第9話 9年前
9年前の冬、小学1年生だった及川明人は、同じクラスの江藤さおりに「今度の水曜日のお昼休み」と指定された通り、日陰となり暗い体育館裏で待ちながら、柵の向こうの車道を見下ろしていた。
真冬の凍えるような日差しが届かないその場所には、生徒の姿はどこにもなく エンジン音だけが響いていた。
ほどなくして、白い息の江藤さおりが小走りで近づいてくる。到着するやいなや、「はい、これ!」と、ぶっきらぼう紙袋を勢いよく明人に突き出した。
恥ずかしさからなのか、寒さからなのか、絵に描いたようにさおりの頬がピンクがかっていた。
「え、何?これ?」明人が
江藤さおりは短く「プレゼントのチョコレート!」と答えた。
明人は他人からプレゼントをもらったことがない。両親や祖父からのプレゼントはポピーの超合金と物心ついた時から決まっていた。
食べ物をプレゼントというも聞いたことがなかった。クリスマスケーキなどの食べ物はみんなで食べるもので、個別にプレゼントするものではない。
明人は驚いた。クラスメイトが校則で持ち込み禁止のお菓子を渡してきたのだ。
この菓子を受け取れば自分も共犯になってしまう。
そう思った明人は、反射的に「いらない!」と紙袋を突き返した。
江藤さおりは
何が起きたのか理解できないまま教室に戻ると、江藤さおりが机にうつ伏せになって女子たちに囲まれていた。明人の姿を認めるやいなや、女子たちは口々に明人を責め立てた。
明人は明人の言い
状況を知った初老の女性教諭が、『バレンタインデー』について説明を始めた。
当時、バレンタインデーという新興の行事は一般には知られておらず、若い女性や少女を中心に広まっている途中の段階だった。
クリスマス→正月→節分→ひな祭り→こどもの日→七夕→お盆→お祭り→クリスマス
明人は幼稚園で習っていない行事の存在をその時初めて知ったが、それでも自分に落ち度はないと考えていた。
しかし、物心ついた時からヒーローアニメにどっぷりつかっていた正義感が強い明人にとって、女子を泣かすことはあるまじき行為だ。
明人は校則と正義の間で板挟みになってしまった。
_______________
それ以来、明人と江藤さおりは小中高と同じ進路をたどったが同じクラスになることはなく、事件以来 2人が言葉を交わすことは一度もなかった。
しかし、あの時の江藤さおりが泣き崩れる姿が明人の記憶から消え去ることはなかった。そして、5年ほど経って成長するにつれて自分の取った行動に問題があったことに気づき始めた。
江藤さおりに昔の出来事で謝罪する勇気はなかったが、彼女の視野に明人が
だが、周りの女子たちにとって そもそも明人は恋愛対象外であり、明人の決意は必要なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます