開陽丸記念館
北海道の南の端って二股になってるじゃない。全体を渡島半島って言うらしいけど、先っぽの東側が亀田半島、西側が松前半島で函館はその二つの半島の付け根ぐらいになるぐらい。松前は松前半島の先っぽの白神岬を回り込んだ先ぐらいだ。
松前からは半島を西に進みながら北上だ。見える風景は山側が木も生えていない森林限界の上みたいな丘陵地帯が続いていて、よほど使い道がないのか、ところどころに風力発電の風車が回ってる。言うまでもないけど快走路だけど、
「東北よりも距離感がバグるな」
東北も田舎だけど、それでも田んぼがあったり、街と言うか集落が点々とあったけど、
「北海道かってそうやけど・・・」
集落と集落の間が東北よりずっとずっと長いし、集落間には人類が棲息している気配も感じないぐらい。気分としたら荒野を走り抜けてく感じかな。だからだけど、
「一時間に七十キロぐらい行きそうや」
そこまでは行かないと思うけど六十キロぐらいは行きそうだ。関西の実に二倍だ。これだってマシンが違えば、
「北海道警を舐めん方がエエとは思うで」
良く知らないところで調子に乗って飛ばしたら免停喰らうからね。その点ではモンキーは安全性が高い優秀なバイクではある。モンキーだって八十キロぐらいなら、平坦地だったらそこまで無理しなくても出せるのは出せるけど、
「それで巡航走行はシンドイわ」
千草もそう。短時間なら良いけど、そのまま一時間となると消耗するのよね。こればっかりは中型やましてや大型にどうしたって及ばないもの。だから自動車専用道や高速が走れないのはそれほど悔しくなくて、諦められる点でもある。
「そう納得させとるだけやろが」
うるさいわ。この辺は二五〇CCでも高速走行は辛いって話もあるぐらいだから、モンキーならなおさらだ。だからだと思うけどコータローも七十キロぐらいで流してる。ここも乗ってる実感として六十キロだとちょっと物足りなくて、八十キロになると疲れる中間ぐらいかな。
七十キロでも制限速度違反になるのはなるけど、この七十キロってメーター読みなんだよね。メーター読みもクソも、それしか速度を確認する方法はないのだけど、
「大雑把に言うたらメーター読みは実速度の一割増しぐらいや」
これも鵜呑みにしないでね。バイクによってばらつきは大きいはずだから。それでも前にモンキーで最高速にチャレンジする動画を見たことがある。もちろんサーキットでだよ。そこでのメーター速度と実速度はそれぐらい差があったな。
「メーター読みの方が遅かったら、そっちはそっちで問題になるからちゃうか」
仮にメーター読みが一割増だったら七十キロでも実速度は六十三キロになる。少なくとも六十キロ台だから速度違反対策としては優秀過ぎるバイクだ。それもだぞ、もっと速く走りたくてもバイクとしてブレーキをかけてくれているようなものだ。こんな芸当は大型バイクでは絶対に出来ないはず。参ったか。
「鼻で嗤われるで」
ほっとけ。それと北海道では街と言うか集落が見えたら要注意だって。北海道以外だってそうだけど、郊外の道から市街の道に入ると速度制限が変わることが多いのよ。北海道警はそこを狙ってネズミ捕りの罠を張り巡らせてるとか、なんとか。
快調にシーサイドロードを走り抜けて江刺だけど、ひやぁ、六十キロをホントに一時間かかってないよ。江刺って千草でも名前だけは聞き覚えのあるところだけど、江刺と言えば、
「江差追分や」
なるほど『♪リンゴの花びらが、風に散ったよな』ってやつだな、
「それはリンゴ追分や」
そうなのか。江刺はコータローのディープ過ぎるリクエストを呑んで開陽丸記念館に。『丸』って付いてるぐらいだから船関係の博物館と思ってたのだけど、行って見て腰抜かしそうになった。だってだぞ本物の帆船がいるんだもの。
「外観だけやけど原寸大になってるそうや」
もともとは二千五百トンぐらいってイメージしにくいな。
「海王丸とか日本丸と同じぐらいや」
そんなにあったんだ。中が資料館になってるのだけど、これは軍艦だよね。
「ああ、幕末の最大、最強、最新の戦艦や」
クルップ砲ってのが十六門も積み込んであったのか。大砲や砲弾も展示してあったけど、あんなものが命中したらさぞ威力があったんだろうな。でもあんまり知らない軍艦だけど活躍したの?
