閑話:ダンジョンのこと、言っちゃダメって言ったよね?



夏祭りの夜。

屋台の片付けを終えた家族が帰宅したのは、夜10時過ぎだった。


キッチンの電気だけがついている静かなリビング。

陽介はクーラーボックスを台所に運び、美咲は溜息をついてエプロンを外した。


そのとき。


「ママさ~、今日の屋台、めっちゃバズってたじゃん!」


「そうね。みんな美味しいって言ってくれてたし、やってよかったわ」


「オレさ、クラスの子に“うち、床下にダンジョンあるんだぜ”って言っといた!」


……ピタッ。


沈黙。

陽介が、冷蔵庫の扉を開けたまま静止している。


美咲も、両手にしていた布巾をスローモーションでテーブルに置いた。


「……大地」


「ん?」


「それ、冗談のつもりで言ったのよね?」


「ううん、ほんとに。だってウチ、本当にあるじゃん? だから“マジ”って」


再び沈黙。


陽介はそっと冷蔵庫を閉め、静かに椅子に座る。


「……大地。ちょっと座ろうか」


大地は、何がいけなかったのか分からないという顔でソファに座った。



---


✦ 夫婦による“緊急家庭会議”


「いいか、大地。これはちょっと大事な話だ」


陽介の声は低く、けれど怒鳴らない“ちゃんとした怒り方”だった。


「うちの床下にダンジョンがあるってことは、基本的に外には秘密なんだ。言ったよな?」


「う、うん……でも、べつに“ダンジョン”ってだけで、中身のこととか何にも言ってないし……」


「でも、“ある”って言った時点でダメなの」


美咲が口を挟んだ。いつも穏やかなママの声が、少しだけきつくなっていた。


「大地、もしお友達がその話を信じて、家に来て“見せて~”ってなったらどうする?

誰かが勝手に階段を降りて、モンスターと出会ったら?」


「……あ」


「うちはね、“うっかりが命取り”になるくらい特別なことを、家族で共有してるの」


「言ってないことを守るのも、“仲間”の役目だよ」


「……ごめんなさい」


大地は肩を落としてうつむいた。



---


✦ 叱るだけじゃない、約束のしなおし


「今回だけは、許す。でも次にうっかり言ったら、ダンジョンのお手伝い、お休み」


「えええ!? それ困る!!」


「なら、次はちゃんと考えてから話そうね」


「……うん。絶対、誰にも言わない」


大地はぎゅっと拳を握った。


「パパもママも、秘密にしてるのって、なんかスパイみたいでワクワクするじゃん?」


「まぁ、それもあるけどね~」


美咲はようやく笑い、髪を結び直した。


「よし、じゃあ次はネットで“スパイ活動”だよ。あたらしい計画、始めるよ~」


「え?ネット?」


「ふふふ、次のステージは――通販です!」



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