第八十五話:休息と積み重ね
――学術院を出る頃には、すっかり日は暮れていた。
昼間の熱気は収まりつつあったが、火山帯を擁する土地特有の蒸した空気が、微かに街の石畳にまとわりつくように漂っている。
通りには灯火が点り始め、露店の明かりや行き交う人々のざわめきが夜の気配を膨らませていた。
背に背負った熾躯の結晶は、布越しでもなお存在を主張していた。赤黒い熱を帯びた鼓動が、こちらの歩みに合わせて僅かに響く。
(……後は、フローネの報告を待つだけだな)
わざわざ口にする必要はない。ただ心の内に押し留め、歩を進める。彼女からの話によると早くて明日頃には何らかの情報が分かるらしい。
一応、依頼期限では昨日から数えて一週間とされているため、多少滞在する程度なら問題は無いだろう。
――宿を探す。
王都ほどの規模はないものの、ルステア公国の街も冒険者の往来が絶えないため、宿屋の数は多い。
石造りの外壁、吊るされたランプの明かり。食堂から漂う肉の匂いと酒の香り。
どの宿も活気に満ちていたが、俺は繁華な場所を避け、奥まった通りの小さな宿を選んだ。宿の店主との短い会話を経て、代金を払い、部屋に入る。
ちなみに代金は朝食付きで銅貨四十枚だった。代金が銅貨十四枚である女将の所が異様な程に安いことが分かるな。
狭いが、清潔な部屋だった。木製のベッド、簡素な机と椅子。
窓から差し込む灯火が薄明かりをつくり、結晶を包んだ布の影を壁に落としていた。
椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
(常活……俺の中で確かに機能している。疲労の蓄積が薄れ、続けて二日程度なら眠らずとも活動できるのだろう)
けれど、“だろう”では済まされない。戦場では、仮定や憶測は死に直結する。
(安全を度外視してでも戦場に身を投じる。それは意味がある。その状況だからこそ得られるモノがあるからだ)
だが、鍛錬の名を借りた自殺行為は違う。
限界を測るなら、確実に戻れる環境でやるべきだ。ルステアではなく、王国で。
(常活は枷を抱える力だ。使いこなせば、他者の限界を超えられる。だが、無謀と合理を履き違えるつもりはない)
背に寄りかかり、目を閉じる。確かに俺は“戦闘”が好きだ。だが、闇雲に死へ近づくことを望んではいない。
戦いに身を投じるのは、成長するためだ。だからこそ選別する。危険を選ぶ時と、避ける時を。
(今は、枷を抱えたまま進む。それが俺の選んだ道だ)
窓の外で、夜の風がわずかに木々を揺らしている。街のざわめきが遠のき、静かな時間が流れていくのだった。
◆
――王都を発つ前には、女将に「しばらく部屋を空ける」と伝えてある。
彼女は大げさに心配することもなく、「気をつけておいで」とだけ返してくれた。
あの宿は、確かに俺にとって“帰る場所”になりつつある。そう思えること自体が、少しだけ奇妙でもあった。
そんな事を考えていると、翌朝になっていた。ベッドで横になり、少しの間思考を止めていた時間があったため、一応寝たといっていいか。
……体感、それほど変わりはない。常活が働いているのだろう。二日続けて活動しても、疲労が積み重なっていく感覚は希薄だ。
だが“希薄”というだけで、消えたわけではない。
(やはり未知数のままでは危うい。常活の限界を測るのは、戦場ではなく、安全下でやるべきだ)
宿から出る朝食を済ませ、石畳の道を歩く。
市場はすでに活気づき、焼き立てのパンの匂いが漂っていた。
商人たちの呼び声、子どもたちの笑い声。この街にも“日常”が流れているのだと実感する。
だが俺にとっては関わりのない光景だ。戦うことだけが俺の日常であり、生きる理由だ。
門を通過し、再び火山帯を目指す。疾走を使って距離を縮める。
(まずは怪力と烈撃スキルだ。怪力はLv.2になった今、少しだけ烈撃の方に意識を割った方がいいか)
“烈撃:Lv.1”の時には、《
それをLv.2に上げた際には、“衝撃強化”という効果を得られる。名通り、衝撃というモノを強くする――いわば、《
