第七十八話:踏み入れて


――火山帯の地域に踏み込んだ瞬間、空気の密度が変わった。


乾いた熱が、皮膚を焼くように張りついてくる。まるで、空そのものが灼けているかのようだ。


息を吸えば、喉が一度に渇く。肺の奥にまで火を流し込むようで、わずかな呼吸すら重いようにも感じる。火炎耐性が働いているのを身を持って感じている。


「これが、火山帯か」


俺は口の中で呟き、足を進める。地面は赤黒い火山岩に覆われ、割れ目からは白い蒸気が立ち上る。


熱を帯びた風が吹き抜け、視界の先を揺らしていた。


だが、こんな環境でも常活と不屈スキルのおかげか、心拍が落ち着き、頭の中のざわめきが静かになる。


熱気に惑わされず、体内のリズムを整えられる。だが、この環境は確実に体力を削る。耐久や不屈を鍛えていなければ、まともに持たずに膝をつくだろう。


それでも――俺は笑っていた。これほど明確に“戦いの場”だと告げてくる土地はない。


焼けた空気、揺らぐ地面、そして潜む魔物の気配。すべてが俺の欲する負荷そのものだった。


周囲を見渡す。


本来ならもっと奥深くでしか見られないはずの痕跡が、もうここにある。


岩の表面に爪痕。大きさからして火蜥蜴か、それに近い亜種。


「異常分布……か」


その言葉が脳裏に浮かぶ。言葉にすれば簡単だが、目の当たりにすると、土地そのものが狂っていく様を突きつけられる。


歩を進めるたび、耳に届く音が変わる。地鳴りのような低い震動。裂け目で沸き立つ蒸気。乾いた石が弾ける破裂音。どれも小さな異変の積み重ねだ。


だが、俺にとっては――戦いの前触れ。


「いいね……」


つぶやきが漏れる。戦場に至るまでのこの圧。理性が“異常”と判断する一方で、身体の芯が喜びに震えている。


痛みも、重圧も、命の危機さえも、すべては読みを鋭くする燃料だ。


やがて、遠くの岩場で土煙が舞った。岩の隙間から姿を現したのは、黒ずんだ鱗に赤熱の筋を走らせた蜥蜴。


火蜥蜴――だが、通常より大きい。しかも、昼間に活動している。本来なら夜に姿を見せる魔物だ。ここでもうひとつ、異常の証が顔を出す。


「やっぱりか」


剣の柄に指が触れる。熱くなっている掌に、やや冷えた鉄の感触が心地よかった。


――火蜥蜴が大地を蹴る。


岩盤を抉る衝撃とともに、矢のように一直線に突進。体表に走る赤熱の筋が瞬くたび、空気が爆ぜる。


俺は腰を沈め、一歩だけ前に出た。肩の傾き。爪先の角度。わずかな揺れで、進路は読める。


(低い……いや、半歩右だ)


刃を閃かせ、横へと跳ぶ。鋼と鱗が擦れ合い、火花が散った。脇腹を掠めただけ。だが確かにダメージは与えた。


火蜥蜴は怯まない。逆に炎を噴き上げるかのように、動きが加速する。鱗の隙間から熱が漏れ、傷が灯火のように燃え盛る。


「やはり、ただの痛手じゃ終わらないか」


尾が唸りを上げた。熱を帯びた鉄棒が振り抜かれるかのような一撃。それも冷静に見捉えつつ最低限の回避だけを行う。


俺は吐息を整え、一歩踏み込む。――これでは足りない。確実に削る立ち回りだけでは、この異常な硬さを砕けない。


(やはり、最低でも“怪力”スキルは取っておきたい)


脳裏に浮かぶのは、火山帯でしか満たせない“怪力”スキルの取得条件。高温の地で、重量がある物を持ち続けることで得られるスキルだ。


手っ取り早いのは火山帯で得られる火山岩というシンプルなアイテム。効果は特にこれといったものはなく完全に所持数を圧迫する害悪アイテムとすら言われている。


だが、実際にはこの火山岩を持ち歩くことで“怪力”スキルを得られると分かった途端評価が一変したアイテムでもあった。


物理に限るが、補正を受けられるという単純でいて、戦いにおいて最も本質的なスキル。この鱗を砕くには、それが必要だ。


火蜥蜴が喉を震わせる。次の瞬間、炎が吐き出された。赤熱の息吹が地を薙ぎ、岩肌を焼き崩す。


俺は前へ、走って、熱波を断ち割るように踏み込み、剣を振り上げた。


刃が下顎を裂き、火蜥蜴を弾き飛ばす。炎が飛沫となって散る。絶叫。奴の身体がのけぞり、岩壁へ叩きつけられた。


まだ息はある。だが、勝負は決していた。


「もっと深く、か」


戦いの快楽が、胸の奥で熱を帯びる。痛みと昂ぶりが交わり、次の戦場を求めて燃え上がる。


やがて火蜥蜴は、崩れ落ちた。


静寂。だが熱だけが、なお残っていた。


俺は剣を払って鞘に収め、奥を見据えた――ここで、攻撃力を手に入れる。その決意だけが、灼けるように確かだった。


……掌を握っては開いての繰り返しをする。


硬い鱗を断ち割った瞬間の衝撃が、まだ手の中に残っている。刃を通して伝わったあの振動――まるで衝撃が外へ広がっていくかのような感覚。


(“烈撃”スキルもまたここで得られる)


烈撃スキル。それは、攻撃した直後に“衝撃波”を発生させるものだ。衝撃波自体に攻撃力は微々たるものだが、距離がある相手にも届くというメリットがある。


硬さや数に関係なく、攻撃を通す一手となるのは間違いない。


(ここで掴む)


独り言が熱に溶けて消える。“怪力”を得る条件も、“烈撃”を得る条件も、ここにある。火山帯は俺を強くするためにある場所だ。


周囲を見渡す。黒ずんだ岩がひび割れ、赤い筋を滲ませている。地面の奥で鳴る低い震動。風が逆流する瞬間、足元の小石が浮き上がる。


これ以上奥へ進めば、さらに歪んだ魔物が出る可能性は高くなる。


理性が告げていた。“危険だ”と。だが、胸の奥で別の声が叫ぶ――もっと深く、と。


胸の鼓動が一定に落ち着き、理性を軸にして、昂ぶりを抑える。その均衡が、たまらなく心地よい。


岩場の上に登り、遠くを見渡す。熱風の向こうに、白い噴気がいくつも立ち昇っていた。その向こうに――本命の魔物がいる。


熾躯の結晶。忌まわしいほどの熱を帯びた赤の輝き。誰もが不良品と切り捨てた代物。


だが俺は知っている。そこに真価が眠っている可能性があることを。


不足していた“攻め”が、ここで揃う。冷静な計算と、本能が重なり合い、決意を固める。


熱が押し寄せる。喉が焼ける。だが、それすらも昂ぶりの燃料になる。


怪力と烈撃、この二つを。戦いを決定づける攻めの力を。そして――熾躯の結晶までも。


すべてを得るために、俺は歩みを止めないのだから。









――――――――


ここまで読んでくださり、ありがとうございます……!!


次回、より強くなるフェーズに入ります……!!


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