第九話  ようこそ、レストラン“冒険者の酒場”へ!

 レストラン“冒険者の酒場”は、店名のとおりレストランと酒場を折衷したような内装になっていた。カウンター席とテーブル席、スタンディングテーブル席の三つが用意されていて、落ち着いて食事をする場所というよりはみんなで食事を楽しむ場所という雰囲気を感じる。私一人では入ることを躊躇ってしまうような明るさがあり、隣にファタイが居ることがとてもありがたく思えた。


「いらっしゃい!今行くよー!」


 私たちが入店してきたことに店員の女性が気づいたようだ。店員の女性はお父さまと同じぐらいの歳のように見えるけれど、落ち着いた雰囲気のお父さまと違って、動きから元気のよさというか、力強さがあふれ出ている。


「いらっしゃい!って、ファタイちゃんじゃないか。今日もサボり?」


 ――私の聞き間違いじゃなければ、今店員さんはファタイに対して「今日“も”サボり」と言っていた気がするのだけれど。


「……ファタイ?」

「な……なんでしょう。気のせいではないですか?」

「まだ何も言ってないんだけど」


 普段から正直なことしか言わないからだろうか、クールな表情のまま目線だけを泳がせているのがミスマッチすぎて、とても分かりやすい。


「ファタイ、『初めて入る』って言ってたよね」

「まったく、なんのことやら……」

「……へぇ。ファタイって私に嘘つくんだ」

「本当は初めてではありません。ギルドに来る仕事の時はいつも寄っていました。酒さえ飲まなければカレドグリム様にもバレないと思っていました。ここはステーキがおいしいですよ」

「そこまで聞いてないよ!」


 私たちのやり取りをみていた店員さんが「アッハッハ」と豪快に笑う。その声でここが店の入り口であることを思い出して、私は口を閉じた。ファタイに問い詰めるのは後にしよう。


「ファタイちゃんがお嬢さんを連れてるなんて珍し……ん?あなた、どっかで――」


 店員さんは私の顔をまじまじと見つめる。あまりいい気はしないけれど、わざわざ名乗って余計な気遣いをさせるまでもないだろう。

 フロッツさんはともかくとして、このお店の人まで私がここに来ると連絡されているとは思えない。私は店員さんを知らないし、店員さんも私を知らないのなら普通のお客さんとして扱ってくれた方が気は楽だ。店員さんはファタイの素性を知っているようだし、聞き込みについてもファタイの仕事と思ってくれた方が話は速く進むだろう。


「もしかして、あなた……テイカレド様、だったりするかい?」

「わ、私が分かるんですか!?」


 もしかして、フロッツさんが言っていた「知らない人の方が少ない」というのは、リップサービスでもなんでもなく本当のことだったのだろうか。

 今さらとぼけるのは無理があるだろうし、ここは素直に自己紹介をしよう。幸いお店の中にはお客さんは数名しか入っていないし、大声を張り上げでもしなければ目立つこともない、はずだ。


「……え、えぇ。私はテイカレド・アンキテカです……あの、実は――」

「やっぱりそうだと思った!昔のリスタちゃんそっくりだもの!大きくなったわねぇ!」

「り、リスタ……ちゃん?」


 私が続けて事情を話そうとするのにかぶせて、店員さんは聞き馴染みのある愛称を“ちゃん”付けで口にした。

 私はお母さまのことを“ちゃん”付けで呼ぶ人を見たことがない。まさかそんな人が、レストランで働いているなんて――


「あぁ、すまないね。困らせる気はなかったんだ」


 店員さんはすぐに謝ると、あらためて親指を自分に突き刺しながら話し始めた。


「あたしはこの店“冒険者の酒場”の店主、ベリル・フォールっていうんだ。弟がテイカレド様のご両親と同期でね、あたしはクラリスタ様に仲良くしてもらってたんだよ」

「弟さんがお父さまとお母さまの同期……ということは、昔の二人を知っているんですか?」

「そりゃあもちろん!なんなら聞いていくかい?うちの店、昼間は暇なんだよ」


 お父さまとお母さまの昔の話。とても、かなり、というか、めちゃくちゃに興味のある話ではあるけれど、今聞かなければいけない話はそれではない。ここには昼食を食べにきたと同時に、お父さまが任せてくれた仕事をこなすために来ているのだ。

