第九十三話:武器なしの“技”


――昼過ぎ。太陽が石畳を照らしていた。


広場では露店が並び、商人の声と子供たちの笑い声が入り混じっている。街は活気に満ち、旅人や冒険者が行き交う。


その中を、俺は人波を抜けるように歩き出した。宿に戻って休むこともできる。だが、足は自然に街外れを目指していた。


(依頼の報告は済んだ。成果も十分に残せた。……ならば、次にすべきことは決まっている)


戦闘で培った感覚を磨き、さらに積み重ねること。それこそが俺にとって最も重要だ。


やがて喧騒は遠ざかり、土の匂いが濃くなる。街外れの草地に立つと、背後には石壁が影を落とし、前方には緩やかな丘陵と岩場が広がっていた。風に草が揺れ、鳥がさえずる声が響く。

 

昨日までいた火山帯とは正反対の静かな環境。だが、だからこそ鍛錬にはうってつけだった。


(環境は戦場そのものだ。整った道など存在しない。不安定な地形、突発的な動き――そうしたものを読み、身体を動かす力が必要だ)


剣を抜かず、俺は岩場に足を踏み入れる。わざと足場の悪い斜面を選び、跳び、転び、転身する。


あえて重心を崩しそのたびに、膝や腕で受け身を取る。


(剣を握れば、いつもの感覚に頼ってしまう。だが、それで“技”を肉体に通す練習にならない)


そう考えてこそ、今日の鍛錬は剣を用いないものにする。


スキルなどから得られる“技”は本来、武器を媒介にしか発動しない。


仕組みで言うと、武器の斬撃・打撃などの物理攻撃モーションに付随する形で“技”が発動する。だが、技の原理自体は“肉体”にも適用できるはずだ。


(媒介は自分の身体にする。拳や足を通じて技を操れるようになれば、武器を失った状況でも力を発揮できるはずだ)


それに、武器に頼らないことで力の流れがより鮮明に見える。刃の重さや金属の反発がない分、純粋に“力そのもの”を感じ取れる。


制御の荒さを潰すには、むしろ素手の方が効率的だ。


……この程度の摩耗なら問題ない。骨が砕けるわけじゃない。無謀ではなく、あくまで“効率”を求めた手段。


結晶を装備しているため、“攻撃力-80%”はかかったまま。だが、むしろその負荷こそが狙いだ。


拳を突き出す。石に当たり、鈍い衝撃が返る。

今度は回し蹴りを放つ。草を割り、土を削る。動作は荒い。


だが、剣に頼らずに打撃を繰り出すと、別の感覚が立ち上がってくるのを覚えた。


(剣で届かぬ距離、手足で補う。あるいは、連撃の合間に差し込む一手……そこに拡張の余地がある)


武器を用いずに戦うと考えれば、真っ先に思いつくのは“体術”スキル。その名からもイメージしやすく、素手での戦いに補正がかかるスキルだ。


そして、その発現条件はシンプル――“素手で攻撃する際にクリティカルを出すこと”だ。


クリティカルを出せばいいというシンプルながらも、なかなか苦労した覚えがある。


何せゲームでは、素でのクリティカル発生率は“0.005%”……二万分の一でしか出ないという鬼畜に近い確率だ。


(クリティカル率を底上げする装備や“幸運”スキルを揃えて初めて、1%の域に入るぐらいに低い)


クリティカル率上昇の装備+クリティカル率上昇の“幸運”スキル+“連撃”スキルによるヒット回数かさ増し。


このようなセットで、クリティカルを出すのが一般的な体術スキルの取得方法だった。


……さらに動きを速める。疾走スキルで加速し、岩の影から影へと滑り込み、反転して拳を打ち込む。


剣を用いる際に使う筋肉とは別の部位を使っている感覚。


息を整え、何度も繰り返す。


足場の悪さが全身を揺らし、予測できないバランスの崩れをもたらす。だが、倒れる直前で軸を立て直し、踏み込みに変える。


その一瞬に、攻撃と防御、攻めと受けの境界が入り混じる感覚があった。


(こういうことか。理屈の上では“非効率”。だが、戦場では往々にして、効率など関係ない。立て直しの瞬間、そこにこそ隙が生まれる。ならば――)


全身の流れが一つに繋がったような感覚。剣を振るう時とは異なる、荒々しくも実戦的な力の奔流があった。


まだ確かな手応えではない。だが、研ぎ澄ませば必ず掴めると直感する。


額に微かな汗を滲ませながら、俺は拳を握り直した。


(剣だけが戦いじゃない。だが剣を主軸に据えるからこそ、別の手段も生きる。そこを掘り下げる価値は十分にある)


結晶が赤く明滅した。まるでその意志を肯定するかのように。


拳を握る。骨が軋むほどではない。だが、皮膚が熱を帯び、摩擦の感覚がじわりと浮かぶ。目の前には削れた岩肌。


拳を叩き込む。岩が鈍く震え、砂塵が散る。だが決定打にはならない。ただ皮膚が擦れ、赤くなるだけだ。


それでも構わない。むしろ“効かない”状況だからこそ、制御と積み重ねの意味がある。


(怪我をするために殴っているわけじゃない。限界を知るために殴っているんだ。無謀な負荷は意味がない。だが、計算された摩耗なら話は別だ)


ポーションの小瓶が腰に下がっている。だが、取り出す必要はない。いまは“痛み”の閾値を計る段階だ。


深く息を吐き、再び踏み込む。衝撃波の感覚を、刃ではなく拳に乗せる。狭い範囲へ、瞬間的に衝撃を押し込む――


(《衝撃波ブレイクウェイブ》!)


ドン、と乾いた音。岩肌が一瞬だけ震え、確かに衝撃波が飛び表面に蜘蛛の巣のようなひびが走った。拳に鈍痛が走る。骨まで響く痛みだ。だが、耐えられないほどではない。


(……武器を装備しなくても、“技”は発動できる。これを知れただけでも大きいな)


体術スキルに“技”は含まれない。体術は武器を装備しない“素手”でのみ作用するスキルであり、レベルが上がれば上がるほど確かに“素手”で戦う技術が向上していく。だが、それはあくまでも“体術”という一本の木でしかない。


だが、こうして今……“素手”でも《衝撃波ブレイクウェイブ》を発動できている。


範囲や威力は明らかに落ちているが、それでも発動できている。つまり、体術と烈撃のシナジーを自ら組めるということ。


それだけではない、他にも“技”を習得できるスキルと組み合わせれば? その数は想像もできないぐらいに広がっているだろう。


頬が僅かに緩む。周囲に誰もいなければ、ただひたすらに拳を振り下ろすことができる。衝撃を繰り返し叩き込み、摩耗を積み重ね、そしてまた立ち上がる。


武器に頼らず、肉体そのものを媒介として扱う。ゲームでのシステムでは存在しなかった応用だ。だからこそ、今ここでしか掴めない。


拳の小さな痛みが波のように積もっていく。だが内心は冷静だ。


(傷を負っても、ポーションで戻せばいい。致命的な傷を負うわけじゃない。無謀ではなく、効率的に“限界”を探っている。それだけだ)


衝撃が岩を削り、音が周囲に反響する。負荷は確実に、技という奥を掘り下げている。


(俺は、ただ壊したいんじゃない。強さを掴みたいんだ。戦闘を、生きる証として極めるために――)


拳を振り下ろす。痛みが熱に変わり、熱が衝撃に転じる。その循環の先に、“新しい道”が見えるとそう考えたのだった。









――――――――


ここまで読んでいただきありがとうございます……!!


次もまた楽しんでくれたら幸いです……!!😊


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