第6話 報酬とカード
黒い森から街に戻ったのは、陽が西の空に大きく傾き始めた頃だった。酒場「アール&コール」に到着した時には、すでに街灯が灯り始め、酒場からは楽しげな話し声や笑い声が賑やかに漏れ聞こえていた。
「ふぅ、疲れたねぇ」
マムルがミルの肩で小さくあくびをした。ミルも頷く。初めての本格的なクエストは、思っていた以上に体力を使ったようだった。
「今日はもう遅いから、報告は明日にしましょうか」
リンティが提案した。アールも忙しそうだったため、ゆっくり話を聞いてもらうには明日の朝の方が良さそうだと思われたからだ。
「うん、そうしよう! リンティ、今日はありがとうね! リンティのおかげで助かったよ!」
ミルは心から感謝を伝えた。リンティは少し照れくさそうにしながらも、得意げに胸を張った。
「ふふん、まあね! 天才の私と一緒なら、どんなクエストだって成功するわよ! じゃあ、また明日、ここで会いましょう!」
リンティはそう言って、軽く手を振って別れた。ミルとマムルは、家路である孤児院へと続く道を歩き始めた。
孤児院の小さな部屋に戻り、ベッドに潜り込んだミルは、今日一日の出来事をマムルと語り合った。アールさんの猫探しから始まって、リンティとの出会い、黒い森でのワナガケオオグモとの遭遇、そして頂上蘭とオーキベリーの採取。初めての経験ばかりで、一つ一つがミルにとって新鮮で、刺激的だった。
「リンティって、ほんとにすごい魔法使いさんだったんだねぇ」
マムルがミルの隣で小さく丸まりながら言った。
「うん。あんなにすごい魔法、初めて見たよ。ワナガケオオグモも、あっという間に倒しちゃったし……」
「オーキベリー、美味しかったなぁ。また食べたいなぁ」
「ふふ、そうだね。またリンティと一緒に森に行けるかな」
マムルと他愛もない会話を交わしているうちに、ミルの瞼はだんだんと重くなってきた。柔らかいベッドの感触と、マムルの心地よい存在に包まれ、ミルはいつの間にか、深い眠りに落ちていった。
翌朝、ミルは少し遅めに目を覚ました。マムルもまだ眠そうにしている。
孤児院で身支度を整えたミルは、マムルと共に酒場「アール&コール」へ向かった。
酒場の扉を開けると、朝から賑わっている様子が伺える。アールがカウンターでテキパキと注文をさばいていた。
「おはよう、アールさん!」
「おう、ミル! おはよう! マムルもな! 遅かったじゃねえか、リンティならもう来てるぜ!」
アールは相変わらずの明るい声で出迎えてくれた。店内を見渡すと、奥のテーブル席にリンティが座っているのが見えた。
「リンティ! おはよう!」
ミルはリンティの元へ駆け寄った。リンティは笑顔で応えた。
「おはよう、ミル、マムル! ちゃんと起きてきたわね! さあ、ご飯にしましょう! アールさん、デザートはアレをお願いね!」
リンティが頼んだのは、サクサクの生地に卵と野菜がたっぷり入ったキッシュだった。ミルもアールにお願いして、大好きなミートパイを注文した。
温かいミートパイにかぶりつきながら、ミルは昨日のクエストについてアールに報告した。黒い森での出来事、ワナガケオオグモをリンティが倒してくれたこと、そして無事に頂上蘭を採取できたこと。アールは時折相槌を打ちながら、満足そうに話を聞いていた。
食事を終える頃、アールがデザートを持ってきた。それは、昨日採取したオーキベリーを使って作ったという、色鮮やかなフィユタージュだった。パイ生地の上に、甘酸っぱいオーキベリーが散りばめられている。
「わあ! オーキベリーのフィユタージュだ!」
ミルとマムルは目を輝かせた。リンティも興奮気味だ。
「アールさん、ありがとうございます! 昨日採れたばかりのオーキベリーを使ってくれたんですね!」
「おうよ! お前らが頑張って採ってきたんだ、美味しく料理してやるのが筋だろう! さあ、熱いうちに食え!」
アールの心遣いに、ミルは胸が温かくなった。サクサクのフィユタージュと、甘酸っぱいオーキベリーの組み合わせは絶妙で、三人はあっという間に食べ終えてしまった。
デザートも堪能し、一段落ついたところで、リンティが真剣な顔になった。
「さて、美味しい食事も済ませたことだし、報酬の話をしましょうか」
リンティはそう言って、酒場のカウンターにあるギルド出張所の方へと視線を向けた。アールも、その様子を見てカウンター越しに声をかけてきた。
「報酬の受け取りか? ギルドに報告は済ませたのか?」
リンティは頷いた。
「ええ、朝一で済ませてきたわ。報酬も出てるはずよ」
リンティは立ち上がり、ギルドの受付へと向かった。ミルもマムルと共にそれに続く。受付の女性に声をかけ、報酬の受け取り手続きを行った。
ギルド職員から渡されたのは、ずしりと重い銀貨だった。
「今回のクエスト報酬は、銀貨20枚です」
