第48話 針の示す方向へ

 ミル、マムル、リンティの三人は、その後も何度かチタ高原へ足を運んだ。

目的は、霧の中で現れるという、カラフルな魚たちの正体を探ることだった。しかし、チタ高原の霧は気まぐれで、発生したりしなかったりする。たとえ霧が発生しても、あの魚たちが現れることは稀だった。


「うーん、今日もダメだったわね……」


リンティは残念そうに呟いた。マムルもしょんぼりしている。あの不思議な光景は、一体何だったのだろうか。


ただ魚を探すためだけにチタ高原へ向かうのは、効率が良いとは言えなかった。

そこでミルは、ギルドでチタ高原に関連したクエストがないか探してみた。

報酬は安かったが、「高原薔薇」と「プラトハーブ」という植物の採取クエストを見つけた。いずれも薬の材料になるという。


「このクエストを受けて、チタ高原に行ってみようよ! 報酬ももらえるし、もしかしたら、また魚が見られるかもしれない!」


ミルはリンティに提案した。リンティも賛同する。


「そうね! 行ってもあの魚たちに会えるとは限らないけど、クエストがあれば目的ができるわね!」


こうして、三人は高原薔薇とプラトハーブの採取クエストを受注し、再びチタ高原へと向かった。


何度か足を運ぶうちに、この場所にも慣れてきた。朝の高原の空気は澄んでいて気持ちが良かった。自生している植物の場所も、おおよそ把握できるようになった。


依頼分の高原薔薇とプラトハーブを採取しながら、三人は辺りの景色を楽しんだ。高原薔薇は、朝露に濡れてきらきらと輝き、プラトハーブは、爽やかな香りを放っていた。


依頼分の採取を終え、三人は高原の開けた場所で休憩することにした。サンドイッチを食べたり、温かい飲み物を飲んだりしながら、のんびりと過ごした。


「うーん、美味しいねぇ」

マムルがサンドイッチを頬張りながら言った。


「うん。高原で食べるご飯は、格別だね」

ミルも頷いた。


休憩していると、空の色が徐々に変わり始めた。遠くで、黒く大きな雲が発達しているのが見えた。そして、吹いてくる風が、湿り気を帯びてきた。雨を告げるサインだった。


「あ、雲行きが怪しくなってきたわ。雨が降るかも!」

リンティが空を見上げて言った。


「よし、簡易テントを出そう!」


以前のように慌てることなく、簡易テントの設営の準備を始めた。やがて雨が降り始め、急いで簡易テントに滑り込む。外では、激しい雨音が響いていた。


簡易テントの中で、雨が止むのを待った。今回の雨は、霧魚を現れさせる霧を発生させてくれるだろうか。

これまでの朝霧では、キリカズラや魚は姿を見せなかった。突発的な雨による霧に、リンティは期待を寄せていた。


雨が止み、簡易テントから顔を出すと、やはり辺り一面に白い霧が立ち込めていた。雨によって急速に冷やされた空気が、濃い霧を生み出していたのだ。


「霧が出たわ! キリカズラあるかしら?」


リンティは目を輝かせた。霧の中でキリカズラが放つ淡いピンク色の光。

その淡い光を目印に、三人はキリカズラを探し始めた。


注意深く辺りを見回した。そして、霧の中に、あの淡いピンク色の光が見えた。キリカズラだ。


「あった! キリカズラだわ!」


リンティが喜びの声を上げた。雨による霧のおかげで、再びキリカズラに巡り合うことができたのだった。


三人はキリカズラを採取し、以前と同じように、リンティがテレダから教わった魔法でドライフラワーにした。これで材料のストックもできた。


キリカズラを採取し終え、三人は霧が完全に晴れるまで、そこで待つことにした。あの霧魚が再び現れるのを期待しながら。


霧はゆっくりと晴れていった。そして、以前と同じように、ゆらゆらと霧の中を泳ぐカラフルな魚が現れ始めたのだった。一匹、また一匹と数を増やし、あっという間に周囲は魚の群れに囲まれていった。


水中と錯覚するような、幻想的な光景だった。淡い光を放つキリカズラのドライフラワーと、霧の中を泳ぎ回るカラフルな魚たち。何度見ても、現実離れしたその美しさは変わらなかった。


「また会えたねぇ、お魚さん!」

マムルが嬉しそうに言った。


リンティは、興奮を抑えきれない様子で、懐からあるものを取り出した。それは、先日「二匹のカラス」で購入した方位魔針だった。


「よし、この方位魔針で、何か分かるかもしれないわ!」


リンティは方位魔針を手に、魚の群れを観察した。

方位魔針の針が、ゆらゆらと揺れ動き、ある一方向を指し示していた。そして、魚の群れも、その針が示す方向へと、ゆっくりと移動していた。


「見て! 方位魔針の針が、魚の群れが向かう方向と同じ方を指し示しているわ!」


リンティは驚いた。方位魔針は魔力の流れを探知するという。とすれば、あの魚たちは何らかの魔力的な流れに乗って移動しているのだろうか。


「これは……あの魚たちは、何らかの魔力的な存在か、あるいは魔力の流れそのものによって生み出されているのかもしれない……!」


リンティは興奮した。このチタ高原には、まだ解明されていない魔術的な現象が存在しているのだ。


「ねぇ、リンティ。あの魚たち、追いかけてみようよ!」


ミルは、リンティの言葉を聞いて、次の冒険への好奇心を抑えきれずにいた。

魚たちの正体を知りたい。方位魔針が示す方向へ行けば、何か新しい発見があるかもしれない、そう思ったのだ。


「ええ! そうね! クエストは達成したけれど、もう少しチタ高原を探索してみましょう!」


リンティも賛成した。マムルも「お魚さんと追いかけっこだね!」と喜んでいた。


こうして、植物採取クエストを達成した三人は、方位魔針の示す方向へ、霧魚の正体を探るべく、霧深いチタ高原の奥へと足を踏み入れたのだった。

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