4滴目
「だって、おぐしがあおいから。にんげんだなんておもわなかった」
その勘違いのおかげでこうして頼られたんだから、髪を青く染めていてよかった。
女性は人間が苦手らしい。私が人間だと知ると、再び被衣を頭からかぶり、警戒の目でこちらを見た。ぬかるみに放り出してしまったものなので髪が汚れるけど、そんなことも気にならないようだ。そんなに人間が怖いのに、うっかり境界線を越えちゃうなんてツイてない。
「あちら側」と「こちら側」は同時に重なって存在している。一枚の紙のオモテとウラみたいに。だけどオモテ側を歩いていたはずの人が、不意にひっくり返ってウラ側にいることがある。境界線をまたぎ越してしまったときだ。
異世界への入り口はいたるところに現れる。川。井戸。道の辻。日常的な場所ではただの扉、非日常的な場所では神社の鳥居なんかも。
そういった場所は、普段はただの川、ただの井戸なのに、ふと気まぐれを起こして異世界へつながるのだ。でも……
「川を渡ったし鳥居もくぐったけど、私たちはまだこちら側にいるよね」
川と神社。私の知る中では二大「境界線になりがち」ポイント。その二つが違うとなると、どこを探せばいいんだろう。
女性が元の世界に戻るには、もう一度境界線を越えなければならないのに。
「せめて、今日どの道を通ったか知りたいんだけど――」
話しかけようとしたときだ。くしゅん、仔猫がくしゃみをした。雨で体が冷えたのだろう。
「私、いいもの持ってるよ」
思い出して鞄に手を差し入れる。取り出したのは使い捨てカイロ。この時期は雨が多くて肌寒いから、冬じゃないけど時々使うのだ。シャカシャカ振って、ハンカチにくるんだそれを杉の根元に差し出す。
「はい、どうぞ」
あちら側とこちら側では、見えていても触れ合うことはできない。だけど形が曖昧なモノ――風や匂いや熱は共有できることが多い。今回も仔猫の表情を見るに、上手く温かさが伝わっているようだ。奇妙なハンカチ巻きの登場に女性は慌てたけど、自分で触って温かさを確かめると、無理やりカイロを取り上げることはやめてくれた。よかった。
小雨だった雨は、だんだん激しくなってきていた。横風にあおられた雫が仔猫を濡らしている。カイロは少しの助けにしかならないだろう。
「かわいいこ、すこしだけそこでまっていてね」
女性は仔猫をそっとなでると、立ち上がった。
被衣で口元を隠して、首をかしげる――
「あおがみのおじょうさん、きてくださる? いっしょに、みちをさがしてほしいの」
信用したわけじゃないんだからね、っていうみたいに。
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