盗人一味の女頭目

麝香連理

第1話 邂逅

「っし、お前ら!今日はあそこのブルンを襲うッ!」


 緑の広がる山にある盆地にて、紫の長髪を風にたなびかせて青いバンダナを締めた女が八重歯を出して叫ぶ。

 身体の前には女の三倍はあるであろうバリスタがあり、女はそれを苦にせず肩にかけて持っている。

 そう、地面に置かず持ち上げているのだ。


「か、頭ァ~、あそこ武力で有名なサミーガ辺境伯のお膝元っすよ?やめましょうよー!それも、最近は王家と婚約したとか~、ねぇ?考え直しましょう!」


 女の前に立っていた男達の一番前に立つ、一番頼り無さそうな男がぼやくように提案する。

 それ以外の男はそれ以前に、諦観したような絶望の表情で突っ立ったままだった。

 そういう意味では、この男はこの中で一番勇気ある者だろう。

 

「黙れコクタス。あたしらはなんだ?」

「と、盗賊っす。」

「じゃあ奪え、簡単だろ?」

「う……まぁそっすけど、や、やり方を変えま───」


 コクタスが喋りかけた瞬間、女はコクタスの頭を鷲掴みすると、バリスタにセットした。


「か、頭ぁ~、せめて心の準備してからって約束してくれたじゃないっすかぁ~?」


 コクタスは苦笑いを浮かべながら顔を青くして、小刻みに震えながら伺うように女に尋ねた。


「ア?知るか。ほら、いつも通り防護魔法をかけてやっからよ──────



 女はそう言うと、コクタスの口に火をつけたダイナマイトを咥えさせた。



──かましてこいや。」


 女の良い笑顔を最後に、コクタスは国一の堅牢を誇るブルンの街の中心部に勢いよく発射された。



「ほんほふほはぁひぃふぁーーー!!!!」


 こんのクソ頭ぁーーー!!!と、女には聞こえたが、心優しい女はそれをあえて聞き逃してやった。

 コクタスが怯えていたのは武力ある貴族だからでも、良心の呵責でもない。このやり方が心底寿命を縮めるようで忙しないのだ。



「さぁ!お前ら!あたしらはなんだ!?」

「「「「「盗賊!!!!!」」」」」

「どんな盗賊だ!!!」

「「「「「汚ねぇ盗賊!!!!」」」」」

「あたしは誰だッ!!!!」

「「「「「女盗賊ラシュア!!!!!」」」」」

「ラシュア盗賊団に!?」

「「「「「敵は無しッ!!!!!」」」」」

「よく言ったァ!野郎共、壊し尽くせぇーーー!!!」

「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」


 こうなりゃ自棄だと言わんばかりに、男達は山を降りていく。屈強な男達が涙を流しながら山を駆け降りていくのだ。それはある意味壮観で、恐怖の象徴だろう。



「よぉく聞け、お前ら!今サミーガ当主は王家からの呼び出しで不在だ!鬼の居ぬ間に盗みでもしときな!」


 ラシュアの声はよく通り、飛ばされたコクタスを除いた全ての部下に届いた。










ドォォォォォン!!!!!!!







 丁度、ラシュアが部下が通るための道を作るために城門を特製のバリスタの矢で破壊したのと同じタイミングで、都市中心部でも爆発が起きた。



「ヒュー、我ながら完璧だ。さてさて…………」


 ラシュアは腰ベルトからゴーグルをヒョイと持ち上げると、気合いをいれるようにパチンと顔にはめ込んだ。これは彼女なりのルーティン、やらないと逆に落ち着かないのだ。

 ゴーグルを通したラシュアの視界は限界を超え、五キロメートルはあるであろう街の様子がよく見えるようになる。街の地面に落ちている髪の毛が何色か一瞬で見極められる程に。