受付の女性が言った。続けて、リンティが倒したワナガケオオグモのコアについても言及があった。
「それと、魔物討伐の成果として、ワナガケオオグモのコアをギルドが買い取ります。こちらは銀貨5枚になります」
合計で銀貨25枚。それが、今回のクエストで得られた報酬だった。
「さて、これをどう分けるか、ね」
リンティはそう言って、目の前の銀貨の山に目を向けた。今回のクエストのメインは頂上蘭の採取であり、それはリンティの目的だった。しかし、魔物討伐という、ミルにとっては初めての戦闘も含まれていた。
「えっと……リンティがワナガケオオグモを倒してくれたから、リンティがたくさん持ってていいよ」
ミルは遠慮気味に言った。自分は木に登っただけで、一番危険な魔物退治はリンティが一人でやったのだ。
リンティはそんなミルを見て、ふっと笑った。
「何を言ってるのよ、ミル。あなたはちゃんと私の魔法の効果を最大限に活かして、あの高い木に登って頂上蘭を採取してくれたでしょう? しかも、ワナガケオオグモの気配にも気づかずに、うっかり近づいていたらどうなっていたか……」
リンティはそう言って、銀貨を数え始めた。
「クエスト報酬20枚、コアの買取金5枚、合わせて25枚ね。今回の私の取り分は、報酬から11枚。そして、コアの買取金5枚。合計で16枚ね」
リンティはそう言うと、銀貨16枚を自分のほうに寄せた。そして、残りの銀貨9枚をミルのほうへ押し出した。
「そして、ミルには報酬から9枚よ」
リンティ:16枚、ミル:9枚。リンティの取り分の方が多いが、それでもミルが予想していたよりもずっと多い金額だった。
「え……こんなにたくさん? いいの、リンティ?」
ミルは戸惑った。
「いいのよ。私が受注したクエストとはいえ、あなたの協力なくしては達成できなかったのだから。それに……」
リンティは少し真面目な顔になった。
「『実直な労働には、実直な報酬を』。これが冒険者の世界の掟よ。今回のクエストで、一番貢献度が高かったのは私だけど、あなたも十分に活躍したわ。だから、この分け前で問題ないの」
リンティはきっぱりと言い切った。そして、ミルの手に渡された銀貨の山を見て、言った。
「せっかく稼いだんだから、有効に使いなさい。特にミルは、まだ最低限の道具しか持っていないんでしょう? 冒険者としてやっていくなら、もっと良い装備が必要よ。特に、武器!」
リンティはミルの腰に差された錆びかけの短剣に目を留めた。
「その短剣じゃ、いつか危険な目に遭うわ。せっかく稼いだお金なんだから、ちゃんとした武器を買いなさい。それが、あなたの安全に繋がるんだから」
リンティの言葉に、ミルはハッとした。確かに、この短剣では心もとない。リンティのように魔物と戦うためには、もっとしっかりした武器が必要だ。
「うん……分かった。武器、買ってみるよ」
「そうしなさい。そしと、お金は嵩張るし、重いから、ギルドカードに入金しておいた方がいいわ」
リンティは自分の首から下げていた、真鍮よりも一回り大きいプレートを見せた。
「これは各国共通のギルドカード。ここに稼いだお金を入金しておけば、いつでもどこでも引き出せるし、持ち歩くよりずっと安全よ」
ミルは感心してリンティのカードを見た。自分も早くリンティのように、しっかりとした冒険者になりたいと思った。
リンティは自分の報酬の一部をギルドカードに入金し、ミルにも同じようにするように勧めた。ミルの冒険者バッジはまだシンプルだが、将来的にこのギルドカードに変わるのかもしれない。
「さて、それじゃあ早速武器を見に行きましょうか! どこか心当たりはある?」
リンティが尋ねた。ミルは孤児院の手伝いをしているときに、シスターのヨアンにいくつかお店の名前を教えてもらっていた。
「えっと、孤児院のシスターが、中古の武器も扱ってる万屋があると教えてくれたんだけど……」
「万屋? ふむ、いいわね! 新人には、まずは中古で自分に合ったものを探すのがいいわね。それに、万屋なら他にも色々なものが見られるし、楽しいわ!」
リンティはパッと顔を輝かせた。どうやら、武器探しよりも、万屋に興味があるらしい。
「よし! それじゃあ、早速万屋に行きましょう! 私が付き添ってあげるわ! 天才の私に見繕ってもらえれば、きっと最高の武器が見つかるはずよ!」
リンティはそう言って、元気よく立ち上がった。ミルもマムルと共にそれに続く。
オーキベリーのフィユタージュで満たされたお腹と、初めて稼いだ銀貨の重みを感じながら、ミルはリンティと共に、新たな目標である「武器探し」へと向かうのだった。それは、冒険者として成長していくミルにとって、間違いなく大切な一歩となるはずだった。
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