第2話 祝杯
「はぁーあ、疲れた疲れた。」
盗賊団の塒で、部下達がラシュアの帰りを今か今かと待っていると、後ろ髪をかきむしりながらラシュアが帰ってきた。
「頭!頭が帰ってきたぞ!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」
コクタスの言葉に全員が雄叫びを上げる。
それを鬱陶しそうに眺めながら、ラシュアはいつもの定位置にドカリと座った。ラシュアの頭には真新しい青いバンダナが着けられており、予備を持っていたようだった。
一頻り叫んだ部下達は、ラシュアの元へ駆け寄り、代表してコクタスが声を掛けた。
「頭ァ!よくあんなバケモン相手に無傷で!流石っす!」
彼らはそこまでラシュアに忠義を誓っているわけではないが、拾ってくれた、食わせてもらっている恩というのは人並みに感じているようで、嬉しそうに手をたたく。
「ケッ、そうかい。んなことよりも………おまちかねの祝杯だッ!」
ラシュアは傍の樽の蓋を腕力で破壊し、各々の木製ジョッキに酒を掬い入れていく。
「おほ、この匂い………頭ァ、もしやこれって?」
「流石鼻が利くな、デイッペート。こいつァ三つ前のサラミアでかっさらった三十年物のワインさ。」
「い、良いんすか!?てっきり頭一人で楽しむもんだとばかり!」
「なぁにつまんねぇこと言ってんだ?コクタス。酒ってのは仲間で飲むもん、それに今回はデカイ仕事をしたんだ、褒美は必要だろ?」
「お、おぉぉぉぉぉぉ!!!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
彼らがラシュアに従う理由の内の一つ、ちゃんと働きを認められ、相応の対価が必ずあるからだ。
この中には、元々別の盗賊団にいた者も多いが、口を合わせて頭程気前の良い頭目はいねぇ、と。
それに喋らなければとてつもない程の美人。こんなのついていかねば男が廃るとかなんとか。
まぁ、ようするに、ラシュアの飴と鞭が上手いだけである。
「サァッ!酒は持ったな!?今回は国一のブルンを襲って五体満足!誰も死んでねぇ!
こんなに愉快なことはあるか!?」
「ねぇぜ!」
「笑いすぎて死にそうだぜ!」
「死にかけたけどな!」
「よぉし!これからのラシュア盗賊団の栄光に──
「「「「「「乾杯ッ!!!!!」」」」」」
皆、一頻り酒を楽しみ、程よく酔いが回ってきた頃。
「デイッペート!スザン!ハドル!クメイン!トドール!戦利品の鑑定といこうか。」
ラシュアのニヤリとした笑みに、全員が下卑た笑みで返す。
呼ばれた五人は配下をつれて今回の戦利品を持ってくる。彼ら五グループが、ラシュア盗賊団の盗み担当である。
「まずは俺から、無難に金さ。」
デイッペートが硬貨を掴みながら、大量の袋を持ってきた。
「すっげ………」
「こんだけで半年はいけるぜ………?」
足止め組は固唾を飲む。
「ほう?悪かねぇ、だが少し悪銭だ。もう少し探しゃ良いやつが隠されてたろうな。」
「な!?」
「あそこは結構平民も防犯に煩い。今回は、経験ってことで許してやるよ。悪銭でも、金は金だ。有り難くもらってやろう。」
「くっ……すまねぇ、頭。」
ブルンでは、盗人が来ても全てを盗られないように、囮の悪銭を置いていることはそれなりに有名だ。
だが、今回初めてブルンを訪れた部下が殆どだったこともあり、ラシュアは特に罰則は与えないようだった。
「しょげるな、酒が不味くなる。次ッ!」
「おうさ。俺ゃ貴婦人の宝石さ。小さいがこれはかなりのもンだと思ったぜ!」
スザンが取り出したのはイヤリングや指輪、ネックレスの類いだった。
スザンは、特別身軽なこともあり、唯一単独行動をしている。そのため、軽いものや小さいものは彼の担当だ。
いやまぁコクタスも単独と言えば単独だが、ラシュアの気分でコクタス以外も打ち上げられるため、その都度の臨機応変が彼の持ち味だろう。
「見せろ。」
「へい!」
ラシュアの言葉に手を差し出しながら近づく。
スザンはこの中で特に忠誠篤く、敬うように片膝立ちである。
「人工も混じってるが、まともなものは良いモンだ。よくやった。」
