第49話「そのころ、ライラックは」

 ライラックが三十階層の攻略に失敗してすぐ、〈聖女の英雄〉は解散に追い込まれた。

 ライラック以外の全パーティメンバーの離脱により、パーティとしての体をなさなくなったからだ。

 あわててライラックはどうにかして追加メンバーを募集しようとしたが、悪い噂が多すぎる〈聖女の英雄〉に入りたいと望むものは一人もおらず。



 結果として、ライラックはパーティを解散せざるを得なかった。

 


「くそがっ!」




 酒場で安いエールを飲みながら、ライラックは、拳をたたきつけた。

 端的に言えば、彼の行動は愚行であるというほかない。

 モミトを追いだしたのも、無理や横暴を働いたのも、すべてはライラックの選択とその結果である。

 ライラック以外の、誰のせいでもない。

 ただひたすらに、ライラックに非があるとしか言えなかった。だがそれを、ライラックは認めない。

 認められない。

 それを認めてしまえば、ライラックは彼がこれまで歩んできた道のりを否定せざるを得なくなるからだ。

 



「俺の、望みは……たった一つだ」



 ライラックは、そうやって一人ごちる。

 彼にとって、本当にそれしかなかったから。

 


「ルーチェ……」



 記憶の中で、笑っている一人の少女。

 彼女の笑顔は、災厄ともいえる病によって失われてしまった。

 だから、救い出すためにモミトともに冒険者になり、パーティを作った。

 モミトは戦力にならないからと、パーティメンバーを増やした。

 さらなる戦力増強のため、モミトをパーティから追放した。

 すべて何もかも、ルーチェの為だった。



 しかして、ライラックは行きづまっていた。

 味方もなく、線力の増強も当然見込めない。

 クエストの失敗続きで、収入もない。

 ランクとて、パーティを解散した今Sランクに昇格どころかBランクに降格する可能性すらあった。




「どうすればいい……」




 逆転するしか、ない。

 ライラックはそう考えた。

 それこそが、彼の思う最大のあやまちであることにライラックは気づけなかった。

 最後まで、気づくことはできなかった。



 ◇



「やあ、また会ったんだよう」



 

 その日、ライラックはギルドマスターから呼び出されていた。



「何の用だよ」




 ライラックはいらだちを隠さない。

 Sランク昇格を妨害されたことを含めて、ライラックはギルドマスターを恨んでいた。

 もっとも、30階層を突破できない以上は妨害の有無にかかわらずSランクに上がることも、30階層に進むこともできないわけだが。

 そんなことも、結局ライラックには理解できない。



「いやあ、君に匿名冒険者から通報があってねえ」

「通報だあ?」



 ライラックはギルドマスターを睨んだままだ。

 ギルドマスターは、一つだけため息を吐く。

 ことここに至っても、状況が飲み込めていないのだから。

 呆れを通り越して、いっそ哀れにすら思えてきてしまう。



「暴力を振るわれた、とか、暴言を吐かれたとかね」

「な、なんだとっ」




 ライラックは、ギルドマスターにつかみかかろうとして――ギルドマスターの側にいた冒険者二人に剣を突きつけられて動きを止める。

 二人はギルドマスターに頼まれて護衛に来ていた冒険者であり、ライラックが暴れた場合に止める役割を負っていた。

 なぜそこまでするのかと言えば――そこまでする必要があるということをライラックに対して言わなくてはならないからだ。



「ライラック」

「あん?」

「率直に言うよ。君の冒険者資格をはく奪する」

「……は?」




 一瞬、ライラックは何を言われているのかわからなかった。

 だって、そんなことはあってはいけないから。

 もしも、冒険者でなくなってしまったら。

 もう戦えない。

 稼げない。

 迷宮に潜れない。

 ルーチェを救うことが出来ない。

 そんなのは、嫌だ。

 絶対に嫌だ。



「嘘だろ、そんなはず、俺はこんなに強くて、強くなって」

「強いからこそ、だよう。強い人間ってのはどうしたってその力を御することが求められる。でないとただの災害だからだよう。モミト君とかはそのあたりよくわかってるからうまくやってくれていたけどよう。お前はどうしようもないなあ」




 脂汗を顔から流すライラックを、ギルドマスターは冷めた目で見ていた。

 


「暴言に暴力、さらにダンジョンでは仲間を見捨てて逃げようとしたことも証言でわかってる。そもそも暴行の時点でやり過ぎなんだよう。今回、三人の冒険者から一斉に通報があったことで我々も動くことにしたんだよう。モミト君と違って、彼らは穏便に済ますことを望んでなかったからねえ」




 ライラックの暴力行為は、冒険者ギルドから見てもやりすぎだった。

 今まで見逃されてきたのは、対象がモミトばかりであり、そのモミトが大ごとにするのを避けたからに他ならない。

 しかし、ガードナー達は違ったのだ。



「あ、ああ」



 ライラックの顔が絶望に染まる。

 もう、どうしようもない、すべては身から出た錆で。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 どれだけ後悔しても、もう遅い。






 

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