 それとコクタスのズボンの湿ったシミも。

 ラシュアは鼻で笑うと、視線をさっさとずらした。





「要注意、要注意…………あの騎士だな。」


 ラシュアは標的、部下では対処困難な外敵を殺が、もとい駆除するのがいつもの流れだ。

 混乱が広まっている今、民間人は異変に近づくはずがなく、来るのは対処に回る者だけ。

 それをグループ分けされた部下が足止めしながら、他のグループが家財を漁り、ラシュアがバックアップ。ある程度盗んだら欲張らずにそのままとんずら。

 この計画的な犯行が、ラシュア盗賊団の、厄介な所でもあった。



「ほい、と。」

 

 ラシュアの視界の先で、一際派手な鎧を着ていた騎士が倒れる。兜の僅な隙間、その隙間に入るよう調整した矢を使って目を狙った静謐でスマートな暗殺だ。

 しかし、その大きさは矢と言って良いのかは幾分か憚られ、質量のある硬度な針と言うべきだろう。それが目を貫通して脳に刺さり、有害な毒を針先から数敵流れる仕組みになっている。



 その後も数人を駆除し、当主がいなけりゃこんなもんかと楽観的になっていると、サミーガ家の屋敷から一直線で駆け抜けてくる何かを目にした。



「ん?………ッ!!」



 ラシュアは直ぐ様姿勢を直すと、腰ベルトから特殊な矢をバリスタにかけ、即座に発射。

 狙いはテキトウ、高度も雑。だが、これはこれでいい。


 放たれた矢が上空で爆発すると、紫色の煙を四方八方に振り撒いた。

 これはラシュア盗賊団鉄の掟第一条、紫色の煙を見たら持てるだけもってただちに離脱せよ、だ。


 部下達は音と共に上を見上げ、焦ったようにブルンの街から足早に去っていく。

 しかし、脅威は無情にもそれより早く部下達に迫る。



「チッ、手間掛けさせやがって!」



 ラシュアは悪態をつきながらも、木々をワイヤーのようなもので渡るように下山していく。




「ヒエッ!なんだあれ!」

「おい!コクタス!早く逃げろ!」

「え、頭ァ!?なんでここに!?」

「いいから!殿は今日だけ俺がやってやる!」

「あ、え?………頼んます!」


 コクタスは非常時だとすぐに悟り、いつも自分が担っている殿をラシュアに任せると、怯えている仲間のケツを蹴りながら山を登っていった。



「っかぁー、ったく。顔は晒したくなかったンだがなぁ。」



 ラシュアがそう呟くと同時に、脅威が、館から全速力で駆け抜けてきた人物が、息を切らさずラシュアに剣を向けた。



「貴様ら………あのやり口はラシュア盗賊団だな?それに、女に青いバンダナ………フン、噂通りならお前が頭目のようだな。」


 男は金の髪を優雅に揺らし、侮蔑の念を持って睨み付ける。


「だったらどうした?」

 

 ラシュアがおどけたように、卑屈そうに両手を広げて尋ねた。

 実は一度、ラシュア盗賊団は王都ハニアスを襲撃したことがある。しかし、王国軍の優秀な魔法使いが遠目にラシュアを捉えたことがある。それから、ラシュアの外見的特徴が国中に流布され、ラシュアは少々動きづらくなっていた。


「前婚約者の仇、取らせてもらおうッ!」

 

 男は威勢よくラシュアに飛び掛かった。


「ハッ、よく言うぜ。片目と片足が欠損した程度で真実の愛と宣っていた相手を容赦なく切り捨てた王家嫡男グニス様がよぉ!」


 ラシュアも負けじと腰の細剣を抜き放つと、グニスの剣を受け流すように弾いた。

 巷では、知る人ぞ知る王家の恥部として有名だ。元々イルメラの姉とグニスが婚約していたのだが、グニスがその妹イルメラに一目惚れしたのだそうだ。一部では、病気を患った姉に近付かず、イルメラとの蜜月を過ごしたとも噂されている。


