第25話 面接
猫の獣人である女性、エーメリーに案内され、ミルとマムルは店の奥にある事務所へ移動した。
事務所はシンプルながらも整頓されており、壁には楽譜や写真が飾られている。エーメリーは椅子に座るよう促し、改めてミルの話を聞く姿勢を見せた。
ミルは、自身が孤児院育ちの新米冒険者であること、ドワーフ鉱山に来た理由、そして生活資金に困っている状況を正直に話した。
さらに、歌が好きで、マムルの歌声が非常に美しいこと、二人の歌で契約してもらえないかと思ってここに来たことを、緊張しながらも懸命に伝えた。
エーメリーは、ただ黙って、真っ直ぐにミルの瞳を見つめながら話を聞いている。その視線に、ミルは嘘や偽りは通用しないと感じた。
話を終え、ミルは意を決して言った。
「あの、私たちの歌を聞いていただけますか? もし、このお店で歌わせていただけるなら……」
エーメリーは頷いた。
「ええ、構わないわ。歌ってみて」
ミルはマムルと顔を見合わせた。二人で歌うと決めたものの、人前で歌うのは初めてだ。ましてや、エーメリーという初めて聞く人の前で。
「えっと、私たちが知っている歌は、孤児院で歌っていた童謡くらいしかなくて……」
ミルは正直にそう言った。冒険者の歌や流行歌は全く知らないのだ。
「童謡……? ふふ、面白いわね。いいわ、聞かせてもらいましょう」
エーメリーは少し微笑んだ。
軽く声合わせをしようと、ミルとマムルは小さな声で歌ってみた。
マムルの歌声は、やはり透き通るように美しい。ミルの声は、それに比べると平凡だったが、マムルの歌声に寄り添うように優しく響いた。
いよいよ本番だ。ミルの心臓がドキドキと鳴る。マムルもミルの肩の上で、ギュッと身を寄せているのが分かる。
「……いくよ、マムル」
ミルはマムルに声をかけ、二人で孤児院でよく歌っていた童謡の一つを歌い始めた。
歌いだしは、緊張で声が震えた。マムルの声も、普段より少し小さく不安定だ。歌い進めるにつれて、ゆっくりと二人の声は徐々に落ち着きを取り戻し、重なり合って、一つのハーモニーとなって事務所に広がっていった。
子供向けの、素朴で単純な歌だ。しかし、二人は心を込めて歌った。
孤児院での温かい日々、シスターヨアンや他の子供たちとの思い出、そしてマムルとの絆――歌の中に、二人の大切な記憶を乗せて。
歌い終えると、事務所には静寂が訪れた。エーメリーは、何も言わずに、ただじっと二人を見つめている。その瞳に、どんな感情が宿っているのか、ミルには分からなかった。
緊張の沈黙が続く。やがて、エーメリーがゆっくりと口を開いた。
「……その歌では、ダメね」
ミルの胸に、ストン、と何かが落ちるような感覚がした。やはり、断られてしまったのだ。素人同然の童謡など、このお店で通用するわけがない。マムルも肩を落としたようだった。
「ご、ごめんなさい……やっぱり、ダメでしたか……」
ミルは力なく言った。
しかし、エーメリーは続けた。
「その歌、という意味よ。あなたの歌声は悪くない。特に、その妖精ちゃんの歌声は、驚くほど清らかで心地良い響きを持っているわ」
エーメリーはマムルを見た。マムルは褒められ、少し顔を赤くした。
「そして、あなたたちの歌には、何か……心に届くものがある。聴いていると、歌の情景が目に浮かぶようだったわ。まるで物語を聞いているかのように、心が歌の世界に引き込まれる」
エーメリーはミルの瞳を真っ直ぐに見つめ、真剣な口調で言った。
「それが、私があなたたちの歌を評価する決め手になったわ。だから、その童謡はダメでも、店の雰囲気に合ったこちらの歌を覚えなさい」
そう言って、エーメリーは机の上に置いてあった二枚の楽譜をミルに差し出した。楽譜には、見たことのない曲名と歌詞が書かれている。
「え……?」
ミルは戸惑いながらも、楽譜を受け取った。これは、断られたわけではない、ということだろうか?