 やらなければいけないことや、優先しなくてはいけないことを間違えてはいけない。先を考えずに気持ちのままに行動するのは控えなければ。


「ごめんなさい、すごく気になるんですけど、今は他に聞きたいことがあって」

「そういうことなら仕方ないね。ご両親のお話ならいつでも聞きに来ておくれ」

「ありがとうございます、ベリルさん」


 ベリルさんは「先に席に案内するよ」と店の奥のテーブル席に案内してくれた。私がここに来た理由を聞いて、他のお客さんが来ても話を聞かれづらい席を選んでくれたようだ。


「ご飯は食べていくんだろう?用事とやらの前に注文を聞いとくよ」

「えと……じゃあ、ファタイがおいしいと言っていたステーキを……」

「私も同じもので。ライスは大盛、焼き加減はミディアムウェルでお願いします」

「ファタイ……」


 思わず呆れ声が出てしまった。図々しいというか、なんというか。それでこそファタイと思いつつも、せめて外では猫を被ってほしい思う私もいる。

 ――なるほど。ようやく、お父さまがファタイの手綱を握ってほしいと私に伝えた理由が分かった。二人で歩いていると、ファタイの本性が出てきたときに少し恥ずかしいのだ。


「テイカレド様は焼き加減の好みはあるかい?」

「えと……おすすめでお願いします」

「腕が鳴るね。任されたよ!」


 ベリルさんはカウンターの中へ戻り、厨房に声をかける。一通り指示を終えてから私たちのもとへ戻ってきた。


「――さて、料理ができるまで時間がかかるからね。テイカレド様の“聞きたいこと”、伺ってもいいかい?」

「ありがとうございます。実は――」




 私は最近のカレンの情報を集めていること、ベリルさんからギルド会員が話していた噂などを聞けるかもしれないとフロッツさんに聞いたことを伝え、もし何か気になる話題があれば教えてほしいとお願いをした。


「なるほどねぇ。フロッツくんはあたしを情報屋か何かと勘違いしているんじゃないかい?」

「……やっぱり、話せそうな情報はないでしょうか。ないならないで、よいことではあるんですが」


 ベリルさんは「そうだねぇ」としばらく天井を見上げる。しばらくすると何かを思い出したようで、「そういえば最近物騒な話をしてたやつがいたっけ」と呟いてから、人差し指をピンと立てて話し始めた。


「これは多分、騎士団も把握してることだとは思うんだけどね」

「ぜひ聞かせてください!」

「商人か何かの護衛の仕事に行ってたやつらの話なんだけどね。最近街道に動物も魔獣も結構現れるんだって。動物はともかく、魔獣は魔術を使うから放っておくのは危険ってんで、護衛の仕事が増えてるんだと」

「ファタイ、この話は聞いてる?」

「えぇ。最近魔獣が街道によく現れるという話は聞いています。騎士団も周辺の警戒を強めているはずですが」


 重要な情報であることは間違いないけれど、騎士団も動いているならばクレディ商会が動き出すことのほどでもないように思えてしまう。魔獣が街道に現れるのは決してありえないことではないし、魔獣が大量に確認できた場合には騎士団やギルド会員が討伐に向かうだろう。言ってしまえば、そこまで珍しいことではない。


「実はやつら、そのあとに変なことを言っててね。『動物も魔獣も怯えてるように見えた』とか、『強力な魔獣が出てきたからビビって森から出てきたんじゃねぇか』とかね」

「怯えているように見えた……ファタイ、これは?」

「いえ……主観的な情報と憶測だからでしょうか、その話は聞いておりません」


 魔獣は獰猛な性格で同種族以外を見境なく襲うような生物だと記憶している。そんな魔獣が怯えて場所を移すようなことがあるのだろうか。もしあるのだとしたら、原因を取り除かない限り、魔獣が街道に現れ続けることになる。

