ボッチの魔王と黒き魔王のルームシェア
前書き
完璧な秩序と合理性を求める茅野舞桜。常識にとらわれない天才的な発想を持つ黒木万桜。そして、生命力に溢れ、天真爛漫な実践家である福元莉那。
2人の「マオ」と1人の「サブリナ」は、それぞれの哲学をぶつけ合い、時に理解に苦しみながらも、互いの知性を高め合う「叡智の共同体」を築き始めていた。特に、万桜の突飛な発想と、それが持つ「兵器転用」の危うさに直面した舞桜は、理性と本能の狭間で葛藤し、その感情の波を乗り越えるために莉那という「特効薬」を必要とする。
これは、そんな三人の奇妙な日常を舞台に、知的な探求が、やがて来るべき未来を予見し、現実を動かす力へと変わっていく物語である。梅雨の甲斐の国大学で繰り広げられる、彼らの「叡智の共有」は、後に世界を震撼させるであろう「リモート講義」という革新的なシステムの萌芽だった。
そして、その才能を見抜いた大学の学長と、彼らを見守る地域の有力者、白井泰造。彼ら大人の介入は、彼らの研究プロジェクトを、単なる学生の思いつきではなく、社会を変える壮大な計画へと変貌させていく。この物語は、3人の若者と、彼らを支える大人たちが織りなす、知と実践と、そして未来への希望の物語である。
★★★★★★
2025年初夏。
「あたしがちゃんと裁いてやったから、もう大丈夫だよ、オーナー」
ようやく落ち着きを取り戻した
「ありがとう、サブリナ……やっぱり、あなたを呼んで正解だったわ」
サブリナは、満足そうに頷くと、再び地面の
「さて、魔王。そろそろ、観念してあたしのオーナーと真面目に話し合う気になった? オーナーは
((嫁気取り?))
「……おい、サブリナ。おまえ、まさか、オレとボッチの『研究発表会』を邪魔するつもりじゃねぇだろうな?」
彼は、まだ懲りていないようだった。その言葉に、サブリナの眉間に再び深い皺が刻まれる。
「研究発表会? うちのオーナーを泣かせておいて、よくそんなこと言えるね? そもそも、そんな危ないことばかり考えてるから、ビアンカに選ばれないんだよ!」
「はぁ? ビアンカは俺を選んだろ! 今さっき!」
(選んでないわよ、どこにいるのよビアンカ?)
「あれは魔王、おまえが選んだだけだ! ビアンカの気持ちはどこにもない! いいか、ビアンカが本当に選ぶのは、
(え、サブリナ、今デボラって言ったか? いつの間にデボラ枠になったんだおまえ?)
「え、デボラって、あのネタ枠の?」
「誰がネタ枠だ! おまえが
再び
「待って、サブリナ! もういいから! 彼の話は、私ももう少し聞きたいと思ってるの」
「……まったく、オーナーは優しいんだから。
「ったく、おまえの暴力は
彼がそうぼやくと、
「うるさい! 魔王が暴走するからあたしが止めてんだろ! いいから、話すならちゃんと話せ!」
三人は、再び縁側に座り直した。
「で、ボッチ。さっきの話の続きだが、あの
「俺が目指してるのは、半導体でしか動かないような複雑な回路を極力減らし、もっとシンプルで、かつ頑丈なシステムを構築することなんだ。例えば、カメラは画像データを
「それは…確かに、理論上は可能ね。カメラからの情報を受信し、
「そう、そこだ! 例えば、
三人の奇妙な議論が続く中、不意に玄関の方から呼び鈴の音が響いた。チーン、というのんびりとした音は、まるでこの和やかな(しかし内情はカオスな)縁側の風景に溶け込むかのようだ。
「ん? 誰だろう?」
玄関を開けると、そこには見慣れない宅配業者が立っていた。大きな段ボール箱を二つ、台車に乗せて。
「
宅配業者は、伝票を確認しながら言った。その言葉に、
「
「ええ、私よ。ここに送るように手配したの。それから、その隣にある小さな荷物も、私のものよ」
宅配業者の台車には、大きな段ボール箱の他に、もう一つ、細長い箱が乗っていた。
「え? ちょ、ちょっと待てよ、ボッチ。なんでウチに荷物が届くんだ? しかもそんなデカいの」
そんな
「へぇ、オーナー。なんか企んでるね?」
サブリナの言葉に、
「ええ。あなたたちには、事後報告になるけれど」
「これ……もしかして、あの
「ええ。あたしが会社で提唱し、設計まで進めていたシステムの一部よ。実際に動くかどうかは、ここでの検証が必要だけれど」
「マジかよ、ボッチ! すげぇな! じゃあ、こっちのでっかい箱は?」
「そちらは……私たちが当面、ここで生活するための最低限の荷物よ」
「は? 生活するための荷物って……まさか、ウチに住むってことか?」
「ええ。この家の離れを、あなたの妹さんの
「へぇ、オーナー、やるじゃん! あたし、もう先に荷物送っちゃったから、ちょうど良かった!」
サブリナが、手を叩いて喜んだ。彼女は、
「え? サブリナまで? おいおい、ちょっと待ってくれよ! なんでだよ!」
「だって、オーナー一人じゃ不安だもん。それに、変なことしたら社会的に死ぬぞ? いいか、地方舐めんなよ?