「箱館戦争のターニングポイントや」
幕末の動乱は鳥羽伏見の決戦から、江戸城無血開城へと進むのだけど、佐幕派の反発も大きくて戊辰戦争に動いて行くぐらいは知っている。幕府海軍のボスだった榎本武揚も佐幕派として参戦するのだけど、
「海軍力は幕府海軍の方が上やってん」
榎本武揚は幕府海軍を率いて箱館に行くのだけど、榎本の構想は北海道を幕府支配として独立させるぐらいかな。それをさせるための軍事力が海軍で、その主力艦がこの開陽丸だったのか。その頃には咸臨丸でさえロートル艦になってたのはさっき聞いた。
「榎本の構想はシンプルで、海軍力で新政府軍を北海道に寄せ付けんぐらいでエエはずや」
箱館政府を立ち上げてまずやったのが北海道の制圧か。制圧と言っても抵抗勢力は松前藩ぐらいだから、そこを攻め落とそうとしたぐらいだろ。陸軍を指揮したのは新選組副長の土方歳三で、それなりに激しい攻防戦はあったらしいけど、松前城を落とし、江刺まで進んで来たのか。
榎本は海軍を率いて海上からの松前城の砲撃支援もやりながら、開陽丸で江刺に上陸していたみたいなんだ。江刺でも抵抗があるとは予想はしていたみたいだけど、こっちは無血で制圧できたから土方が来るのを待ってたぐらいだったらしい。
「そこに悲劇が起こるんよ」
停泊させていた開陽丸が嵐で座礁して沈没してしまったのか。これには榎本も松前から攻め上がって来た土方も大きなショックを受けたみたいだ。
「二人ともショックやったやろうが、二人のショックの質はだいぶ違うた」
榎本は箱館政府樹立の主要戦力を喪失したことで、来るべき新政府軍との戦いに絶望し戦意も失ってしまったぐらい。土方も新政府軍との決戦に希望を失ったのかもしれないけど、
「土方には生き残れる選択肢があらへんからな」
土方は降伏した近藤勇が斬首されたのを知っていたのか。新選組は新政府軍の連中にとっては恨みしか無いような存在だから、副長であった土方も捕まれば殺される以外はないかもね。
「そこから二人の運命は分かれて行く」
主力戦艦である開陽丸を失った箱館政府は海戦でも苦戦し、新政府軍の北海道上陸を許してしまう。陸戦になると兵力差はどうしようも無いぐらいの状況だったらしい。函館を守る防衛線も次々に突破され、
「五稜郭で最後の決戦になったんやが・・・」
既に勝利をあきらめていた榎本は降伏を選ぶのだけど、生き残れる選択が無い土方は迫りくる新政府軍に突撃。
「土方の最後や」
なんか悲しいね。
「オレら関西人は、土方の生き方に共鳴するとこがあると思わんか」
そ、それはあるかも。湊川の決戦の楠木正成、壇ノ浦の平家、大坂夏の陣・・・勝ち目の無い戦いにあえて身を投じて散り際を求める生き様だろ。
「弱い阪神の応援に熱狂する心情や」
なんか違うし、最近は強いぞ。関西人の阪神への熱狂論をやりだすと終わらなくなるからこれぐらいにしとこう。千草は殺し合いが嫌いだけど、だからと言って生き残るために惨めな姿を晒す男は好きじゃない。
「土方は鳥羽伏見から死に場所を探しとったんかもしれん」
最後の生きる術であった箱館政府の夢が潰えた時に、
「捕まって首切られたり、逃げ回ってみじめに殺されるのは嫌になったんやろ。それも生き様や。土方が最後の突撃をやったからこそ、幕府の最後を飾れたと思うで」
歴史的評価もそうかも。榎本は降伏し、新政府に許されてそれなりの高官になって、それなりの活躍をしたらしい。けどね、榎本武揚なんて歴史の試験問題で正答率が低いぐらいの存在だ。それぐらいしか名を残していないよ。
土方は違うぞ。男として死に際を飾ったから誰でも知ってるぐらいの有名人だ。ドラマだってそうだろ。土方や新選組が主役や脇役の作品はたくさんあるけど、榎本武揚なんてチョイ役に出て来るかどうかぐらいだ。
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