左手にアコニトを
ヨシキヤスヒサ
1.酒場にて
―――――
通告
王命により、次のものに懸賞金を課す。
被疑者名:
マルセリノ・イサンドロ・オンディビエラ
罪状:
テジェリア公カステジャノスとその親族に対する不敬罪
複数件の殺人、強盗、詐欺への関与の疑い
被疑勾留からの逃走罪
なお、生死は問わないものとする。
以上。
―――――
今日もひとり、木にぶら下がった。
あのマルセリノとかいう男がここに来てから、ここも随分、治安がよろしくなくなった。悪党、強盗騎士、悪徳商人と、悪人の見本市のようになっていた。
結構な額の懸賞金が掛けられているお尋ね者である。それでも、かのイバニス侯爵さまのお血筋を自称しているだけあってか羽振りがいいようで、ご領主さまを懐柔して取り入っている様子だ。
イシドーロは店内を見回した。一日に何度掃除をしようが汚い。客の大半は、礼儀作法なんぞ知ったこっちゃないごろつきどもだ。代金を支払ってくれるだけましという程度で、経営する側の立場なんぞひとつも考えてはくれない。
場末の酒場。客入りがいいだけ救いなのだろうが、思い描いている店内と経営状況とは程遠い。いくらか元手が増えたら、余所に引っ越そうかしらね。内心、毒づいていた。
不意の訪いがあったのは、無銭飲食を働いた馬鹿たれひとり、身ぐるみを剥いで外に放り投げたあたりだった。
年若い娘である。栗色の髪。
いずれにしろ、ここには似つかわしくない格好である。
その娘は周りの様子なんて一切目もくれず、カウンターの一席に腰掛けた。
イシドーロは面食らったが、つとめて落ち着いてその女の前に陣取った。ご来店いただいた以上は、客としてもてなさなければならない。
「ミルクはないよ」
「結構ですわ」
「じゃあ、ご注文」
「決闘を」
涼やかな声に、店内が色めき立った。
「お相手は?」
「イバニス侯オンディビエラが嫡子、マルセリノ・イサンドロ」
「ここにはいないよ」
「なら、お呼びしてもらっても?もしくはエスコートを、よろしく」
「お嬢ちゃん、冗談はそのあたりで」
にやにや顔のヘロニモが近づいたぐらいだった。
閃き。
「イバニス侯オンディビエラが娘。いえ」
すっと、立ち上がる。ヘロニモの喉元に切っ先を立てたまま。
「マルセリノ・イサンドロが妹。エルシリア」
それは確かに、そう名乗った。
ヘロニモが抜こうとする。しかし切っ先はそのたび、ずいと前に出る。そうして何もできず、ヘロニモはすごすごと引き下がった。
「ご案内をお願いしても、よろしくて?」
きっと、その目が店内の連中に突き刺さる。年若い娘のそれではない。まるで猛禽のようである。
「
怒号。出てきたのは、向こう見ずのクレメンテだった。憲兵崩れの巨漢である。
ざっと
火花が散った。右手ではなく、左手。
そして、呻き。
三人、続けて飛び出した。それぞれ
残されたのは、床の上にへばりつき、のたうち回る男四人。
「左手持ちの
エルシリアと名乗った女。ハンカチーフを取り出して、宙に放っていた。
刻まれていたのは
確かにあの男がひけらかしているそれと同じ、イバニス侯オンディビエラ家の紋章だった。
(つづく)
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