サブリナは、悪びれる様子もなく言い放った。彼女の目には、
「
「ぬ、ぬっかたぁ~!」
「それに、私もこのシステムには興味があるの。あなたたちの研究に、私も協力させてほしいわ」
こうして、
「……マジかよ、俺の自由が……」
★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
西暦2018年、梅雨入りしたばかりの
学内にある、比較的広々とした休憩所の一角。窓の外の雨音を遠くに聞きながら、
「複雑系における動的平衡の維持、特に非線形な要素が多数存在する大規模システムでの安定性確保が今日の議題だったわ。フィードバックループの設計がいかに重要か、その理論的背景と実例が示された」
彼女の言葉は理路整然としており、その論理的な思考は、まるで精密な機械が正確に稼働するかのようだった。
「俺の『行動経済学』は、人間の非合理性と、それが市場に与える影響って話だったな。例えば、プロスペクト理論ってのがあってさ、人間って得するより、損する方を過大評価するんだと。だから、ギャンブルだと、勝つ確率が低いのに突っ込んじまう、みたいな」
彼の説明は、専門用語を織り交ぜつつも、どこか軽妙で、人間の本質を突くような洞察力に満ちていた。彼の話には、常に「世の中をひっくり返す」という思想の萌芽が見え隠れする。
二人の説明が一段落したところで、これまで黙って耳を傾けていた
「あたしはね、今日、農業ゼミの農作業を手伝ってたら、ちょうど新しい土壌改良の研究の話が聞こえてきて! 微生物の力を最大限に引き出して、痩せた土地でも豊かな作物を育てる技術なんだって。あと、遺伝子組換えじゃない、自然界の生物が持つ特定の能力を利用して、害虫を寄せ付けない作物を育てる研究も進んでるんだって!」
三者三様の講義内容が、互いの脳内で交錯し、新たな発想の種を蒔いていく。異なる分野の知識が、互いに影響し合い、思わぬ結合を生み出す。それはまさに、彼ら三人だからこそできる「
「…ねえ、
「…あれは…その…」
彼女は言葉を濁し、視線を逸らした。あの国民的RPGを、夜な夜な、システムの解析と効率的な攻略法の検証に没頭し、その奥深さと、製作者の緻密な計算に感銘を受けていたのだ。だが、そのことを素直に認めるのは、彼女の哲学が許さない。同時に、
「
「…ビアンカをとるべき? え、でもデボラは? フローラは?」
(もう魔王退治しないで、ここで暮らせれば…)
問題の先送り――日本人の得意技さえ持ち出すほどに悩んでいる。
「「ビアンカ選ばねえとか
その時、休憩所の入り口から、一人の男性がゆっくりと歩み寄ってきた。彼の顔には、落ち着いた大人の魅力と、どこか少年のような茶目っ気が混じり合っている。時に見せる鋭い眼差しには、長年の経験と深い洞察が宿る。清潔感があり、シンプルながらも質の良い服装を好む彼こそが、大学の学長、
三人は、その存在に気づくと、一瞬にして会話を止め、背筋を伸ばした。特に
「誰、この先生?」
「さあ。優先順位の低い講義の担当教授までは把握してないわ」
「学長だよバカ共ッ!」
「いや、少しばかり散歩をね。君たちの活発な議論が、ここから聞こえてきたものだから、つい足を止めてしまったよ」
彼の言葉には、独特のユーモアと含蓄が込められている。彼は三人の顔を一人ずつ見渡し、その目に深い洞察の光を宿らせていた。特に、
「特に、君たち三人の組み合わせは面白い。
「
学長から「客寄せ」という言葉が出た瞬間、
そんな
「心配いらないよ、
彼の言葉は、まるで彼女の心の内を見透かすようだった。
「
その瞬間、
「さーせんッ!」
「
「学長、申し訳ありませんでした!」
そして、
「
「わかればいいんだ。おまえは素直だからな。だが、気をつけろ。おまえが頑張っているのはよくわかるが、時と場所を弁えろ。な?」
「さて、君たちに一つ、提案がある」
「君たちのその『
その言葉は、彼らの研究プロジェクトに対する、大学からの支援の意思表示にも聞こえた。特に、彼の教育哲学が「問題児を出さない」ことであるため、既存のルールに縛られず、学生の個性を伸ばすことで、彼らが問題を起こす必要がない環境を作ることを目指しているからこその提案だった。
「あ、すみません。その前によろしいでしょうか?」
「
この場の
「
「あー視察って授業参観って、俺たち19だぜ今年?」
「それにしても、
しかし、
「キャンパスで、嫁探せって言ったの
「ボッチのこと言ってる? ちげえよ。ボッチとサブリナで分担して全
「ボッチって名前はないんじゃない?」
「そりゃ、独りぼっちだったらだろ? 俺とボッチとサブリナ。さんにんぼっち。…3はアボリジニにとって『いっぱい』。いっぱいボッチって意味だよ」
(なにこの子、お、
「それでは…学長、具体的な提案ですが、講義の記録を許可して」
「
穏やかに言葉を被せた。
「
そう世界中を騒がせた『コロナ禍』。その対応のひとつ
「
学長は
「ただの
問いかけにそう答えた。
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