「貴様ッ!私のことはまだ許そう………だが、イルメラの侮辱は許さんぞ!見捨てた?ふざけるなッ!それもこれも、お前がイルメラの故郷であるラモサレナを壊滅させたからだろう!」


 グニスは顔を怒りで歪めながら語気を更に強くしてラシュアを非難する。盗賊に対してそれを言ったところでどうにもならないとグニス自身分かっていることだが、それでも言いたくなるのは、年頃だからであろうか。


「あぁ、そうだった!それであの家は四大公爵家から領地を返上し中央貴族になったのでしたっけかしら?良かったわねぇ、愛しい女といつでも会えるもの。」


 ラシュアは首を大仰にして、煽るように話す。

 領地を返上したことで、権威は下がったものの、王家の血を引いている公爵家を無下には出来ず、人材や若き女当主イルメラが戻るまで、王家の一時預かりという形である。


「イルメラは父君が亡くなられて自分が当主として振る舞うことに不安があっても必死に戦っていた!それを貴様の気紛れで…………!」

「あらそう、それは残念ね。」


 ラシュアはあくびをしながら手をヒラヒラとさせる。言外に興味がねぇーと言いたげだ。


「あぁ、でも私は感謝するよ。こうして、獲物が目の前に現れたのだから!

【クリム・ノイン】!」


 突然の殺気にラシュアは視線を前に向ける。その時には、グニスがすぐ傍まで肉薄していた。それと共に、九つの赤い牙までもが。

 ラシュアは忘れていた、このグニスと呼ばれる男は、皇太子にして弱冠十歳で初陣を経験し、五つの首を持ち帰ったことを。


「くっ!」

 

 ラシュアは咄嗟に避けたことで直撃は免れた。先程のゴーグルをしていたお陰で、グニスの動きがよく見えたからだ。

 しかし、ラシュアの頭を赤い牙の一つが掠め、青いバンダナがハラリと空に漂う。

 その瞬間から、バンダナが地面に落ちるまで、永遠とも呼べる時間がグニスを襲った。


 ラシュアの青いバンダナの下には、美しい紫色の長髪に燃えるような赤い髪の毛が交じっていたのだ。それも、巧妙に隠そうとしたのか、毛先は乱雑に切り取られて少し渦を巻いている。


「そんな………貴様、いや、なんで、お前が………!」

「チッ、最悪だ………」


 グニスは頭を抱えて項垂れ、ラシュアは心底嫌そうに天を仰いだ。


 その時、後方で白い煙が上がる。

 ラシュアはそれを部下の合図だと悟り、無言でその場を離れようとした。

 その時、グニスがラシュアに声をかけた。


「なんで!お前が生きている!」


 ラシュアは振り向きもせず、ただ動きを止めた。


「イルメラの姉であり、私の最初の婚約者、シュスエナ・ラモサレナ!」


 そう、それはかつて病によって命を落とした高貴なる女性。ラモサレナの血筋である赤とその母の青い髪を譲り受けて紫色の髪になってなお、ラモサレナの血を色濃く受け継いだ、赤交じりのシュスエナ。

 将来を嘱望され、王家との架け橋となる筈だった女性の名である。


「…………」

「どういうことだ!あり得ないことだがその髪色、間違いないなッ!?」

「………………死ね。」



 ラシュアは振り向き様に放った矢を、確認することなく山を走る抜ける。今はこの、どうしようもないイライラを発散するために。















「………………死ね。」

「なぁ!?」

 深紅の瞳が真っ直ぐこちらを射貫くと、バリスタから矢が発射された。

 突然の攻撃に防御態勢を取るも、相手は逃げるための一手でしかなかったようで、グニスは全くの無傷でその場に立ち尽くしていた。





「殿下ー!」

「グニス様ぁー!」


 遠くから、馬車の音と共に近衛騎士と婚約者の声が近付いてきた。

 グニスはその声に我に返り、先程の件は一度整理するために心の内に留めておくのだった。

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