松前

 五稜郭まではメジャーな北海道観光だったのだけど、そこからはコータローのドが付くマイナー趣味に付き合って上げることにした。なんて優しい奥様なんだろう。


「ホンマに感謝しとる」


 違うでしょうが、そこはツッコムところだ。函館のあるあたりは北海道でも道南地方になるのだけど、北海道の人でも函館はメジャーでも、今から向かう松前はだいぶマイナーになるらしい。


「函館とセットで回りにくいからやそうや」


 その松前までだけど、なんと百キロぐらいある。そりゃ、ちょっと寄り道するには遠いよな。函館からは国道二二八号で西に。これはバイパスもあるのだけど定番の自動車専用道になり旧国道を走ることになるとか。


「観光やったらこっちが上や」


 見栄張るな。函館市内を抜けるとこれは完全なシーサイドロードだ。だって山が迫って来ていて、無理からに道路を通しましたって感じなのよ。それでも海が見えて気持ちの良い快走路だ。今回のツーリングは、フェリー以外は山ばっかりだったから嬉しいな。あっ、トラピスト修道院って看板があるぞ。


「パスや」


 どうしてよ。千草だって知ってるぐらい有名な修道院だぞ。


「女人禁制や」


 じゃあ、パスだ、というか、ガチの修道院らしくて日曜礼拝ぐらいしか入れないとか、なんとか。ところでさ、そういうところって性自認が男ってのが来たらどうするんだろう?


「知らんけどあかんやろな」


 性自認問題はとにかく政治が絡むし、すぐに実力行使に走る活動家とか、団体がうようよいてウンザリなんだ。けどさぁ、性自認が女とする連中の声はデカイけど、逆に男とする連中は目立たないな。


「あんなもん、どうでもエエわ」


 そう言うけど、温泉旅館の女風呂にだって入って来るかも知れないじゃない。


「ジハドを喰らわせる」


 黙って見送るのかよ。木古内町を越えてしばらくしたところで、


「ここは寄っとこ」


 女人禁制ではないみたいだけど、咸臨丸の眠るサラキ岬って大きな横看板だ。咸臨丸ってあの咸臨丸よね。


「勝海舟を乗せて太平洋を横断した咸臨丸や」


 箱館戦争で奮戦の末にここで撃沈されてしまったのか。


「いや、そうやあらへん」


 咸臨丸も箱館戦争に参戦するために江戸を出航したのだけど、銚子沖で嵐に遭って下田港に逃げ込んだところを新政府軍に拿捕されていたのか。そうなると明治の時代にも生き残った事になるけど、


「明治四年に輸送船として函館から小樽に向かう途中で座礁して沈没したんがここや」


 咸臨丸って日本で歴史的にも有名な船の一つだけど、なんか最後は、


「千草もそう思うか。やっぱ軍艦やもんな」


 知内ってところから山越えの道になって、再び海に下りて来たところにあるのが福島。ここには青函トンネル記念館もあったから休憩がてら見学して、あれれ、あれは関取の名前が入った幟だけど地方巡業に来てるとか。


「ちゃうちゃう、横綱千代の山・千代の富士記念館や」


 ここが出身地だったのか。こんな小さそうな町から二人も横綱が出てるのは凄いな。うちの故郷なんか、


「皇司だけやもんな」


 最高位は関脇ぐらいになってたよね、


「前頭四枚目や」


 先を急ごう。シーサイドロードだけどトンネルが多いよ。それだけ大変な地形だって事だろうけど松前は遠いな。それでもまたトンネルを抜けたら松前町には入ったぞ。


「ここも寄っとこか」


 はぁ、なんか広場風になってるけど、海しか見えないぞ。それでも石碑みたいなのはあるけど、


「白神岬いうて、北海道の最南端の岬やそうや」


 ここがそうなのか。扱いが寂し過ぎるぞ。さらに進むと海岸にへばりつくような街並みが見えて来たけど、これが松前町なのかな。いや、向こうに街みたいなのがあるから、あれかな。松前公園って方に右折して、なんかこの辺は城下町ぽいぞ。


 あの信号を右だな。石垣みたいなものがあるから松前城だと思うけど四つ角のところでコータローがバイクを停めて悩んでる。だからナビ積んどけってあれだけ言ったのに。


「右に行ってみるわ」


 だいじょうぶかよ。でも正解みたいだよ。櫓みたいなのが見えるもの。


「この辺にバイクを停めさせてもらうわ」


 松前城は幕末に建てられた北海道で唯一の城だそうだけど、天守閣には金の鯱とは豪勢だな。


「屋根は銅板葺きやったそうや」


 戦前は国宝指定されたそうだけど、戦災じゃなくて失火で焼失したのか。なんかもったいない気がする。だから今のは鉄筋の再現天守。中は定番の資料館になっていて有料。天守閣に登って城下町を見下ろしたのだけど、ここなの?


「ああそうや。高田屋嘉兵衛が目指した松前の湊や」


 高田屋嘉兵衛だけじゃなく、一攫千金を目指して日本海の荒波を乗り越えて船乗りが集まって来た湊にしては貧弱のような。というかさ、ただの海岸線じゃない。陸地だって狭いし、こんなところを本拠地にするより、


「松前藩ってそんな藩やったんやろ」


 蝦夷地と呼ばれた北海道すべてを領地にしたのが松前藩なんだけど、江戸時代の北海道は米が獲れなかったのか。江戸時代の大名の格は米の取れ高で決まっていて、日本一広い面積を持つ大名でありながら石高はゼロだったとか。


 それではなにかと面倒って事になって、一万石の格として大名として扱ったとか、なんとか。そんな松前藩の財源となったのがアイヌから収奪。その収奪品を松前に集めて交易してたとか。


 アイヌからの収奪が財源だったものだから、アイヌ側も大規模な反乱を起こすのだけど、それを怖れて北海道の端っこみたいな松前にずっと本拠地を構えていたのが松前藩の歴史らしい。


「松前藩の統治はとにかく雑やったとなっとるが、こここそが北前船の終着駅で北前交易の黄金郷みたいなとこや」


 蝦夷地で買い込んで大阪で売れば、大儲け出来たとか。


「ずっとそうやなかってんやろうけど、上方で買い込んだ荷物を売り払った代金で蝦夷地の物品を買い込んで、トータルの利益が千両って話もあったらしいわ」


 一年に一航海しか出来なかったとはされてるけど、それで千両って…いくらだ。


「色んな換算法があるけどオレは二億円ぐらいやと考えとる」


 それも所得税とか、法人税とか、住民税とか、消費税無しで手に入るなら松前まで来るはずだ。こんな鄙びた湊が黄金の海に見えたんだろうな。それも今は昔で、北海道観光でも僻地扱いと言うか、穴場扱いになってるのも時代だな。それはそうと腹減った。


「この辺ですまそか」


 マグロ丼か。北海道もマグロが獲れるとは、


「目の前は津軽海峡やぞ」


 そっか対岸には大間のマグロがいるよね。

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