顎をさすりながら、ラシュアはスザンを褒めた。
「っしゃ!アザッス!」
「そのオレンジの指輪と緑のネックレス、透明な指輪はニセモンだ。」
「了解、別けて置いときやす!」
「おう、次ッ!」
「どうでー、頭?なかなか良い絵じゃ………」
「ニセモン、死ねカス。」
「そ……んな…………」
奥からゆったりと現れたハドルが持ってきたデカイ絵画を、ラシュアは一目で贋作だと断定した。
膝から崩れ落ちたハドルを、またかぁみたいな視線で見つめる配下達。
「こ、今度こそ……今度こそ本物だと…………」
「芸術に興味を持つこたぁ自由だがよ、もう少し審美眼てのを鍛えるこった。
トイレ掃除!」
「ぐっ!クソォ…………」
「ハドルのやつまたやらかしてるよ………」
「これで三十回目のトイレ掃除か?大変だな、あいつも。」
「いや自業自得なぁー?」
ラシュア盗賊団鉄の掟第三条、失敗したものは罰としてトイレ掃除、水汲み、食器洗いが課せられる。
字面では簡単と思うかもしれないが、六十人近くいる集団の水回りを一月一人で行う、中々どうして大変な作業だ。
「次ッ!」
「間違いなく、逸品………俺達はこれさ!」
クメインは、貴族の女性が着るような派手なドレスを数着、小物類を盗んできたようだ。
「ほう、流行りとしては少し前だが上物も上物。オーダーメイドまではいかねぇが、相当な職人の逸品と見た。こいつなら売り付けても足がギリギリ付かないかもな。お前らに二杯目を許可する。」
「マジか!流石俺らのクメイン!」
「よっ!」
「褒めるな、それじゃ頭よ。遠慮なく。」
クメインの部下達が囃し立てるなか、クメインは満足そうに酒を注いだ。
「クメイン。」
「なんでしょうか?頭?」
クメインが隣を通ったタイミングでラシュアが小言を呟く。
「あまり喰いすぎるな?うちらは強姦と殺しは許さねぇ。」
「…………ふ、以後、気を付けましょう。」
戦果を上げれば見逃す。
ラシュアなりの功労者への気遣いだが、クメインは悪い意味でこの盗賊団の癌。ラシュアは今後のことを見据えて少し思考した。
「か、頭?良いっすか?」
「悪い、トドール。見せろ。」
「はい!オイラ達はこれだ!」
トドールが荷車の布をはがすと、そこには大量の青黒い果物、それも全く同じものしかなかった。
「おいおい、トドール、食料優先のお前でも限度があるだろ?」
「そうだぞ?それになんだそりゃ?見たことねぇぞ?」
配下達が悪態をつくなか、ラシュアだけは無言でそれを見つめていた。
しかし突然、ハッとしたように立ち上がった。
「トドール、良くやった。お前らのグループは残りの樽の中身全部くれてやるぜ!」
「おぉ、感謝します!」
「流石頭!トドール兄貴の意図を何も聞かずにわかっちまうなんて!」
「俺らはまださっぱりだけどな!ガハハ!」
トドールの部下達も、それがなにか良く分かっていないようだった。
「あの、頭?それは一体?」
コクタスが満を持して尋ねる。
「ふ、聞いて驚け?こいつぁブルンでしか採れない貴重な木の実さ。名前もそのままブルンてな。まぁそんなことはどうでもいいんだが、この実は肌艶に良いとかで、貴族の女共に高く売れる。」
「た、例えば?」
「ふっ、今は話題になったばかりで流通も少なく効果の程も確かめられていない。噂だけが先行している状態さ。つまり………」
「そりゃ、木の実一つでどんだけ吹っ掛けられるかってことっすね?」
「その通りさ、ハッハッハッ!笑いが止まらねぇぜ?下手すりゃこの小せぇ実一粒で金貨五枚は取れるだろうよ!」
「ま、マジっすか!?」
「あぁ、例えば一粒食べれば半年若返る、とかな。
だが取り扱いには注意だ。なんせ、木の実だ。どんだけ保つか知らねぇし、なるべく遠くの方が需要が高けぇ。」
「って、ことは………」
ラシュアの言わんとしていることに気付き、全員が顔を青ざめる。
「くじ引きだ、当たりの奴は特別に私と旅行さ。感謝しなよ?」
部下達は、当たりは嫌だと脳内で連呼しながら、運命のくじ引きを引いていった。
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