第二話:元貴族、冒険者ギルドに降臨


――断罪されたあのイベントから、まだ数時間しか経っていなかった。


昼下がりの大通りを歩く俺は、ひときわ目立つ姿をしてる。


上等な黒のジャケット。金糸が縫い込まれた襟。きっちりと磨かれた革靴に、礼装用の白手袋。どう見ても、“貴族”……いや、“今さっき追放された元貴族”である。


……にもかかわらず、向かっているのは冒険者ギルド。浮いている? 注目の的? ――上等だ。


俺は今、誰にも止められない。


貴族としての体裁とかそんなもの、戦闘の興奮の前ではどうでもよかった。というか、もう貴族ではないのだから関係ないな。


そう、解き放たれたんだ。乙女ゲームという“檻”から――いや、貴族という“檻”からか。


(……やっぱり、落ち着かないな)


自分の心音が、やけにうるさい。足取りが自然と早まる。この胸のざわめきがなんなのか、もう知っている。


――“戦闘システム”に早く触れたいからだ。


貴族であった頃の俺は、そのような欲求などなかった。なにせこの世界がゲームであるなど知らなかったし、本来の"アルフォンス・クリシャール"だったんだろう。


だが今は違う。この世界の戦闘システム、スキル、ステータス、成長要素……誰の目も気にせず、好きなだけそれを味わえるだけに値する記憶を思い出した。


そう、ここからようやく、俺にとってのゲームが始まったんだ。 この湧き出す欲求を満たす場所はギルドにしかない。


(この街に“冒険者ギルド”らしき建物があるのは知っていた。ゲームのフィールドマップでも、確かこの辺りに――あった、ここだ)


そこに立っていたのは、灰色の石造りの建物。昔、背景の一部として描かれていた、あの建物だ。


(ゲームでは看板もなかったし、セリフでも“ギルドがある”とぼかして触れられた程度。だけど……雰囲気的にギルドっぽいって、思ってたんだよな!)


――自分の推測が当たっていたことに、思わず口元が緩んだ。





――冒険者ギルドの扉を開ける。


ほんのり鉄と革のにおいが鼻をついた。木製のカウンターが並び、そして、剣や槍を背負った冒険者たちが思い思いに談笑している。


(……想像以上に、リアルだな)


そうしみじみと実感していたその時、俺の存在に勘づいた者がいたのかこの場の空気が止まったように感じた。


「……は?」

「な、なんだ、貴族……?」


受付前で談笑していた冒険者たちが、一斉に視線を向けてくる。


当然だ、見た目が場違いにもほどがある。だが、俺は気にせずそのまま受付へと歩み寄った。


「冒険者登録をお願いします」


受付嬢は一瞬ポカンと口を開けたまま固まった。


「……っ、え? あ、は、はい!? あの、しょ、紹介状などはお持ちで……?」

「ないです。なくても登録できるんですよね?」

「そ、そうですが……っ、い、一応、貴族の方が飛び込みで来られるケースは想定されていませんので……」


視線があちこち泳いでるからして、明らかに焦ってる。


「……まさか、あれ噂の“追放令息”じゃねぇのか?」

「マジでか? あの速報で出てた奴……? 一族まるごとじゃなくて、本人だけってやつ……」


後ろのベテラン風冒険者がボソッとつぶやいたのが耳に入る。どうやら“断罪”は、すでに噂になっているらしい。けど、まあそれよりも―――


「早く戦ってみたいんです」


“戦いたい”――それしか頭にない。


「なんだあいつ……」

「顔立ちは良いけど、頭やべぇ系……?」

「貴族が何言ってやがる……」


ざわざわとしている中、受付嬢は観念したのか顔を引きつらせながら、登録用紙とステータス水晶を差し出してきた。


「で、ではこちらに手を……現在のステータスが自動で記録されますので……」


俺は水晶に触れた。すると、透明だった球体の中心に青白い光が集まり、淡く輝く文字列が浮かび上がる。



【名前】:アルフォンス

【種族】:人間

【年齢】:15

【称号】:なし

【スキル】

 ・固執:Lv.1

 ・礼儀礼節:Lv.1

 ・勉学:Lv.3

 ・舞踏:Lv.2

 ・家計管理:Lv.2

 ・語学:Lv.2

 ・剣術:Lv.1

 ・魔術:Lv.1



(……“固執”、ね。ゲーム本編じゃ俺のスキルなんて一切出てこなかったけど、まさかこんな形でお目にかかるとは)


思わず苦笑した。原作では、俺は味方にも敵にもならない立ち位置だった。どちらかといえば”悪役令息”なんで敵寄りではあったが――そもそも俺のイベントで”戦闘”は起こらない。


だから、俺のステータスは謎のままだったしそれについて考察を深めるやつなどいなかった。


(で、その正体がこれか――“固執:Lv.1”。あれだけ傍若無人にふるまってLv.1って、どこの慈悲深い運営だよ)


皮肉めいた思考を浮かべつつも、肩をすくめる。


(まあ、いい。今の俺は過去のツケを精算しにきたわけじゃない――戦える力さえあれば、それでいい)


興味のないスキルは軽く流して、次のスキルに目を向ける。


スキル欄の中でも、戦闘で役立つスキルだけに意識を向ける――それが自分にとっての“合理的な判断”だった。


(うん、半分ぐらいは要らないスキルだなぁ)


貴族教育の成果、と言えば聞こえはいい。実際、これらのスキルは貴族における教育を受けていれば自然と習得できるものだ。


……ただ、戦闘にはまったく役に立たない。


このゲームでの、“戦闘システム”が発揮されるのは“数回程度”。


数回程度しかないのに、掘り下げてどうするんだって話だ。 生きるか死ぬかの戦闘で礼儀礼節うんたらなんだらがどう役に立つのか――むしろ、“礼儀礼節:Lv.1”ぐらいでは、どっちみち断罪される結末しかなかったんだなと思ったり。


だからこそ、俺はこの“戦闘システム”に惹かれた。掘り下げたくて仕方がなかった。


そして今、ついにそこへ手を伸ばせる。


(剣術と魔術がLv.1なのは助かるな!)


これがLv.0……正確には記載なしだったら、基礎習得からだったけど……既にスタートラインに立てているのはツイてる他にない。貴族教育も、悪いことばかりじゃないってことだ。


「あ、アルフォンス……様?」

「アルフォンスでいいです。もう“様”なんて柄じゃないんで」


そういうと、受付嬢は苦笑しながら恐る恐ると言わんばかりに登録証を差し出してきた。手に取ると、ひんやりとした金属の感触がした。


「これが、冒険者登録証……」


登録証を手に取ると、自然と笑みがこぼれていた。心のどこかで、ずっと飢えていた。ようやく“それ”を手に入れたのだ。


俺は受付嬢に顔を向けて――


「戦える依頼、あります?」


この世界の戦闘システムを、俺は全て知っている。だが、それは“プレイヤー視点”だった。実際に戦ったことなんて一度もない。


この身体で、初めての戦いを――俺は、心の底から楽しみにしていたのだった。




――――――――――――


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!!

引き続きがんばりますので、よろしくお願いします!

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