第10話


「なるほど……手の荒れに即効性があるのは、香り付きのものですか?」


「はい。香りで気分が和らぐタイプと、成分が肌にじんわり効くタイプがあるので、選んでいただけます」


私は今、領主様の執務室らしき場所で、ハンドクリームの成分や使い方を執事さん(仮)を交えて真剣に説明していた。


まさか人生でこんなに“ハンドクリームの話”を真面目に語る日が来るなんて。


「……ふむ、贈答用にも使えそうだ。これがすべて、そなたの世界の“量産品”とは……」


うんうん、と頷いてくれる領主様の横で、執事(仮)の男性がこくこくとメモを取っている。

すごくビジネス感がある。なのに、商品が飴とリップとハンドクリームっていうミスマッチ感。


「では、美咲殿。ぜひとも我が領主家との専属契約をお願いしたい」


「せ、専属ですか……!?」


いきなり大手契約きた!!


「もちろん、領民への販売は引き続きご自由に。ただ、貴族間での贈答や式典用には、そなたの商品を優先的に使わせていただきたくてな」


「な、なるほど……! 光栄です!」


やばい、なんか本格的に商人っぽい展開になってきたぞ……!


でも内心、めちゃくちゃ嬉しい。

だって、ラノベやゲームでよくある「異世界で日本の品を偉い人に売る商人」になれてるってことだよね?

わたし、異世界で生きていける才能あったのかもしれない。


 


***


「それと、もうひとつお願いがあるのですが」


「はい?」


「娘のミーニャが、あなたの“お店ごっこ”をたいそう気に入りましてな。もし可能であれば……今度、お店の裏側や準備の様子などを見せてやってはもらえませんか?」


あ、かわいいなそれ!


「もちろんです! むしろ喜んで!一緒に飴を瓶に詰めるの、楽しいと思いますし!」


「そうか、それはありがたい。あの子は、両親を早くに亡くしてから、なかなか外で笑顔を見せることがなかったのだが……そなたのおかげで、久々に心から笑っていたよ」


あ……なんか、胸がじんとした。


あの時、ラムネをきらきらした目で飲んでいたミーニャの顔が浮かんだ。


「……それなら、いくらでも遊びに来てくださいって、伝えてください」


私にできることが誰かの役に立つなら、何度でもお店を開こう。


 


***


ということで――


領主家との正式契約、成立!


さらに、屋台モードも使って広場でもっと派手に出店してみようかな、と考えつつ、私は帰り道、ふと気づいた。


「……あれ、これって……報告する相手が、いない?」


うち、両親は共働きだし、妹は大学生で一人暮らしだし、友達に異世界の話とかできるわけないし……


「……あ。日記、つけとこうかな」


いつか誰かに話せる日が来るかもって思いながら、私は新しいノートを開いた。


タイトルは――

『持ち込み商品で異世界交流!』


ラノベ風にしたらちょっとやる気出た!



---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る