それだけではなく衝撃を生じる技その全てに適用される。
次にLv.3。ここのレベルでは、新たに《
《
(机上で語るだけでは意味がない。実際に振るってこそ“答え”が出る)
俺は速度を高める。熱気が頬を打ち、足元の土が硬くなるにつれ、昨日の戦いの記憶が蘇ってくるぐらいだ。
(怪力はまだLv.2。積み重ねが必要だ。烈撃もまだ粗削り……制御するには、実戦と同じ負荷を与えるしかない)
火山帯に踏み込むと、赤熱した岩肌と硫黄の匂いが迎えた。
岩を持ち上げ、腕に負荷をかける。剣を振り下ろし、衝撃を抑え気味に放つ。衝撃が岩壁を震わせ、砂塵が舞った。
(制御はまだ甘い。だが——だからこそ、磨きがいがある)
そんな風に考えていた時、熱風が頬を焼いた。赤黒い岩肌が続く火山帯の奥、灼けた大地を踏みしめる俺の前に、それは現れた。
“熾殻魔”――燃え盛る溶岩を背に、巨体を揺らして姿を現す。
甲殻は赤熱し、ひび割れた隙間からは淡い光が漏れている。前に倒した個体と同じ種だろうが、その威圧感は少しも衰えてはいない。
(……また出たか。昨日に引き続いてとなると、やはり魔物の異常分布が関係あるのだろう)
本来であれば、この魔物はそう易々と出くわす類ではない……低く響く咆哮が空気を震わせた。
(だが、今の俺にとっては格好の試し台だ)
本来であれば、フローネからの報告が来るまでに結晶をもう一つ確保しておきたいと考えていた矢先というのもあり、絶好の機会だ。
熾殻魔が大地を揺らしながら突進してくる。俺は、滑るように横へ跳ぶ。熱風をまとった巨体が通り過ぎ、地面がえぐれる。足場を蹴り返し、俺は両腕に力を込めた。
近くに転がっていた火山岩を掴み、熾殻魔の頭部めがけて叩きつける。鈍い音と共に衝撃が伝わるが、甲殻はびくともしない。
巨体が揺れるだけで、そのままこちらを振り返った。
(やはり硬い。ならば――)
剣を構え、呼吸を整える。衝撃を波へと変換し、前方へ叩き込む。
「《
衝撃が走り、岩壁を揺らすほどの波が広がる。怪力スキルがLv.2になったからか、以前より熾殻魔の殻にヒビを入れた。だが、それだけだった。
(足りないか……威力がまだ薄い)
だが引く気はない。繰り返すしかない。俺は立て続けに通常攻撃と衝撃波を交互に放ち続けた。剣を振るたびに空気が震え、衝撃が波となって叩きつけられる。甲殻の表面に細かな亀裂が広がる。
熾殻魔が苛立ったように咆哮し、炎を纏った突撃を繰り出す。俺は正面から踏み込み、衝撃波を叩き込む。
その瞬間――
《特定スキルのレベルアップを確認》
《スキル《烈撃》Lv.1→Lv.2》
意識の奥に冷たい光が走ったかのように、それが刻み込まれる。次の瞬間、俺の剣を伝って放たれた衝撃は、明らかに“重さ”を増していた。
より威力を増した轟音が鳴るとともに甲殻に食い込み、これまでにない手応えが伝わる。亀裂が深く走り、熾殻魔が苦悶の声を上げた。
(……これが衝撃強化か。波が鋭さを帯び、甲殻を割る感触)
喉の奥から笑いが漏れそうになる。だが理性を繋ぎ止め、崩れた箇所へ冷静に追撃を重ねる。
熾殻魔は炎を吐き散らし、暴れる。熱風が肌を焼くが、構わず踏み込み、叩き込む。
「《
衝撃が一点に凝縮し、甲殻を内側から裂く。轟音と共に破片が弾け飛び、熾殻魔の身体が大きく揺れ、そして崩れ落ちるように地面へ沈んだ。
砂塵と熱気の中、俺は肩で息をつきながら立ち尽くす。静かに剣を収め、残骸を見下ろした。
(烈撃はLv.2に進んだ……だが、まだ粗削りだ。次の段階に至るまで、鍛え続けるしかない)
熱風が吹き抜け、髪を揺らす。俺は目を細め、ゆっくりと息を吐いたのだった。
――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございましす!!
次も楽しみにして頂けたら幸いです!!✨
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