15. 陸の豊かさも守ろう
「ありがとうマリエ嬢。よく決断してくれましたね」
コバルトは満面の笑みを浮かべ、両手でマリエの手を握った。
「ぼくはいま、生まれて初めてといっていい感動に打ち震えてるんですよ。なにしろ王国始まって以来といっても過言ではない美の化身と、婚約を結べる栄誉にあずかったわけですから」
マリエの顔が見る見るうちに赤くなっていった。彼女は美人といわれるのが一番苦手なのだ。
「殿下、お取り込み中のところを失礼します」
マリエが爆発しないうちに、わたしは手をあげて話の腰を折った。
「わたしの処遇はもう決まっているのでしょう? どうなっているのか教えてもらえませんか。宙ぶらりんの気持ちのまま、お二人のいちゃつきを見せられるのは大変な苦痛です」
「そ、そうでした。マリエ嬢が婚約を受けてくれた喜びに、我を忘れてしまったようです」
コバルトはあわてて手を離した。
いい雰囲気になっていたところに第三者が入って来てパッと離れる、コメディ映画でよく見るあの感じである。
「サスティナ・ビリティスの処遇については、われわれ生徒会に一任されています。国法にのっとれば、その罪に値するのは死刑か国外追放のどちらかとなるのですが、ちょうど三対三で意見が割れてしまいました。その場合は会長権限でぼくが二票持つことになるのですが……」
コバルトはここで言葉を切り、悪魔的な微笑みを見せた。
「いいことを思いつきました。今からマリエ嬢を臨時の生徒会役員に任命します。サスティナを死刑にするか国外追放にするか、彼女にも投票に参加していただきましょう」
そういわれて、マリエの顔が一瞬引きつったように見えた。だが、すぐに気を取りなおすと、厳しい表情でコバルトを見た。
「分かりました、わたしも投票に参加したいと思います。ただ、生徒会役員の皆さんに比べると、わたしの持っている情報は非常に少ないです。そこで提案なのですが、これからサスティナさまに尋問をさせてください。その結果で判断したいのです。許可を頂けませんか?」
「いいでしょう、尋問を許可します」
「ありがとうございます……さて、サスティナさま」
あらためてマリエがこちらに向き直った。
「あなたが蒸気機関に反対する理由は想像がつきます。どうせ温暖化を心配してるのしょう?」
「まあ、そうでしょうね。最初に抱いた嫌悪感は、おそらく温暖化の懸念から発していたんだろうと思うわ」
「心配しなくても、その問題が表面化するのは250年たってからです。いえ、いずれそうなる事が分かった上で始めるなら、もっと進行を遅らせることも可能だと思うのです」
「マリエがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね」
「あと温室効果ガス原因説には懐疑論があります。CO²よりも太陽の活動のほうが影響が大きいとする説を聞いたことがあります。その証拠に縄文時代は……えーと石器時代は現在よりはるかに気温が高かったことが知られています」
「異論があることは知ってるわよ。ただ温室効果ガス説も太陽活動説も、完全に証明されたわけではないわ。証明されていない二つの理論のうち、一方に固執して他方を無視するのは愚かな行為よ。ギャンブルといっても過言ではないわ」
「…………」
「本当に賢い人間は、両方に対して保険を掛けておくものじゃないかしら。太陽活動への対処は難しいけど、温室効果ガスについてはちゃんと対策が立てられているんだから、あとは実行するだけじゃない」
ここで言葉を切ってコバルトたちの様子をうかがった。みんなポカンとした顔でこちらを見ている。
「ちょっといいですか」
コバルトが議論に割って入ってきた。
「二人とも何を言ってるのかサッパリわかりません。いったい何の話をしてるのですか?」
「あちらの世界で問題になっている現象についての議論です。わたしの投票に必要な情報なので黙って聞いてもらえますか?」
マリエがピシャリと言い放った。
「し、しかし二人は対等に議論してるように見えます。どうしてサスティナが異世界の現象をそこまで知ってるんですか」
「わたしが昔から流され
わたしも負けずにピシャリと言い放った。二人にそう言われると、コバルトは黙り込むしかなかった。
ふたたびマリエがわたしのほうに向きなおった。
「言いたいことは分かりました。ただ、いずれにしても温暖化の議論は、この世界においては必要性の薄いものだと思います。あくまでも未来における可能性ですから」
「それは否定しないわ。さきほど温暖化の懸念から嫌悪感を感じたといったのは、いうなれば無意識の領域から湧いてきた感情に、あとから理屈をつけただけよ。転落事故のあとでは、もちろん考えは変化しているわ」
「つまり、今は蒸気機関を否定してないという事ですか?」
「そういうわけじゃないの。反対の立場はまったく変わってないわ」
「どういうことか説明してもらえますか」
「マリエは蒸気機関の設計にあたって、石炭燃料による公害の可能性は考慮したの?」
「えっ、公害?」
マリエはハッとした表情になった。意表を突かれたという感じだ。
「やっぱり考えてなかったのね。わたしが逃亡期間中に何をしていたか、教えてあげるわ。あなたが設計した排水ポンプの設置された炭坑で起きた、公害問題の調査よ」
「わたしが設計した……それは本当の事ですか?」
マリエの顔は見る見るうちに蒼ざめていった。
「残念ながら事実よ。石炭の噴煙が原因と思われる肺病患者の増加を確認したわ。おまけに炭坑廃水を川に垂れ流したせいで、ふもとの村では関節痛の患者が続出してるのよ」
「…………」
マリエはすっかり意気消沈して、うなだれててしまった。
「もう一つ聞いてほしいことがあるの。逃亡中にやっていた調査は公害問題だけじゃないのよ。あなたが蒸気機関を思いつくきっかけとなった、王都の浮浪児問題の原因についても調べたわ」
わたしは、ぼんやりとこちらを見ている生徒会の役員たちを、順番に見据えながら言った。
「驚くべきことに、そこにいる役員の方たちも浮浪児の増加に無関係ではないことが判明したのよ」
さあ、ここからは逆にわたしが奴らを断罪する番だ。
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