第4話 魔物とコア
静かな森の中を、ミル、マムル、そしてリンティの三人は進んでいった。
薄暗い木々の間を縫うように続く道には、他の冒険者が通った跡があるらしく、迷う心配はなかった。しかし、常に聞こえてくる得体の知れない音や、木々の隙間から覗く暗闇は、初めての場所であるミルとマムルにとって、やはり少しばかり緊張を強いるものだった。
「ねぇ、リンティ。頂上蘭の咲いてる木って、どうやって見分けるの?」
ミルがリンティに尋ねた。ただの木々の中に紛れていては、目的の木を見つけ出すのは難しそうだったからだ。
「ふふん、心配いらないわ。頂上蘭は、少し特別な性質を持っているのよ」
リンティは得意げに笑った。
「頂上蘭はね、その花弁から微かに魔力を放っているの。それが光となって仄かに木を光らせているの。遠目からでも分かるようになっているわ。特に夜は綺麗なんだけど、この森の薄暗さなら、昼間でも十分に目印になるはずよ」
「光る木? すごいねぇ!」
マムルが興味津々といった様子で目を輝かせた。光る木を想像して、マムルは少し森への不安を忘れたようだった。
リンティの言葉を頼りに、三人は光る木を探しながら歩き続けた。幸いなことに、これまでの道中、魔物との遭遇は一度もなかった。安全なエリアだとリンティは言っていたが、やはり初めての場所で魔物が出てこないというのは、ミルにとって安心材料だった。
しばらく歩くと、リンティが立ち止まり、森の奥の一点に目を向けた。
「あそこよ、多分」
リンティが指差した方向には、他の木々とは少し違う、仄かに緑色の光を放つ一本の木が見えた。遠目なので、まだはっきりとは分からないが、確かにリンティの言う「光る木」らしかった。
「ほんとだ! 光ってる!」
ミルもマムルも、その光に気づき、顔を見合わせた。
光る木から、まだ十分な距離をとって、リンティは立ち止まった。
「よし、この距離なら大丈夫でしょう。ちょっと様子を見てみるわね」
リンティはそう言って、杖を水平に構え、瞳を閉じた。そして、静かに呪文を唱え始めた。
「『《サーチ・マジック》!』」
リンティの杖の先から、目に見えない波紋のようなものが広がっていく。それは周囲の魔力を感知し、その情報をリンティに伝える魔法らしかった。
数秒後、リンティは目を開き、少し表情を曇らせた。
「やっぱり……一体いるわね」
「一体? なにが?」
ミルが尋ねると、リンティは慎重な口調で答えた。
「魔物よ。あの光る木の近くにいるわ。感知した魔力の質からして……おそらく『ワナガケオオグモ』ね。」
「ワナガケオオグモ……?」
ミルには聞き慣れない名前だった。
「ええ、聞いたことないかしら? 体はさほど大きくないんだけど、罠を張る蜘蛛の魔物よ」
リンティは少し警戒した様子で、ワナガケオオグモについて説明を始めた。
「ワナガケオオグモはね、その名の通り、特殊な網を張るの。その網はとても粘着力が強くて、一度絡まると、並の力じゃ抜け出せないわ。」
リンティは言葉を選びながら続けた。
「そして、彼らは頂上蘭の放つ魔力に惹きつけられるのよ。頂上蘭は、魔力を回復する補助剤になるほど強い魔力を放っているのね。その強い魔力を餌と勘違いするのか、あるいは、頂上蘭に集まる人や魔物を狙っているのかは分からないけれど……ワナガケオオグモは、頂上蘭の周りに網を張り巡らせ、近づいたものを人間でも魔物でも見境なく捕食するのよ。」
ミルは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。網に絡め取られて捕食される蜘蛛の魔物なんて、想像するだけで恐ろしい。マムルも不安そうにミルの首筋に顔を埋めた。
「こ、怖いねぇ……網、見えるの?」
「網はね、半透明で分かりづらいの。だから厄介なのよ。うっかり近づくと、いつの間にか絡め取られてしまう可能性があるわ。」
