感もあったし、街道に出る魔獣の件をすぐに報告した方がよいという考えもあって、あれ以上の寄り道はしないことにした。
「――ということのようです。とあるギルド会員たちの会話ではありますが、火のない所に煙は立たぬと言いますし……」
「うむ……そうだな。こちらとしても、今その問題を先延ばしにするわけにはいかぬ。すぐに原因追及の策を練ろう。……テイ、よくやった」
「あ、……ありがとうございます、お父さま!」
「今日は疲れたろう。ゆっくり休むとよい」
お父さまの言葉に甘えて自室に戻った私は、これからのことを考えていた。
“笑顔を守る魔術師”になると決意したものの、具体的に私には何ができて、何をしなければいけないのかが分からない。まずは、それを探して見つけるための方法を考える必要がある。
自分探しの旅――はさすがに気取りすぎだろうか。もっと地に足着いた方法で、着実に前進できる何かが欲しい。
「あ~……私の長所ってなんだろう」
後ろ向きな思考が板についてしまったがばかりに、私は私が何を得意としているのかが分からない。ベッドに飛び込んでバタバタと暴れたところで進展するわけもなく、無駄な抵抗はやめて突っ伏した。
せめて周りと比較できれば私が得意なことも見つけやすいのだけれど――
「……しばらくはお父さまの仕事を手伝わせてもらおうかな」
今日のようにカレンのための仕事を手伝っていれば、今のカレンについても詳しくなれるし、私が得意とすることも見つかるかもしれない。
魔術師にできることは思いつくだけでも、前線で戦うこと、後衛でサポートをすること、力仕事をすること、指揮を取ること、研究をすること、物を作ること、教えること――と、たくさんある。高性能な魔道具が普及している世の中で、“魔術師だからできること”こそ少ないけれど、決して必要とされていないわけではない。四年という時間のロスを埋めるためにも、毎日を濃密な時間にしなければ――
「みんなの笑顔を奪う魔術師じゃない。みんなの笑顔を守る魔術師になるから。なる、から……」
私の脳内会議が一段落すると、急に視界がまどろんできた。
お父さまの仕事を無事こなせたという安堵、自室に戻ってこられたという安心感、歩き回った身体的な疲労と、四年ぶりの外出という精神的な疲労。私が抗えない眠気を感じるには十分すぎた。
「リスタお母さま……見守ってて……」
明日からは昨日までとまったく違う日々を送ることになる。
拭いきれない不安の中にうっすらと光る希望を信じながら、私の意識は闇へと溶けていった。
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