かみさまのお膝元
連芽
第1話 黒髪の少女
――新学期。
皆が一様に期待を胸に抱いて校門を潜り抜けようとする中、人々は茫然とした様子で一人の少女に目を奪われていた。
腰まで届きそうな長い黒髪が、風を含んで静かに靡く。揺れた髪の先で覗くのは陶器のような白い肌に、僅かに伏せられる大きな瞳とそれを覆う長い睫毛。
儚い。きっと誰もがそう思っただろう。
「あれ、誰……?」
誰かがぽつりと呟いた。
彼女の放つ清廉な空気が、周囲の喧騒を遠くのものにする。おかげでぽつりと呟かれたその声はよく響いていたが、清廉な空気に呑まれて誰も応えることはなかった。
◇◇◇
――2学年教室。
(あぁ、きっと今年も友達なんで出来やしないのね……)
黒髪の少女は独り、そんなことを思っていた。今朝、校門で人々の視線を釘付けにしていた人物だ。
(あ、次私の番)
拍手が鳴り止まぬ内に少女は椅子を引いて立ち上がる。一斉にクラス全員の視線が向けられた。少し身構える。
「
少女――八雲はペコリとお辞儀をして椅子に座る。
当たり障りの無い、至って普通の自己紹介だった。しかし彼女を見る周りの目は違った。憧憬の眼差しを彼女に向けている。
(何故私はこんな目で見られないといけないのか……)
心の中でため息を一つ。そして後ろの席の人物の自己紹介を聞こうと振り返った。
茶髪だ。チャラそう。地毛だろうか。
(――あ、目が合)
ウインクされた。
取り敢えずニコッとしておく。思いっきり愛想笑いである。チャラい。
(友達、出来るかな……)
不安だ。
――放課後。
今日は進級初日ということもあり、早めの帰宅である。
(この後どうしようかな)
このまま家に帰るのもいいが、少し寄り道でもしてしまおうか。そんなことを思っていた時、後ろから声を掛けられた。振り向いてみれば、声を掛けてきたのは後ろの席のチャラい茶髪くんだった。
「今、少しいいかな?」
「? はい」
突然どうしたのかと首を傾げる。
「ありがとう。その、良ければだけど、連絡先交換しない? クラスのグループの方にも招待したくて」
すっごい笑顔で言われた。眩しい。
「連絡先……いいですよ」
ゴソゴソとカバンを漁る。しかし。
(あ、あれ……?)
「ご、ごめんなさい。ちょっと待ってね…」
無い。スマホが無い。
「どうかしたの?」
首を傾げて問われた。しかしどれだけ焦っても探し物は見つからない。
「す、スマホが見つからなくて……ごめんなさい…」
「あ……」
……もしかして、連絡先を交換したくないと思われているのではないか……?
八雲は焦るように口を開く。
「家に置いてきてしまったのかも……明日! 明日でもいいかしら……?」
八雲は必死で "連絡先を交換したくないはわけではない" のだと示す。しかし視線の先の彼は少し気まずそうな表情を見せる。
「わかった、大丈夫だよ。ごめんね、急に。」
「いえ、私の方こそ、ごめんなさい」
(あぁ…失敗した……どうして私は今日、スマホを忘れてしまったの……)
「引き留めちゃったよね? じゃあ、また明日」
「ぁ…ぅ、うん。また、明日……」
八雲はひらりと手を振って去っていく背中を見つめた。
(――コノハのとこ行こ……)
◇◇◇
『――無言で此処にやって来たと思ったら……だからそんなにため息を吐いているのか』
「はぁぁぁぁ………」
八雲は肺の空気を全て吐き出す勢いで深い深いため息を吐いた。
『それでは幸せどころか魂まで逃げてしまいそうだな…』
「…慰めてよ……」
八雲の光一つ宿さないその瞳に、コノハは若干引き気味だ。
「カミサマなんだから少しくらい慰める素振りでもしてみなさいよ」
八雲は口を尖らせてコノハを睨み付ける。完全な八つ当たりだ。
『随分上から目線な物言いだな…。というか吾は神ではない』
「精霊達が居るおかげで姿を保っていられるーとかなんとか言ってたじゃん。 要は信仰心がどうのってやつでしょ? そんなんもう神でしょ」
それ以外に何があるの、と八雲はコノハをじと…っとした目で見る。
事実、コノハは精霊達のおかげで今の姿を保てている。しかしコノハは自分を神ではないと言う。
信仰されているとはいうが、それは精霊からのものであり、人間にされているわけではない。その為、人のいう "神" ではないというのだ。八雲はどっちも同じだろうと言うが、コノハはそれを受け入れない。
