癖になる

翌日。


五十嵐は、教室ではふだんと変わらない立ち振る舞いで周囲を威圧しているが、千歳が目をやると気まずそうに顔を伏せた。休み時間にそばを通ると身を縮めた。


「やっぱりかわいそうだよ」

 

千歳はフチュに抗議したが、「かわいそうなのがアガる」と一笑に付された。


放課後は、空き教室での調教タイム。スイッチが入ると千歳はこともなげにS気を発揮し、五十嵐を攻め立てた。


「ほら、言ってごらん」


千歳は、椅子に座る五十嵐の顎を指でクイっと持ち上げて言った。


五十嵐は一瞬こそ目に気炎を走らせたが、それが過ぎ去ると怯えとも屈辱ともつかない色を映し、諦めたように「ご主人様」と呟いた。


例のゾクゾク~が背中を這いあがり、脳に突き刺さる。癖になりそう……。


はぁはぁと激しい息づかいが掃除用具入れの中から棚引いてくる。フチュが隠れているのがバレやしないかと、千歳はそれが心配だった。


五十嵐を部活に遅れさせては悪いという気づかいから、放課後の調教は十分以内を心がけている。フチュは「もっと長くしろ」と要望しているが、そこは譲れない。


部活の事情を抜きにしても、十分以上は控えたいと千歳は思っていた。この快感は毒だ。大量摂取は禁物だ。


調教開始三日目には、五十嵐はもう一切の反抗を示さなくなり、千歳の命令を健気に保留なくこなすようになっていた。


「今日も素晴らしい攻めであった。早くも首輪を達成するとは、お前の才覚は想像以上だ」


言いながらフチュが掃除用具入れの中から出てきた。


五十嵐が立ち去った空き教室には、さっきまでの熱気の余韻が漂っている。


「いつまで続けるの、こんなこと」


首輪を片手にぶら下げて仏頂面をした千歳が言った。


「お前をノンケに洗脳できるほどの腐力は、まだまだ溜まらない。今は、そうだな、ようやく四分の一といったところだ。いっそのこと、最後までやってくれれば、もしかしたら一発で腐力は十分に溜まるかもな~?」


「さすがにR18展開はナシだよ。続きはフチュが妄想する、そういう約束でしょ?」


「分かっているさ。お前らのソフトSMを鑑賞し続けて、地道に溜めていくさ」


先は長そうだと、千歳はため息をついた。


そんな非日常を体験しながらも、当然ながら日常はつつがなく続いていく。ハガコーは文化祭を今月末に控えているため、放課後も生徒が大勢残るようになっていた。五十嵐の調教を行っている空き教室も、他クラスの作業場として使われるようになってしまった。


「誠に遺憾である」

 

フチュは憤慨する。


千歳としては、ほっとする思いだった。いざ攻めモードに入ってしまうとなんやかんやでノリノリになってしまうので、こうして外的要因によって調教を阻止されるのはありがたい。これで五十嵐をイジメなくて済む……。


「空き教室使えねぇみたいだが……あ、いや、使えないみたいですが、どうしますか?」


昼休み、トイレでたまたま鉢合わせたとき、五十嵐がそう千歳に尋ねてきた。


「場所がないなら、しょうがないよね、うん。ひとまず今日はパスで」


攻めモードオフの千歳は、おどおどと答えた。


「そうですか」


五十嵐は特にこれといった反応も見せず、トイレを出て行った。


「五十嵐のやつ、完全にハマってしまったようだな」


フチュが個室から出てきて言った。


「そんな、まさか」


千歳は苦笑した。

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