 クレディ商会はしばらく魔獣が現れ続ける可能性を危惧して、優秀な人材を直接雇用したいと申し出た――これは理由の一つにはなりそうだ。

 実際にクレディ商会が目を付けた情報なのかは分からないけれど、これは調査が必要かもしれない。


「ファタイ、魔獣が街道に現れるの、原因があると思わない?」

「そうかもしれませんね。いちギルド会員の証言を鵜吞みにするわけではありませんが、もし原因があるのならば取り除かなければなりません。騎士団で調べるか、ギルドに情報を集めてもらうか、そのあたりはカレドグリム様に相談しましょう」

「そうだね。何もないに越したことはないけど、何もないことを調べないと」


 ファタイは紙を取り出して今の情報を書き留める。私は手ぶらで来てしまったから書き留めることはできないけれど、情報を引き出す役目は果たせたのではないだろうか。あと私がやるべきことは、これをお父さまのところまで持ち帰るだけだ。


「ベリルさん、ありがとうございます。とても貴重な情報です。助かりました」

「こんなことで力になれるなら喜んで力を貸すよ、テイカレド様」


 ベリルさんはドンと胸を叩く。自信満々なその姿は、あまりにも頼もしい。

 思えば、フロッツさんといいベリルさんといい、優しく頼もしい人達が相手をしてくれたから、こんな私でもスムーズに仕事を進めることができたのだろう。いつか私が恥ずかしくない姿になれたときには、二人にはあらためてお礼をしたい。いつか、必ず。



 ***



「そろそろかな」

「え?」

「忘れちゃあいないだろう?そろそろ焼きあがるよ!うちの自慢の“肉厚ステーキ”がね!」


“ステーキ”という言葉を認識した瞬間に、私の嗅覚がお店に漂う香ばしい香りに気づいた。食欲をそそられた体は、私を無視して急にお腹をグーと鳴らし始める。隣の従者にいたってはギュルルルルというとんでもない音を鳴らしている。

 ベリルさんが厨房に向かうと、すぐに両手に鉄板を抱えて戻ってきた。どんどんと近づいてくる香りに、私たちのお腹はもう耐えられそうになかった。


「すごくおいしそう!」

「よだれが止まりません。早く食べましょう」

「アッハッハ!熱いからゆっくりと食べるんだよ!」


 服に油が跳ねないようにファタイが私にエプロンを付けてくれて、それを確認してからベリルさんはステーキを提供してくれる。

 二人分の注文をすべて運び終えたベリルさんは、最後にドンと大きな木製のコップを二つ机に置いた。


「これはサービス!たくさん食べて飲んでってちょうだいな!」

「これは……タル?のコップ?」

「面白いだろう?これで飲む酒がうまいのさ!」

「さ、さけ……」

「大丈夫、今そこに入ってるのは酒じゃなくてジュースだから。いつか酒を飲みに来てくれるとあたしは嬉しいけどね」

「いつもよりもサービスがいいじゃないですか」

「サボりに来るあんたに提供できるサービスはないよ。テイカレド様に感謝するんだね」


 私はベリルさんにお礼を告げてから、ナイフとフォークを手に取る。正直なところ、食欲がわきすぎていてマナーなど気にせずがっつきたい気分ではあるけれど、さすがに外食をする令嬢という立場である手前、そういうわけにもいかない。


「そういえばお二人さん、お客さんはみんな帰ったから今は貸し切り状態だよ。あたしは向こう戻ってるから、なんかあったら呼んでちょうだいな!」


 ベリルさんはそれだけ告げると、「ごゆっくりー!」と言いながらカウンターの中へ戻っていった。


「もしかして、気使わせちゃったかな」

「かもしれませんね。しかし、なんとも嬉しそうです。ありがたくご厚意に甘えましょう」

「そうだね。あとでもう一度お礼を言いに行こう」



 私はお待ちかねのステーキを切り分けて、湯気と香りを立ち昇らせる肉を突き刺し、滴る肉汁につばを飲み込んだ。さすがに主人よりも先に食べることは憚られていたファタイに食べる準備をするように促して、そして、二人で開戦の音頭を取る。


「一緒に食べるよ、ファタイ」

「いつでもいいですよ、テイ様」

「せーのっ」



「「いただきます!」」

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