ネズミ

『○○県○○市で女性の遺体が発見されました。

 遺体は同市に住む○○○○さん27才のものと見られています。

 犯人は逃走中であり、警察による捜査が続けられています。

 周辺の地域では不安の声も上がっており…………』


「やだ、○○市って隣じゃない。物騒ね。」


 朝食の皿を片付けていた母が手を止めて言う。


「通学路とか、気をつけなさいよ。あんたただでさえぼーっとしてるんだから。」


「へいへい」


 私はスマホを見ながら、気のない返事を返す。

 そもそも、殺人犯なんて気をつけたところで女子中学生にはどうしようもないだろう。


 そんなことよりも、私にはもっと切実な問題があるのだ。


 ―ガタッ、ガタタッ


 頭上で小さな足音が駆け抜ける。


 この家には、一階の天井板と2階の床板の間に数十センチの隙間がある。

 それ自体は珍しいことではないのだが、春口になるとネズミが発生し、その隙間を棲家にするのだ。


 今年も例外なく、私たち家族は天井裏のネズミに苦しめられている。


 だが今年の違う点は、もっと大きな足音が混じっている点だ。

 おそらく、ネズミを追って蛇やイタチが入って来ているのだ。


(天井、抜けたりしないよね……)


 そんな悩みを抱えつつ、私は学校へ向かった。


 ――


 帰宅し、玄関の引き戸に手をかけた時、私は思わず飛び下がった。


 ドアのすぐ前、雨樋の口の下に小さな肉塊が落ちていたのだ。


 片手に入るほどの、綺麗に取り除かれた小さな内臓。

 大きさからネズミのものだろう。

 生々しく赤い血を地面のコンクリートに滲ませている。


 よく見ると一つではなく、辺りにポツポツと同じ塊が落ちている。


(な、なにこれ……気持ち悪い。)


 塵取りと火箸で内臓を集め、庭のコンポスターに捨てる。


 ――


「おかえり。警察の人がスーパー前で職務質問してたわ。

 もう、そのせいで混雑してて疲れたわよ。

 誰もお買い物に身分証なんて持ってかないものね。」


 玄関から入るなり、母が早送りの様に話し始めた。

 だが今の私には、それを聞いて相槌を打つ余裕はない。


「ねぇ。そんなことよりさ、玄関にネズミの死骸、あったんだけど。

 一応片付けといたけど、あれってなんなの。」


「え。気持ち悪いわね。

 最近ネズミにつられて、イタチとか入って来てるじゃない。

 きっと食べかけ置いてってるのよ。

 ナワバリアピールのつもりかしら。」


 母は背中を向けて、せっせと夕食の準備を進めながら話す。


「片付けてくれたの?ありがとう。

 流石に業者とか呼ばなきゃよね。

 天井に糞とか溜まってると最悪だし。明日電話してみるわ。」


 相変わらずのマシンガンの様な速さで、さっさと話を進めていく。

 それを聞いていると、自分が悩んでいたことがバカらしくなってきた。



 ―――――――――――――――――――――――

(解説)


 本当にイタチなどの野生動物が、ネズミの内臓を取り除いて残すだろうか。


 食べかけを残すとしても、無惨な齧りかけの半身や尻尾のみではないだろうか。



 また、母はスーパーで警察が見張っていたと言っていた。


 これはニュースの殺人事件の影響だろう。


 殺人犯とはいえ食べ物の補充は必要だ。


 本人やその協力者が買い物に来ないか見張っていたのだ。


 つまり、犯人は食料を絶たれた状態で何処かにみを潜めているのだ。



 主人公の家には天井に数十センチの隙間がある。


 これは大人が身を潜めることのできる大きさではないだろうか。


 ネズミの内臓も、絶食して限界が来た犯人が、天井裏のネズミを捕って食べていたとは考えられないだろうか。


 主人公は天井裏のネズミを駆除するために業者を呼ぶそうだが、その駆除作業は無事に済むのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る