第5話:〈天裁地律〉
「
バーレイグは燃え上がる炎を刀身に纏い、大剣を素早く振り下ろした。
俺が穴を開けた右腕の中程までは切断できたが、そこから下は肉が邪魔をしてしまう。
それを見て切れないとすぐに判断したのか、力ずくで剣を引き抜き、二撃目を繰り出した。
「はっ——!」
大地から天に振り上げられた剣は、少しだけ残っていた右腕を完全に切り落とすことに成功した。
「よしっ!」
「お見事です、バーレイグ殿下!」
「ググッ……!?」
右腕を——武器を一つ失った長は、驚いたような声を漏らす。
次第にそれは怒りに変わり、耳を塞ぎたくなるほど大きな咆哮になった。
「なんだこの咆哮は……!」
「このパターンは知らないもの……!?」
二人が何かを呟いているが、正確には聞き取れない。
微かに窓ガラスが割れる音が聞こえてくる程度だ。
そして、長が一歩踏み出そうとした時、一人の騎士が青い髪をなびかせながら、勇敢に立ち向かっていった。
「
ノルナは、長の左脚に対し、氷の嵐と共に突きを繰り出していた。
紫の雷鎧を貫通した攻撃によって黒い肌が急速に凍りついていき、氷が肌の表面を広く覆っていく。足先が地面ごと凍ったのか、必死にもがいてもその場から動くことはできない。
そこに何度も剣が突き刺され、傷跡からは血が流れ出し、辺りは血の海に染め上げられた。
「その調子です! 私がもう一発打ち込みますから、その隙に二人で畳み掛けてください!」
「分かった!」「了解!」
二人の返事が重なり、妙な満足感を覚える。
胸の中に「これならいけるかも」という期待が生まれる。
「聖なる光よ、我が敵を浄化せよ!」
神聖なる光線が放たれ、身動きの取れなくなった長の胴体に風穴を空けた。決して大きくはないが、しかしダメージは間違いなく決定打となるはず。
こうなった以上、出血による死は免れない。
「もはや攻撃を防ぐこともできないか……!」
「お二人ならトドメを刺せます!」
苦しそうに呻く長から視線を外し、2人の目を見た。
「行くぞノルナ!」
「はっ!」
息ぴったりに駆け出す2人。
ゲームでも何度か見た光景に胸を震わせ、どう支援しようかと頭を巡らせていた時。
——グオオオオオ……!
重苦しい気配がした直後、聞き覚えのある咆哮がそこかしこから聞こえてきた。
次いで地響きが鳴り始め、身体がブルブルと振動する。
「2人とも!」
「分かっている! 明らかに何かおかしい……!」
「我らが援軍……にしては嫌な空気ですね……」
追撃の手を止め、その場に立ち尽くしている。
背中合わせで全方向を警戒していると、遂にその正体を現した。
「こんなのって……」
「四面楚歌とはこういうことか……」
「まさか、叫んで助けを呼んでいたとは——っ!」
庭園を包囲するように、黒い壁が出来ていた。
といっても、当然ただの壁ではない。
——魔族だ。
数十の魔族が、俺たち3人だけを囲っている。
斧を持っていなかったり、手傷を負っていたりする者は多いが、万全の状態の奴も散見される。厄介なことこの上ない。
このレベルの戦力がいたんじゃ、そりゃ聖女含め皆殺しになるわけだよ……ははっ、バカバカしいなこれ。
——運命に抗うって、こんなに大変なのかよ。
でもまぁ、さっき自分に誓ったんだ。ここでこいつを殺さなければ、死ぬに死ねない。死んでも殺してやる。
それで皆が救われるのなら、やらない理由なんかない。
行ける。俺なら出来る。
さぁ、深呼吸して足を踏み出せ。声を出せ。
魔族は、俺たちがここで殺すのだ!
「お二人は私の援護をお願いします! 可能な限り魔法を打ち込みますから、防御に徹してください!」
「無茶だ! 貴女が死んでは運命が——」
「私は死にません!」
腹から声を出した俺に、バーレイグは呆気にとられたような顔で口をパクパクさせている。ノルナも怪訝な表情を浮かべている。
俺は再び胸いっぱいに息を吸って、その全てを吐き出すように叫んだ。
「この世界が——好きだから!」
「グオオオオオッ!」
俺の叫びに呼応してか、長も力を振り絞るように咆哮した。
そして、予想外の行動に出る。
「仮面を外しただとっ!?」
転生者なら驚かないわけがない。
長が仮面を外す瞬間など、見たことがない。
獰猛な目つきを見せた長は、手に持った仮面を天高く投げ上げた。
青空に舞う恐怖の象徴は、どこか清々しさを感じた。
所有者の手から離れた仮面は、そのまま落ちると思っていた。
だが、それを空中で掴む者がいた。
「あれは……岩鎧の長!?」
「それにしては鎧が小さいような……」
刺々しい鎧を纏った巨体が、軽々と宙に浮いていた。
数秒後、軽々とした動きで地面に着地する。
見た限り、攻撃力よりスピードに重きを置いているのか、運動能力が高いのはしっかりと理解した。あの巨体で高く飛び上がるレベルで動けるのは脅威でしかない。
だが、今なら先手を取れる——そう考えた俺は、手のひらを向け、詠唱を始めた。
そこで岩鎧の長がとった行動は、反撃でも退避でもなく、
「座った……?」
「座ったな」
「しかも
まるで自分は傍観者だと言わんばかりに胡座をかき、左手を上げて少し動かした。
それが合図だったのか、周りの壁となっていた魔族たちが一気に包囲を狭め始める。このまま行けば、ほぼゼロ距離で戦闘する羽目になる。
人数でも力量でも差がある以上、ここで待つのは得策とは言えないだろう。