「私は、この店『アンワィンドアルペジオ』のオーナー、エーメリーよ。あなたの歌声には、この店に合う可能性がある。だから、この楽譜にある歌を覚えて、私のもとで歌ってみないか、と誘っているの」
改めて、エーメリーは自己紹介をし、ミルに提案した。
ミルの胸に、感謝と喜びが込み上げてきた。素人の自分たちの歌に、可能性を見出してくれたのだ。
「は、はい! 歌わせていただきます! 頑張って覚えます!」
ミルは力強く答えた。マムルも嬉しそうに飛び跳ねる。
「やったあ! 歌えるんだねぇ!」
「良い返事ね。この二曲は、この店でも人気の曲よ。難しいかもしれないけど、しっかりと練習してちょうだい」
エーメリーは微笑み、楽譜を渡し、今後のことについて説明した。
「明日の昼の営業が終わったら、ここで音合わせをしましょう。それまでにある程度覚えてきてちょうだい。それと、報酬は歌う曲数やお客様の反応によって決まるわ。まずは見習いとして、ここから始めてもらうことになるけど、頑張り次第で、もっとたくさん稼げるようになるわよ」
具体的な報酬の話もされ、ミルは冒険者としての金策とは全く異なる、新たな道が開けたことを実感した。
エーメリーにお礼を言い、楽譜を手に、ミルとマムルは『アンワィンドアルペジオ』を出た。外に出ると、すっかり夕方になっていた。
「やったね、マムル! エーメリーさんが、歌わせてくれるって!」
ミルは嬉しすぎて、思わずマムルを抱きしめた。
「うん! ふたりの歌声のおかげだよ!」
マムルも嬉しそうに、ミルの首に抱きついた。
自分たちの歌で、お金を稼ぐことができるかもしれない。それは、冒険者としての活動とはまた違う、大きな喜びだった。
二人は、人が少なくなった街の広場へ移動した。まだ明るさが残る空の下、エーメリーにもらった楽譜を広げる。
「よし! 頑張ってこの歌、覚えようね、マムル!」
「うん!」
楽譜を見ながら、二人は新しい歌を歌い始めた。最初は音程やリズムが分からず苦労したが、何度も繰り返し歌ううちに、少しずつ形になっていった。
宿に戻ったのは、あたりが薄暮に染まる頃だった。部屋の扉を開けると、リンティが心配そうな顔で座っていた。
「ミル! 遅かったじゃない! 大丈夫だったの!? 何か危ないことでもあった!?」
リンティは駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ、リンティ! 全然危ないことはなかったよ! それよりも、聞いて! エーメリーさんっていう人が、お店で歌わせてくれることになったんだ!」
ミルは今日あったことを、リンティに興奮気味に話した。
ギルドでの金策が上手くいかず、街を歩いて吟遊詩人の歌を聴いて、マムルの歌声で何かできないかと考え、ミュージックレストランを探し、『アンワィンドアルペジオ』にたどり着いた経緯。
そして、エーメリーに歌を聞いてもらい、店の歌を覚えることを条件に歌わせてくれることになった、という一連の流れを。
ミルの話を聞いて、目を丸くした。
「ええ!? ミルが歌うの!? しかもお店で!?」
驚きと、そして信じられないといった表情をしていたが、すぐにその顔が明るくなった。
「すごいじゃない、ミル! よかったわね! 全然知らなかったけど、ミルって歌が上手だったのね!」
リンティは心から喜んでくれた。
「ううん、私、歌はそんなに上手じゃないんだけど、マムルが一緒だからかな……」
「マムルちゃんの歌声が綺麗だって、エーメリーさんにも褒められたんだよ!」
マムルが胸を張って言った。
「ふふん、やっぱりマムルはすごいわね! でも、ミルもきっと才能があるのよ! これで、当面の生活費は大丈夫そうね! ライフルができるまでの間の金策としては最高じゃない!」
リンティはミルの新たな道が開けたことを、心から祝福してくれた。
ドワーフ鉱山での最初の探索は、クニャックに襲われるという最悪の結末を迎えてし
まったが、思いがけず「歌で稼ぐ」という新たな活路を見出すことができた。
これも、フェアリーライトの導きなのだろうか。ミルはそんなことを考えながら、マムルと共に、明日からの歌の練習に備えて眠りについた。
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