第18話
「美咲、あんた最近また部屋にこもってるけど、何か始めたの?」
夕飯後、私が台所で食器を洗っていると、母がそんなふうに声をかけてきた。
「え? あー、うん。ちょっと、フリマアプリで新しいジャンルに挑戦中って感じかな」
少しだけごまかしながら答えると、母は「ふぅん」と言って特に追及はしてこなかったけど、やっぱり気になってるみたい。
そりゃそうか。急に部屋に鍵つけて、買い物ばっかり行って、帰ってくると大量の飴とか瓶とかを運んでるし、ラッピング用品も増えてるし。完全に怪しい。
(そろそろ、家族にも変に思われないように生活面も気をつけなきゃなぁ……)
異世界のお店は順調に成長してる。リップやハンドクリームは思った以上に人気で、飴も定番商品として定着しつつある。少しずつリピーターも増えてきて、次の商品展開を考える段階になっていた。
ちょうど週末だし、母の買い物に付き合うついでに、私も仕入れ品の下見に行くことにした。
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ホームセンターでは、ちょうどセール品になっていた小瓶セットを発見。これにキャンディやハーブ、カラフルな砂糖菓子を詰めて売ったら、見た目にも楽しいし、お土産需要もあるかも。
100均では、ミニサイズのオーガンジー袋や紙箱、英字プリントの包装紙などをまとめ買い。地球の100円商品、異世界だと高級品のような扱いになることが多いし、ちょっと工夫すればおしゃれな「贈答品」として売れる。
午後は、前から気になっていた輸入食材店へ。
瓶入りのパステルカラーのクッキー、ドライフルーツ入りの紅茶、レモングラスの香りがするハーブソルト、そして……綺麗な色のバスソルト!
(これは……美容アイテム枠で攻められるかも!)
食用以外の商品にも挑戦したいと思っていたところだったので、いくつかテスト用に買ってみることにした。
異世界の人たちがバスソルトをどう受け取るか分からないけど、「香り」や「癒し」ってコンセプトなら、十分受け入れられる余地はある。
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「美咲、そういえばさ、この間ちょっと向かいのアパートの奥さんと立ち話したのよ」
夕飯後、私が台所で食器を洗っていると、母が何気ない調子で言った。
「へえ、そうなんだ。なんかあったの?」
「ううん、たいしたことじゃないんだけどね。そこのお宅、小学生の男の子がいるんだって。“最近ちょっと元気なさそうで……”ってお母さんが気にしてたの」
「へえ……そうなんだ」
私の記憶には、その子の顔はあまり浮かんでこない。
でも──なぜだろう。名前も聞いてないのに、胸の奥が少しざわめいた。
(……なんだろう、この感覚)
母はそれ以上その話を深掘りせず、洗い物の横で、ぽんぽんとタオルをたたみはじめた。
いつも通りの日常。
でも、心のどこかで、何かが静かに引っかかったままだった。
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その夜、自室に戻ってさっそく仕入れた商品を異世界店舗のストックに並べていく。
可愛い瓶に小分けにしたり、試供品としてセットにしたりしていると、ふわっと空中に表示が浮かんだ。
〈在庫補充を感知しました。店舗調整中……〉
おぉ、なんか近未来感あるなぁ……。最近、この店舗のシステムがちょっとずつ進化してる気がする。
便利にはなったけど、その分ちゃんと考えて商品を揃えないと、店がごちゃついちゃいそうだな。
(このバスソルト、手浴とか足湯とかに使えないかな……。あっちの人たちにも合う使い方、考えておこう)
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布団に入る頃には、頭の中が新商品でいっぱい。
イグラムくんたち、気に入ってくれるかな。
特に、あのラムネを喜んでくれたときの表情、ちょっと忘れられない。
あの炭酸の弾ける感じ、異世界では新鮮すぎたらしくて、大はしゃぎだったし。
(あの子たちがまた来てくれるように、工夫しないとね)
店舗経営って、やっぱり楽しい。特に、異世界の人たちが本気で喜んでくれると、こっちまで嬉しくなる。
店舗の入り口に鍵をかけてから、奥の作業机で、今日の売り上げを記録する。
今日の目玉は、フルーツゼリーの詰め合わせと、見た目が楽しいマーブルキャンディ。
両方とも異世界ではまだ珍しい、色合いや食感が好評だった。
(うーん、やっぱり見た目って大事だよね)
子どもたちが目をきらきらさせながら選ぶ姿は、見ているこっちまで幸せになる。
イグラムくんが「これが人気の“ふるーつぜりー”か」って興味津々で試してたのも微笑ましかった。
ミーニャちゃんはマーブルキャンディを気に入ったようで、「きょうはピンクのがいちばんおいしかった!」と教えてくれた。
可愛い。まじ天使。
(次は…ゼリーをもっと固めにしてみてもいいかも。あと、夏に向けて冷やす系も充実させたいな)
手帳にメモを残して、ふぅ、と息をつく。
発注機能のおかげで、材料や雑貨を簡単に仕入れられるようになったとはいえ、品揃えの工夫は頭を使う。
(そういえばアランくんとデュランくんのお母さん、また来てくれたな)
今日はミルク味のハンドクリームをまとめ買いしていってくれた。
領主様の屋敷で働いている関係で、何かと忙しいのだろう。
それでも顔を見せてくれるのが嬉しい。
(みんなそれぞれ、日々の中でがんばってるんだよね)
そのとき、ふと、夕方に母から聞いた話が胸をよぎる。
(向かいのアパートの子…どうしてだろう、やっぱり気になるな)
それはただの偶然かもしれないし、思い込みかもしれない。
でも、今までに経験したことのない直感が、小さく灯って消えない。
そのまま私は手帳を閉じて、椅子に座ったまま、じっと異世界の店舗の扉を見つめた。
今、私の毎日は地続きで、ふたつの世界とつながっている。
どちらの世界にも、誰かの日常があって、誰かの“困りごと”がある。
だったら──もしできることがあるなら、手を伸ばしたい。
そんなふうに思えたのは、きっとこの数週間で少しずつ変わってきた自分のおかげだ。
「よし…そろそろ、新商品も考えようかな。そろそろ、美容系だけじゃなくて、生活雑貨とか?」
独り言をこぼしながら、私は静かに立ち上がった。
どちらの世界にも、やさしい風が吹きますように。
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