「アトラ様、ノルナ、迎撃するぞ」
「もちろんですっ」
「仰せのままに」
二人ともが同じことを考えていたのか、すんなりと合意した。
「三人で一体だと手が足りないでしょうし、ここはやはり私とお二人で分かれるのはどうでしょう?」
「先ほどは却下したが、この状況ではそうも言ってられないか……この世界のため、死なないように頑張ってくれ。俺がなんとしてでも貴女は死なせない」
承諾を得たのなら、もう足を止める必要はない。
痛む四肢を叱咤し、一番近づいていた魔族に攻撃を食らわせる。
「グッ——」
やはり回避出来ないのか、一撃を食らった途端に動きを止め、その場に倒れた。
とはいえ、包囲の穴はすぐに塞がれる。相当数を倒さないと状態は好転しなさそうだ。
「
背後からノルナの声が聞こえる。
これは、周囲に氷のフィールドを展開し、一定間隔でダメージを与えるという技だ。
「
そこに炎の攻撃を組み合わせれば、より高いダメージを与えられる。
さすがは王子と騎士団長、連携が取れている。属性的にも相性は良かったしな。
「光よ! 聖なる光よ!」
呪文さえ唱えれば、魔族が死んでいく。
魔族を倒したときに感じる、何かが身体に流入してくる感覚にも慣れた。
「まだまだ……いけるっ!」
魔力切れの概念はこの世界にない。
あるのは魔法の行使による疲労だけだ。
無論、それもバカにできない影響がある。
「はぁ……はぁ……」
二連続で使ったからか——いや、今まで散々使ったからか——視界がかすみ始めた。脳がぼんやりとしてきた。
「あっ……」
一瞬、足の神経が途切れたように感覚が抜け、力が入らず膝をついた。
口に鉄の味がする温かい液体が流れ込み、痺れて震える手で拭って視線をやると、それは赤い液体だった。
「これは……ヤバいかも……っ」
びっくりするほど、それも笑いたくなるくらいに力が入らない。
確か、魔法を過剰に使うと脳の魔力体に負荷がかかって神経伝達に異常が引き起こされる——だったか。完全にそれだ。
脳みその辺りが熱を放っている。魔力体がそこにあるんだとは思うが、今は治すための用意がない。
「ノルナ! 畳み掛けるぞ!」
「御意っ!」
遠く、とても遠くから二人の声が聞こえる。
それに、なんだかキーンと耳鳴りも聞こえる。
「グッフッフ……!」
けれど、下卑た汚い笑い声だけはハッキリと聞こえた。
「光よッ……!」
目の前のを一体倒し、手で無理やり足を伸ばす。そして、そのまま立った姿勢を作る。
バランスを崩せば顔から倒れ込みかねないが、立つだけならなんとかなるだろう。
そう考えた矢先だった。
「はぇっ——?」
全身がぎゅっと握られ、視界が空に浮いた。
あらゆるところが痛いが、意識がぼんやりしてるせいで現実感がない。
すると、俺を持ち上げた存在と目が合った。
「……岩の、長……ぁ?」
胡座をかいて観戦してたはずの岩鎧の長が、右手で俺を掴んでいたのだ。
握りつぶされない程度の力ではあるが、骨がミシミシと悲鳴を上げている。肺から空気が漏れ出していく。
「んぎいいっ……!」
痛い。痛い痛い痛い。
胴体が潰れて頭だけになってしまう未来が容易に想像できる。
苦しい苦しい苦しい……!
「アトラ様ッ!」
俺の苦境に気づいてバーレイグが叫ぶ。
その顔は真っ青で、どれほどショックを受けているか分かりやすい。
けれども、その隙を魔族が見逃すはずもない。
振り向いた直後には拳が彼の胴を狙い撃ちしており、庭園の奥の方へ吹き飛ばされていた。
痛くて、苦しくて、どうしようもない。
このまま死を待とうか——なんて脳裏によぎるが、一つの天啓が脳内に現れる。
「我らが天よっ……世界に仇なす者を裁き、その一切を滅ぼせ……! 〈
刹那。遥か天空に、巨大な魔法陣が生まれた。
黄金に光り輝き、中心に一つの目を持つそれは、真っ直ぐに俺を見下ろしていた。
ゲームでは聞いたこともない詠唱。聞いたこともない魔法。
にもかかわらず、奇妙なほど馴染んでいた。まるで、最初から自分のものだったとすら思えるほどに。
次の瞬間——世界は、
神聖な魔力の奔流が、意味不明なほど濃密な流れを成して天から降り注いでいるのだ。
それは、圧倒的な暴力。
天に手が届かないもの全てが平等に滅びる裁きの光。
魔族であっても、それは例外ではない。
キラキラと煌めく空間の中、長の身体は抵抗もできず消えていき、俺はするりと地面に落ちる。
力が入らず、仰向けに寝転がると、魔法陣の目玉と目が合った。
すると、彼は恭しく目礼のような素振りをした。
俺も小さくペコリと首を動かして応じる。
それで満足したのか、段々と薄くなって魔法陣と光は消え去った。
視界に広がったのは、怖いくらいに青い空だった。
「アトラ……様っ……! 援軍が到着したぞ!」
そこに割って入ったのはバーレイグだった。
たが、もうそんなの心底どうでもいい。俺は今、猛烈に疲れているのだ。一刻も早く寝たい。
「おやすみ……なさい……」
「そうか。もうここは大丈夫だ。ゆっくり休んでくれ。後は僕らが処理しておく」
ひんやりとした石畳の上。
爽やかな青空を見上げながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた。
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