16. 平和と公正をすべての人に

「な、何を言ってるんだ姉さん! 浮浪児なんて、ぼくは知らないよ」

 リーダが思わず声を荒げた。


「まったくです。ようやく意味の分かる発言をしたと思えば、言うに事欠いて、ありもしない罪を生徒会に押し付けようとは!」

 コバルトがさらに畳みかける。

 それをきっかけに、会場がざわつき始めた。


「みなさん落ち着いてください! この件に関しても、わたしが引き続き尋問しますから、どうか静粛に!」

 マリエが必死になだめる。

 しばらくして、会場が落ち着いてきたところで議論が再開された。


「それで浮浪児問題の原因とは何ですか」

「その前にマリエ、あなたはいわゆる専門馬鹿というやつね」

「せ……それはちょっと酷くないですか?」


「けなしてる訳じゃないのよ。前世のわたしは世界中のセミナーに参加した。そこでたくさんの学者と交流を持ったわ。学者というのは一流になればなるほど、自分の専門分野のこと以外に興味がなくなるものなの。常識を知らない変人が多くなるわけね」


「確かにうちの大学には、変な教授がいっぱいいました」

「マリエの場合、機械工学のほかには幻想文学ぐらいしか興味がないんじゃない? 歴史や社会にかんする知識が圧倒的に不足してる気がするわ」


 理系女子の彼女が幻想文学好きというのは、意外なようで実はそうでもない。

 面白いことに、自然科学系の学者はオカルトやファンタジーに傾倒する人が多いのだ。


「それはまあ、昔から社会の勉強は苦手でしたけど」

「歴史を知っていれば、浮浪児問題と聞いて19世紀のロンドンを連想しない人はいないわ。当時のイギリスでは、それくらい深刻な社会問題だったのよ」

「19世紀のロンドンなんて、シャーロック・ホームズか切り裂きジャックぐらいしか思い浮かばないです」


「そのシャーロック・ホームズにも浮浪児が出てくるじゃない。ホームズは浮浪児たちをベイカー・ストリート・イレギュラーズと名付けて、情報収集役として雇っていたのよ」

「はえ~、知らなかったです」

「19世紀のイギリスといえば産業革命の爛熟期よ。そこでこんな問題が起きているのだから、蒸気機関が原因だというのは明らかでしょ」

「何でそうなるんですか」


「それまで手作業で商品を作っていた職人が大量失業するからよ。職を失った者は都市部に流入するしかなくなる。急激な都市人口の増加によって仕事の奪い合いが起き、賃金が下がり続けるスパイラル状態におちいる。結果、子供を育てきれなくなる親が続出するというというわけね」


「で、でも浮浪児の増加はわたしが来る前から起きているんですよ。19世紀の浮浪児問題が蒸気機関のせいだとしても、この国ではそれ以外の原因があるはずです」

「ウォルマート効果で説明がつくわ」

「はあ? ウォルマートってアメリカのスーパーですよね。何の関係があるんですか」


 マリエはすっかり混乱した様子だ。

 無理もない。19世紀の話をしていたと思ったら、いきなり21世紀の巨大企業の名前が出てきたのだ。


「ウォルマート効果というのは、大型のスーパーが出店することで地元の商店街が壊滅してしまう現象のことよ。なぜそうなるかというと、巨大な資本を持つものは、業者から一括購入することでコストを大幅に下げることができるからなの。資本力のない中小企業はどうしてもかなわないわ」


「ここまでチンプンカンプンな話が続くと、逆に笑えてきますね」

 コバルトが茶々を入れてきたが、無視して進める。


「このウォルマート効果に似た現象がセシウム王国でも起きているの。自由主義経済の導入以来、わが国では企業の統廃合がすすみ、現在ではあらゆる産業が三つの巨大資本に牛耳られている状態よ。そのせいで中小企業がほとんど残ってないの」


「そういえば、ちょっと前から日本でもシャッター商店街が増えているという話があります。それと同じことが起きていると?」

「そうね。日本は先進国だから、失業保険や生活保護といったセーフティーネットがあるでしょ? それがない状態を想像してみて」

「そう言われてもまだ信じられません。本当に自由主義経済だけで、ここまでの状態になるんですか?」


「いい質問ね。もちろん産業革命というブーストがないのに、こんな事がおきるとは考えにくいわ。そこで登場するのが、この国で絶大な権力を持つ三つの貴族家なの。さきほど言った三つの巨大資本が、なぜこの国の産業を独占できたかというと、それぞれが有力貴族の庇護を受けていたからよ」


「つまり、自由主義経済と貴族制度の悪魔合体によって、この国に浮浪児があふれる事態になった、というわけですか」

「もう分かったでしょ、わたしが生徒会役員も無関係じゃないと言った意味を」

「えっ、それってつまり……」


 マリエは愕然とした表情で左右に控える役員たちを見た。

 わたしは踊り場に向かって手を振り上げると、


「国内シェア第三位のカドミュウム商会は、そこにいるアルデヒド兄妹の御父上ベンズ・アルデヒド伯爵の庇護を受けているのよ。第二位のバナジュウム産業は、シアン殿下の婚約者メチルの御父上クロム・マンガン侯爵の庇護を受けている」

 彼らの名前を順番に指さしながら言った。


「そして国内最大の勢力を誇るダイオキシン・グループは、恥ずかしながら我が父プロパ・ビリティス公爵の庇護を受けているわ」

 わたしが逃亡期間中も王都周辺を離れなかった理由は、この事実を調査するためだった。


「一部の企業が貴族に優遇されるなんて、自由競争でも何でもないじゃないですか」

「その通りよ」

「何か対抗策はないんですか? たとえば中小企業が団結して、共同で一括購入するとか」

「ギルド制度は廃止されてるわ。中小企業が団結したら、それは協同組合ギルドとみなされて潰されるでしょうね」

「あっ……」


 マリエはようやく悟ったようだ。この国はもう詰んでいると。

 彼女はガックリ肩を落とすと、声を振り絞るように言った。


「以上でわたしの尋問を終わります」

「ふむ、ようやく終わりましたか。ほとんど何を言ってるのか理解できませんでしたが、ぼくたちが浮浪児問題の原因だというザレゴトは証明されたんですか?」

 コバルトの問いかけにも、マリエは無反応だった。


「どうしたんです? 気分でも悪いんですか」

 しばらく無言だった彼女は、やがて意を決したように口を開いた。


「……もう大丈夫です。サスティナさまの浮浪児にかんしての議論は終始デタラメでした。じつはこの尋問を始める前までは、国外追放に投票するつもりでしたが、今は考えを改めました。わたしは死刑に一票を投じます」

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