第2話 逃げ足

 逃げた先は、『週間談話』を作っている会社だ。


 元々、この世界……『ジュングル』には鋭利目的の組織は山のようにあったが、会社という言葉は無かった。


 ギルドやらチームやら、何となく仲間内みたいな印象のある言い方で統一されていた。


 友達同士の集まりならなんの問題も無いのだけど、私が作ろうとした組織には合わない気がした。


 金が絡み、時には裏切ることもある組織にチームはしっくりこない。


 では、前の世界の名称をそのまま頂こうと、私は「会社」を立ち上げた。


 その結果、3つも年上のスタイルのいい女性の部下が敬語を使ってくれるようになった。


「どうしたんですか!? シャチョー! 顔真っ青ですよ!?」


 心配そうに近づいてきてくれるこの人は、サラ・ベークリーさん。


 男女の気持ち悪い恋愛を嫌というほど見てきた私は、男よりも、こういう優しい女性に憧れる。


 さらに、見た目が格好いい。


 私と違って足も胴体も長いし、手入れの大変な長い髪が美しいことなんの。


 もちろん、ショートカットも別の大変さがあるけど、そういったことを忘れるほどのサラサラな長髪。


 そんな素敵な女性が、上司というだけで私みたいなチンチクリンを敬ってくれる。


 社長。

 悪くない。


 そんなサラさんの髪を見る度に、触れてみたいと思っていたが嫌われたくないので自重していた。


 でも、今はパニック状態。

 己の願望を精査することなく、そのまま出してしまう。


「あの! か、髪を、触っていいですか!?」


「え? あぁ。いいですけど……」


 いいのか……!


 全くつっかえることなく、サラサラと私の指を通り抜けていく髪。


 あぁ。幸せ。


 こんなにあっさりと叶えてくれるなら、もっと早く言えば良かった。


 でも、これは既婚者冒険者に言い寄られたという大事件があって、混乱していたからこそ出た提案。

 ということは、この幸せは不倫を持ちかけてくる頭のおかしいアレのおかげになる。


 全く。世界は変わっても神様が意地悪なのは同じらしい。


 神様といえば、あの女神は元気にやっているだろうか?


 私に「逃げ足」という武器を与えてくれた恩人……いや、恩神は。


 女神のイメージとは反して気だるそうにしていた彼女。


 その神は死んだばかりの私に対して、これから異世界に行くことになることと、何かしら特別な力を与えると言った。


 伝説の剣やら、魔法の才能やらをオススメされたが、私が頼んだのは「とにかく足を速くして下さい」という、小学生男子のような特性だった。


 女神にはアホを見るような目で見られたが、もちろんこれには理由がある。


 前の世界でもマスゴミをやっていた私は、とにかく逃げる機会が多かった。


 怒り狂った取材相手が、暴力を振るうことなど日常茶飯だったのだ。


 そういった時に最も重要になるのは、車でもバイクでもない。

 己自身の脚力だ。


 いくら高性能を持つ車を持っていても、そこに乗り込む前に捕まっては意味がない。


 学生時代に陸上部だった私は、そこには自信があった。しかし、数が圧倒的に多かったあの人達には通じなかった。

 数の多さの強さを、自らの死を持って知った。


 だから、その数さえも圧倒する逃げ足の速さが欲しかったが故の提案だ。


 実際、この能力は取材先のダンジョンでも役立っている。


 強いモンスターに見つかったら逃げればいいのだから。

 さらに、そのスピードのため、冒険者連中には私の顔は割れていない。


 そう。私にはこの逃げ足がある。

 あの冒険者からも逃げ続ければいいのだ。

 そう思うと、恐怖も薄まってきた。


「……ありがとうございます。落ち着きました」


「ふふ。それは良かったです」


 落ち着いた笑顔で応じてくれるサラさん。

 マジ女神。

 本物より女神。


 そう思った瞬間、ガチャリとドアが開く。


 きっと、恩のある女神をナメたからバチが当たったんだ。


「ミユさん! 様子がおかしかったけど大丈夫かい!?」


 そこには、どこまででも追いかけてきそうな妻子持ちの冒険者、アル・サーレスが立っていたから。

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