「なんで今日スマホを忘れたのよぉぉ……」
項垂れる八雲に、コノハは呆れながらも頭を撫でてやる。
温度を持たない筈のその手に、八雲は確かに温かさを感じた。
コノハは車の行き交う町中にぽつんと残された林の中に住んでいる。
そこに人は滅多に寄り付かず、時々車が通り過ぎる程度。通りかかる人々も、寂れた建物に囲まれた林などには目もくれない。昔からそこにあるそれは、今では何の違和感もなく人々の暮らしに溶け込んでいる。
そんな錆び付いた黒いフェンスで覆われた林の中へと、躊躇いもなく門を潜る少女が一人。八雲である。
本来は閉ざされている筈の門は、手入れされず錆びまみれの錠のおかげで簡単に開けられる。しかしそれが問題になることはないだろう。何せこの林には何も目新しいものはなく、程よく生えた木々の隙間から温かな木漏れ日が降り注いでいる。木々が空高く伸び、光を遮ることなく風に葉を揺らすだけ。
悪いことをしようものなら木々の隙間から姿が覗き、易々とバレてしまうだろう。
錆びまみれのフェンスなど、在って無いようなものだ。
それならば何故八雲がここを訪れるのか。簡単なことである。
「友達が欲しい。切実に。」
悲しきかな。友達がいない八雲には、ここに来る以外にすることがないからだ。
八雲は基本、課題があるときは家にいることが多く、それ以外は話し相手のいるこの林にいることが多い。
『吾らが居るのだからもう良いのではないか?』
コノハは呆れた様子で問いかける。そこに八雲に友達が出来る可能性は持ち得ていない。
実際、ここ何年も同じ様な会話を繰り返している。
「そういうことじゃないのぉ!!」
八雲は泣き喚くように言う。
コノハの言葉自体に嬉しさは湧くが、違う、そうじゃないのだと自身の黒髪を顔の前へと手繰り寄せる。
『話し相手くらいならば幾らでもしてやるが』
コノハが気を遣って言ってみれば、返ってきたのはその優しさを投げ捨てるような言葉だった。
「私は…ッ! 人間の友達が欲しいのッ!!」
そうはいってもな…とコノハは呆れたように空を見上げ、言葉と共に溜め息を零した。
そう、コノハは人間ではない。ついでに今、八雲の周りでカラコロと笑っている手のひらサイズのものも人間ではない。木霊と呼ばれる精霊だ。
――つまり普通の人間には視えない。
コノハと人前で会話をしようものなら、即変な子認定されるだろう。そんなの堪えられない。ならば人間の友達を作ろうと考えた八雲は、しかし友達の作り方などわからない。
「皆どうやって友達作ってるのよ……」
ちなみに八雲のスマホの検索履歴には "友達 作り方" や "コミュ障 なおし方" といったものが多数ある。しかしその検索結果が日の目をみたことはなく、今も尚、八雲は友達が出来ていない。
なぜ、なぜなんだ……と八雲が項垂れているのを見ることもしばしば。
『あー……、念のため聞くが、虐められているとか…そういうことはないのだろうな?』
コノハが気遣うように問い掛ける。しかし八雲はわなわなと震えだし……、そして。
「全っ然そんなことありませんけど!? なんなら羨望の眼差し向けられてますけど!!? 話し掛けたら勇者みたいな雰囲気作られてますけど!!? 私を祭り上げるなぁぁあ!!!」
相当何かが溜まっているようだ、とコノハは一歩後ろへ後ずさった。近付きたくない。
八雲はそんなコノハの様子に気付かず、はぁはぁと肩を上下させている。そして意を決したように立ち上がった。
「もういい! 友達なんていなくても生きていけるんだから!!」
八雲はドスドスと音が出ていてもおかしくないような出で立ちで歩き出す。途中で自分の鞄をかっさらい、じゃあね! と林を抜けて帰っていく。
コノハはそれを見つめながら、何日経ったらまた愚痴を零してくるのか、と予想を立て出した。
――数日後。
「友達がいない人に対して "ペアを作って" は、人を殺せるわよ」
現に私の心が死んだ、と八雲は言う。そんな姿を見てコノハは考える。
『今回は長かったか……』
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