九つの月と竜の大陸

星空を眺めていると、突然、背後から足音が聞こえてきた。

私は驚いてすぐに起き上がり、振り返った。魔獣か盗賊かもしれないと身構えたけれど――


目に映ったのは魔獣でも盗賊でもなく、ロランドだった。どうやら彼は今起きたばかりらしく、何が起こったのか分かっていない様子で頭を押さえてふらふらと歩いてきた。


私が起き上がるのを見て、私に身を寄せていたオウガも一緒に顔を上げ、ロランドの方を見た。オウガの顔には驚きが浮かんでいたけれど、なぜそこまで驚いているのかは分からなかった。


ロランドは私の前まで来て、つらそうに声をかけてきた。

「俺……ずいぶん……長く寝てしまったのか?」


私は彼を見上げて答えた。

「かなり長いよ。もう起きないんじゃないかって思ったくらい」


「はは、悪いな。あのことを思い出すと……どうしてもこうなる。もう忘れたくても、どうしても忘れられないんだよ」

そう言ってロランドは私の隣に腰を下ろし、星空を見上げた。


「でも、この辺り、明かりをつけすぎじゃないか?魔獣を引き寄せやすいぞ」


私は頭をかきながらオウガの代わりに答えた。きっとオウガはロランドに少し怖がっているのだろう、ずっと私にしがみついているから。

「オウガがちょっとやりすぎちゃったみたい。でもそのうち消えるでしょ?」


「まあ、夜が明ければ消えるだろう。……それにしても、今夜は星が多いな」


本当に、何度見てもこの光景は美しかった。以前も同じように草原で夜を過ごしたことはあったけど、その時は疲れて寝てしまって、星を眺める余裕なんてなかった。


紫色や金色、赤い星が夜空を彩り、まるで幻想の世界にいるようだった。


「それにしても、せっかく起きたんだから、馬車で休めばいいのに。どうしてこっちに来て話してるの?」

私は星空を見つめながら聞いてみた。


「はは、大丈夫だよ。ちょっと頭が痛いだけだ。それより、聞きたいことがあるんだが」

ロランドは私を見つめてきた。私も顔を向け、彼の瞳を見た瞬間、何を聞きたいのか察した。


私は再び空を見上げて答えた。

「もし馬車を止められた理由を聞きたいなら、正直に言うと、私にも分からないの。どうして止められたのか自分でも理解していないの」


予想外の答えにロランドは思わず大きく笑った。

「はははは!やっぱり面白い人だな、君は」


でも、私はそれには返事をしなかった。「面白い」と言われるのは、こっちの世界に来てから何度もあったし、そのたびに何も言えなくなる。


それより、ロランドがまだ何か言いたげに見えたので、私は黙って続きを待った。


案の定、ロランドは少し真剣な声で話し始めた。

「それと……馬車を無事に止めてくれて、二頭の馬まで守ってくれて、ありがとう」


「その二頭、そんなに大事なの?」


ロランドの口ぶりから、その馬がただの荷馬じゃないと分かった。でも理由までは分からない。ただ、とても賢そうで、人懐っこい馬だったのは覚えている。


「そうだよ。白い方がアナ、黒い方がローデッド。二頭とも牝馬で、本当に賢いんだ」

ロランドは照れくさそうに頭をかいた。


「へぇ~~」

私は背伸びをしながら答えたけれど、だんだん眠気が戻ってきていた。さっきまであんなに寝ていたのに、不思議なものだ。


ロランドは空に浮かぶ大きな満月をじっと見つめていた。その月は、地球で見たどの月よりも大きく感じられた。


やがてロランドは何かを思い出したように言った。

「知ってるか?ムーンライト大陸には、月が九つもあるんだぞ」


その一言で私は一気に興味を持ち、眠気も吹き飛んだ。


「ムーンライトは東の大陸で、ザノリアと接している。あそこには朝がないんだ。永遠に夜で、気温は氷点下十度以下。主に住んでいるのはヴァンパイアやナイトボーン、ジャイアント、ダスクウォーカー、ムーンシアーたちだ。人間もいるけど、少ないな」


聞いたことのない種族ばかりだった。ヴァンパイアとジャイアントは分かるけれど、他は初耳だ。


だから私は聞いてみた。

「ヴァンパイアとジャイアントは分かるけど、他の種族は? ロランド、教えてくれる?」


ロランドは草原に横たわり、目を閉じながら語り始めた。

「ナイトボーンは太陽に呪われ、二度と陽の光を浴びられない者たち。ダスクウォーカーは死んだのに成仏できず、半分は亡者、半分は霊のような存在。そしてムーンシアーは堕落したエルフの一族で、月の光を通して人の記憶を読み、近い未来を少しだけ見ることができるんだ」


全然理解できなかったけれど、幸い私は感情を顔に出せないので、ロランドに悟られる心配はなかった。


「その大陸でも、人間が支配的なの?」


「もちろんさ。ただ数では他の種族より少ないけどね。中でも最強の国は人間が治めるレトリアス帝国。そして大陸全体で最強なのは、吸血鬼の国ヴェルマリアだ」


「へぇ、本当にいろいろ知ってるんだね、ロランド。じゃあ、一番きれいな大陸はどこ?」


私は試しに聞いてみたけれど、ロランドは即答した。


「一番美しいのは『ドラヴァレン』だ。竜と竜人の聖地で、この世のあらゆる環境と気候、生態系が揃っている。ただし気候は厳しいし、ほとんど竜と竜人しか住んでいない。ほかには少数の『アシャリ』という人間の末裔もいる。彼らは昔、魔族との戦争で取り残された者たちで、『ドラゴンロット・シンドローム』という竜特有の感染症を患った人々だ」


「どんな病気なの? 伝染経路とか、症状とか」


私は興味津々で聞いたけど、ロランドの答えは想像以上に恐ろしかった。


それは夢を通じて感染する病だった。古い遺跡の近くで眠ると、まず魂が病に侵されるという。


症状は三段階あった。


第一段階:全身の骨が骨髄の奥までかゆく、痛む。 第二段階:骨が自分で自分を食い始め、背骨が折れてねじ曲がり、体が異形になっていく。 第三段階:体から尻尾や角、二枚舌などが生えるが、それらはめちゃくちゃな位置に。目が口の中に、足が背中から、歯が手から生えたりして……。その頃には理性も失い、狂暴で不死身の怪物と化す。


その話を聞いたオウガが私をぎゅっと抱きしめてきて、私は笑って頭を撫でた。


「なんでそんなに詳しいの? ロランド」


「これくらいは基本知識だよ。俺は世界最大の商会、アリス商会の御者だからな」

ロランドは少し誇らしげに言った。


そして、そろそろいい時間だと立ち上がった。

「さあ、夜のうちに出発して、少しでも早く着こう」


私もオウガと一緒に馬車に戻り、再び旅を続けることにした。

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