第12話 回帰
クラスメートとの雑談の中で、「及川…、カノジョを作ってみたらどうなの?」と、からかい対策の提案があった。
そのクラスメートは、及川明人が女子の『恋愛の対象になりうる可能性』があるからこそ、騒動が大きくなっているのではないかという仮説を立ててきた。
恋人を作る事で、その対象から除外されることになり、騒ぎが減るのではないかという考えだ。
「え、無理、無理、無理!」
明人は即座に返答した。誰にも話したことはないが、明人は江藤さおりへの罪滅ぼしが継続中だ。
その秘密がなかったとしても 恋人を作った場合、ついこの前 半強制的に髪を短くした時のように、きっと今度はその恋人が好奇の対象となり トラブルになりかねない。
「思ったよりブス」とか、「たいしたことない」とか全く面識もない女子から平気で言われるに違いない。
”彼女か…”
絶対にありえない提案ではあったが、ほのかな
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教室ではクラスメートが持ち込んだマンガの単行本が、回し読みされていた。
及川明人はこれまで単行本を自分で買った経験が一度もなかった。物心ついた頃から夢中だったアニメも、10歳の時からの塾通いをきっかけに卒業していた。
明人にとって、大人になったら縁を切らないといけないと思っていたマンガを クラスメートが教室で堂々と読んでいる光景は ある種のカルチャーショックだった。
しかし、小学6年生以来久しぶりに何冊か読ませてもらううちに、明人の心には”別に高校生になってもこういうことして良かったんだ”っていう気づきが芽生えた。
からかいを避けるため あまり街に出歩くことができなかった明人にとって、マンガの世界は魅力的に映った。興味を示すと、クラスメートたちは惜しみなくいろんな知識を教えてくれた。
その情報をもとに、明人は下校途中にある中央橋(地名)のビデオレンタルやCD販売も併設された大型書店『TSUTAYA』へ立ち寄り、クラスメートのおすすめを含めたマンガの単行本を20冊ほどまとめ買いした。
中には、単行本の表紙の美しさだけで買ったものもあった。
生まれて初めて購入した単行本の塊は、2つの大きな紙の手提げ袋ほどとなった。
さらに、紹介されたアニメの情報誌の『月間ニュータイプ』(角川書店:現KADOKAWA)も毎号買うようになった。
当時、長崎県の民放は2局しかなく、放送されてないアニメやビデオ販売のみのアニメも多少あったが、観る機会がなくても明人はそれらの情報も分け隔てなく読んだ。
それは、かつて卒業したはずの子どもの世界であり、後に日本の主力産業の一つと言われるまで成長することになる『マンガ・アニメ』への回帰へのきっかけとなった。
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2年ほど前からCDが急速に普及し始め、短期間でレコードから入れ替わっていた。
高額なオーディオ機器である 黒い箱型のボディを積み上げて構成されるミニコンポもCDプレーヤーがオプションだった販売スタイルだったものが、逆にレコードプレーヤがそういう立場となった。
それと比べて手軽なラジカセはCDラジカセがラインナップに新たに加わり、CDの高音質に耐えれるよう大型化されゴツゴツした黒いボディが主流となっていった。
明人も父親のテクニクス(現:パナソニック)のミニコンポ用の黒いCDプレーヤーを譲ってもらい、シャープのラジカセにライン端子でつないで使うようになった。
毎月の5,000円の小遣いは3,500円前後のCDの購入に使われていった。大きなレコードと違い、CDなら下校途中に購入しても持ち運びに何ら問題はない。
浜の町アーケードにある行きつけの電気店『ダイイチ浜電気』(現:エディオン浜電気)のCDコーナーならば、発売日の前日でも陳列を待つ段ボールの中のものを勝手に引っ張り出して購入することができた。
好んで聴いたジャンルはもっぱら観てもいない映画のサウンドトラックで、来日公演の特番がテレビ放送された『ボストンポップスオーケストラ』のジョン・ウィリアムスのものが一番多かった。
CDプレーヤーにラジカセを音量調節用として介在させ、耳をすっぽりと覆う黒いオーバーイヤー型のヘッドホンを大音量で聴いていた。
もともとインドア派の明人ではあったが、これらを携えて さらに内にこもるようになり、プライベートでの付き合いは 男子ですらまったくなかった。
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【第12話補足】
・アニメ:長崎県で放送されていなかったメジャーなアニメ:『YAWARA』『機動警察パトレーバー』
当時のOVA:『機動戦士ガンダム0080』(『超時空要塞マクロス』のキャラクターデザイナーの美樹本晴彦がライバル作品でもあるさまざまなガンダムを担当しておりショックを受けた)。『ロードス島戦記』(それまでほとんど知られていないエルフのイメージを定着させた作品の一つ)
観たテレビアニメ:『らんま1/2』『ふしぎの海のナディア』
観た劇場アニメ『ファイブスター物語:』『
・マンガ:購入した単行本:『らんま1/2』『機動警察パトレイバー』『ツルモク独身寮』(小学館)。『ファイブスター物語』『マリオネットジェネレーション』(角川書店 現:KADOKAWA)。『19-NINETEEN-』(集英社)。
・らんま1/2:明人が高校に入学していたころには、街のすべての書店にはマンガ「らんま1/2」のポスターやタペストリーが壁に貼られていた。
明人はマンガを読まないので、その存在を不思議に思っていたが、2年生になってクラスメートに内容を教えてもらい、「お湯と水で性別が代わる」という意味不明の説明に困惑する。
男らんまが女になることを恥じ、「オレはオンナじゃない!」と拒否反応をしめすことに、明人も「そうそう」と共感していた。
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