第12話 鳥と傷
昼食を終え、一息ついた一行は、再び旅路へと出発した。相変わらず穏やかな天気で、街道は静かだ。ミルは新しい魔法式ライフルをしっかりと携え、バイスと共に馬車の後方について歩く。
「午後の日差しは気持ちいいけど、少し眠くなるな」
バイスが気楽な調子で言った。ミルも頷く。確かに、ぽかぽかとした陽気で、ついウトウトして警戒を緩めてしまいそうになる。
その時、馬車の前を歩いていたリンティが、突然立ち止まった。杖を構え、辺りの木々を注意深く見つめている。
「どうしたんだ、リンティ?」
バイスが声をかけた。
リンティは緊張した面持ちで答えた。
「……魔物の気配。一定の距離を置いて、私たちの様子を伺っているみたい」
ミルの背筋が凍りついた。魔物の気配? この比較的安全な街道で? マムルもミルの髪の中で小さく身震いした。
「どんな魔物だ?」
バイスが真剣な声で尋ねた。
「まだ分からないわ。ただ、数が多いみたい。そして、賢い……獲物を狙う獣のように、私たちから一定の距離を保ち、様子を伺っている。私たちの隙を狙っているのかもしれないわ」
リンティの言葉に、パーティー全体に緊張感が走った。ダントは馬車の中で警戒し、リエットも腰の短剣に手をかけ、鋭い視線で周囲を探っている。
「くそ、厄介なやつらだな」
バイスが舌打ちをした。お調子者だった雰囲気は消え失せ、剣士としての鋭い顔つきになっていた。
「気を抜かないで。奴らはいつ襲ってくるか分からないわ」
リンティが皆に注意を促した。
警戒しつつ、一行は街道を進んだ。魔物の気配は、ずっと一定の距離を保ったままだった。姿は見えないが、常に監視されているような不快感があった。
時間が過ぎ、陽が西の空に傾き始めた頃、それは突然やってきた。街道脇の森の中から、不気味な羽音が聞こえ始めた。
そして、次の瞬間、馬車を囲むように、複数の鳥の魔物が姿を現した。
「な、なにあれ!?」
ミルは思わず声を上げた。現れたのは、体長が2メートルほどもある巨大な鳥の魔物だった。全身は黒い羽毛に覆われ、鋭い鉤爪のついた大きな足と、長く鋭い嘴を持っていた。
「エプキニスだ! 群れで行動する鳥の魔物だ!」
バイスが叫んだ。エプキニスは小さい翼を持っていたが、どうやら飛ばないらしい。その代わりに、地面を恐ろしい速さで走り回っている。
「数を数えろ!」
ダントが馬車の中から指示を出した。
「6、7……10羽以上います!」
リエットが素早く数を把握した。
複数のエプキニスが、獲物を取り囲むように、恐ろしい速さで馬車に迫ってくる。
「ミル! ライフルで撃て! 距離を取って!」
バイスが叫んだ。ミルはすぐに魔法式ライフルを構えた。緊張で心臓が激しく脈打ったが、ここで怯むわけにはいかない。
マムルはミルの肩で小さく震えている。
「ミル、がんばって! 怖いよぉ!」
「大丈夫、マムル! やるしかない!」
ミルは震える手に力を込め、迫ってくるエプキニスの一羽に狙いを定めた。引き金を引く。パン!と乾いた音が響き、魔弾が放たれた。
魔弾を受けたエプキニスは、悲鳴のような鳴き声を上げて霧散した。
「やった!」
ミルは一撃で仕留められたことに、わずかに自信を深めた。しかし、他のエプキニスは怯むことなく迫ってくる。
「俺が前で食い止める! リンティ、リエットは馬車を守れ! ミルは狙撃だ!」
バイスが長剣を抜き放ち、馬車に一番近づいてきたエプキニスに斬りかかった。金属がぶつかり合うような音が響き、エプキニスが後退する。
リエットは短剣を構え、いつでも戦えるように準備しながら、ダントの馬車を警戒している。リンティは杖を構え、魔法を唱える準備をしていた。