リンティはそう言いながら、光る木の方向をじっと見つめた。
「でも、網を張るのはある程度の範囲だけ。それに、幸い、一体だけのようね。この距離なら、まだ網の範囲外だと思うわ。」
リンティは慎重に状況を判断し、そしてミルに向き直った。
「ミル、あなたはここで待機していて。マムルもね。ワナガケオオグモは網が厄介だけど、本体はそれほど強くないわ。魔法で一撃で仕留められるはずよ。」
ミルは頷いた。まだ魔物と戦うのは初めてだし、蜘蛛の網も怖い。リンティに任せるのが最善だと判断した。
「分かった。リンティ、気をつけてね!」
「任せなさい! 天才の私にできないことなんてないわ!」
リンティはそう言って、自信満々に一歩前に出た。杖を右手に持ち替え、まるで銃のように構える。そして、ワナガケオオグモがいると思われる方向へ、狙いを定めた。
リンティの表情は真剣そのものだった。高ぶった様子はなく、冷静沈着だ。魔物と対峙する魔法使いとしての顔がそこにあった。
静寂が流れる。緊張感が高まる中で、リンティの口から鋭い詠唱が放たれた。
「『《マジック・スパイク》!』」
杖の先から、小さな光の塊が高速で放たれた。それは一直線に、光る木のある方向へ飛んでいく。
数瞬後、森の奥から「キィィィ!」という甲高い鳴き声が響き渡った。そして、次の瞬間、リンティが狙った辺りで、緑色の光がパッと弾けたように見えた。
「ふぅ、仕留めたわ」
リンティはそう呟き、杖を下ろした。彼女の額には、微かに汗が光っている。
ミルとマムルは、恐る恐る光る木の方向を見た。確かに、もう魔物の気配は感じられない。
リンティは確認するように、もう
「よし、完全に消滅したわね。ワナガケオオグモの網は、本体が消滅すると同時に消えるから、もう安全よ」
リンティはそう言って、ミルとマムルに近づくように促した。三人は慎重に、光る木の元へと歩いていった。
木の下に到着すると、そこには蜘蛛の巣のようなものは一切なく、ただ地面に、淡い緑色の光を放つ小さな塊が落ちているだけだった。
「あれは……?」
ミルが尋ねると、リンティはそれを拾い上げた。それは、透き通った緑色の宝石のような結晶だった。大きさは、ミルの親指の先ほどだ。
「これは、ワナガケオオグモのコアよ」
リンティはミルにそのコアを見せた。
「コア? 何それ?」
「これはね、魔物を倒した時に、たまに落とす換金アイテムよ。魔力の結晶みたいなものね。魔物の種類や強さ、あとは運にもよるんだけど、倒した魔物からこういうコアが手に入ることがあるの。」
リンティはコアを指先で弄びながら説明した。
「このコアは、そのまま換金できるわ。大きさや純度によって価値は変わるんだけど、ワナガケオオグモみたいな、それほど強くない魔物でも、これくらいの大きさならそこそこの値段になるはずよ。」
マムルは興味深そうにコアを眺めた。
「へぇ、魔物の体から宝石が出てくるんだねぇ! キラキラしててきれい!」
ミルは、冒険者になって初めて手にした換金アイテムに、少し感動していた。リンティが鮮やかに魔物を仕留め、こうして報酬となるアイテムを手に入れる。これが冒険者の仕事なのだと、改めて実感した。
「さて、魔物もいなくなったし、いよいよ頂上蘭の採取ね! ほら、マムル! あの木を見て! きっとてっぺんに可愛い頂上蘭が咲いてるわよ!」
リンティは一気にテンションを上げ、光る木を見上げた。
ミルもまた、頂上蘭への期待を胸に、改めてその巨大な木を見上げた。幹は太く、枝は空に向かって高く伸びている。てっぺんは、薄暗い森の中でも、ぼんやりと光って見えた。
今度は、ワナガケオオグモの網や、魔物の心配はない。必要なのは、あの木のてっぺんに咲く「頂上蘭」を手に入れることだけだ。
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