ミルは次々と迫ってくるエプキニスに魔弾を放った。エプキニスは動きが速く、全てを正確に撃ち抜くことは難しかった。
何羽かはミルの魔弾を受け怯んだが、数が多い上に動きが素早いため、数羽がミルの射線を潜り抜け、バイスや馬車のほうへ向かっていった。
「くそっ、速いな!」
バイスが長剣を振るい、エプキニスを薙ぎ払う。鋭い鉤爪や嘴による攻撃を、間一髪で避けていた。リエットも短剣で応戦し、迫るエプキニスを牽制した。
リンティは魔法でエプキニスを吹き飛ばそうとしたが、数が多いため、全てに対応しきれなかった。
一羽のエプキニスがバイスの剣を避け、その鋭い嘴でバイスの腕に攻撃を仕掛けた。バイスは咄嗟に腕をかばったが、厚手の革籠手越しに、深い傷を負ってしまった。
「ぐっ!」
バイスが呻き声を上げた。
「バイスさん!」
ミルはバイスが傷を負ったのを見て、すぐさまそのエプキニスに魔弾を放った。魔弾は正確にエプキニスを貫き、霧散させた。
バイスは片手で傷口を押さえながらも、他のエプキニスに立ち向かっていた。
「俺は大丈夫だ! 心配するな!」
リエットはすぐにバイスの元へ駆け寄った。
「バイス、応急手当を!」
リエットは素早く回復薬を取り出し、バイスの傷口にかけた。
リンティは、残りのエプキニスに強力な魔法を放った。
「《フレイム・チェイン!》」
杖先から炎が放たれ、連鎖するようにエプキニス数羽を巻き込んだ。炎に呑まれたエプキニスは、そのまま黒焦げになり、消滅した。
リンティの魔法で一気に数を減らされ、残っていた数羽のエプキニスは、仲間の最期に恐れをなしたのか、悲鳴のような鳴き声を上げながら、来た方向へと逃げ去っていった。
辺りに静寂が戻った。荒い息遣いと、街道に舞う埃だけが残されていた。
「ふぅ……なんとか、撃退できたわね……」
リンティが杖を下ろし、安堵の息をついた。ミルは震える手でライフルを握りしめ、立ち尽くしていた。凶暴な魔物との実戦は、想像していたよりもずっと恐ろしかった。
「バイスさん、大丈夫ですか!?」
ミルはリエットに手当てされているバイスの元へ駆け寄った。
「ああ、大したことねえよ。かすり傷だ」
バイスは顔を歪ませながらも、強がって笑った。しかし、傷口からは血が滲んでおり、決して軽傷ではないようだった。
リエットは黙々と手当を続けていた。彼女の顔は真剣そのものだった。
ダントが馬車から降りてきて、周囲の安全を確認した。
「よくやってくれた。皆、無事か?」
「バイスさんが少し怪我をしました」
リンティが報告した。
「そうか……リエット、頼む」
「はい、お任せください」
リエットは丁寧にバイスの傷口を処置し、包帯を巻いた。
今回の戦闘で、エプキニスは10羽以上いた。バイスが3羽、ミルが魔法式ライフルで3羽を倒し、リンティが魔法で4羽を倒した。
リンティは、霧散したエプキニスの跡地を調べ、換金アイテムのコアを探した。見つかったのは、4個だった。エプキニスは換金アイテムを落としにくい魔物らしい。
エプキニスとの戦いは、思っていたよりもずっと危険だった。魔物の恐ろしさ、そして仲間が傷つく場面を目の当たりにし、ミルの胸には様々な感情が渦巻いた。同時に、自分がライフルで魔物を倒し、仲間のために戦えた、という確かな手応えも感じていた。
この旅は、まだ始まったばかりだ。ドワーフ鉱山までの道のりには、まだ何が待ち受けているか分からない。ミルは改めて、気を引き締めようと心に誓った。
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