第3話:聖女の本能

 バーレイグの先導で学院の中を駆けていく。


 火が上がっていたり壁が崩れていたりと、天災を思わせるほど悲惨な状態だが、気にしている暇はない。


 聖女や他のキャラならば、輪廻解放りんねかいほうといういわゆる必殺技のシステムで蘇生も出来るが、俺が出来るかどうかは分からない。


「誰か助けて——!!!」


 ——だが、どこかから聞こえた悲鳴が思考を一気にかき消した。


「向こうだ!」


 甲高く響いた悲鳴の方角をすぐさま突き止め、赤髪王子は一直線に足を進める。


 こっちも若々しい身体とはいえ、少し疲れてきた。聖女はあまり筋トレしてないのだ。仕方ないから許して欲しい。


 悲鳴を辿っていくと、一つの教室——見た目は俺のいた教室と同じだ——に到着した。


 そこには、固まって震える数人の生徒と、それを庇うように魔族の前に立ち塞がる少年がいた。

 手には槍が握られているものの、ブルブルと震えている。額には大粒の汗が浮かび、肩で息をしていた。


 と、そこで思考を戻し、俺たちは魔族を認めると同時に技を放った。


「光よ!」「聖炎黎明オグニス!」

「ッ——」

 

 赤い炎が空中を舞い、光が魔族を貫く。

 一撃で命を刈り取られた魔族は、遺言を残すこともできず胴体を破壊された姿で死んだ。


「あの姿……聖女様だわ!」

「私たちの助けを呼ぶ声に応えてくださったのね!」


 固まっていた生徒のうち2人が、俺を見て感動に打ち震えていた。

 他の生徒も、感謝するような目線や、同意する素振りを見せている。


 これが人助けの感情……癖になりそうな快感だ。

 物語の主人公の気持ちがよく分かる。前世じゃ人助けとかしてないし。


「そこの少年、なぜアトラ様を睨む?」

「っ……」


 しかし、槍を持って戦っていた少年だけは別だった。バーレイグの問いかけには答えず、歯を食いしばって俺をより睨むのみ。


 はて、俺は恨みを買うようなことはしていないと思うんだが。感謝はしてくれていいけどね。


「そうですわ! 聖女たるアトラ様を睨む道理などあるはずもないでしょう!」

「僕はエイカム伯爵の子息だぞ! それを覚えておけ! ……行くぞ」


 金髪の自称伯爵子息は、肩を怒らせながら教室を後にした。


 俺の横を通り過ぎるとき、「横取りしやがって……」という声が小さく聞こえたのは、聞き間違いじゃないんだろうな。


 ここはハシース教徒だけの学校だから、信心深い人ばっかだと思ってたんだが……ここでも貴族の権威を振りかざす奴もいる、と。


 というか、エイカム伯爵家は聞いたことがない家名だ。

 本編には直接関係のない、いわゆるモブだと思うんだが……面倒そうなやつがいたものだ。


「アトラ様。僕たちも行こう。外でノルナたちが戦っているはずだ」

「その前に、少しいいですか?」


 バーレイグの返答を待たず、俺は震える生徒たちに近づいた。


 よく見ると、彼女らには怪我をしている者が何人かいたのだ。

 聖女として、やるべきことがあると感じてしまうのは、きっと本能に違いない。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……くっ……」


 右足の先から血を流している少女——見たところ傷が一番酷かった——に声をかけると、苦しみに喘ぐ声が返ってきた。


 すると、横にいた少女が申し訳無さそうな顔で口を開いた。


「落ちてきた瓦礫が彼女の足を押しつぶしたんです。私たちも回復魔法を使ったんですが、出血を少し抑える程度にしかならなくて……」

「なるほど、分かりました。ではすぐに治しますね——」


 その言葉に驚いたのか、微かに目が見開かれたのが分かった。


 ふっふっふ。俺は聖女だ、部位欠損であっても治せるはず。

 作中最強の回復能力を持つ女を舐めるなよ?


「祝福よ、苦痛を取り払い息災そくさい回帰かいきさせよ!」


 手のひらから、温かい光が太陽のように降り注ぐ。


 ——直後、奇跡のような光景が広がった。

 

 失われた足先から無数の糸が生え、いくつかは骨に、いくつかは肉へと変化していったのだ。


 みるみる内に肉が再生し、皮膚が形成され、血が止まる。

 それらの工程が、須臾しゅゆの間に完了した。


 悪かった血色も戻り、見た目は完全に元通りの状態。

 先程まで血を流して苦しんでいたとは思えないほど健康そうだ。


「これが……聖女様のお力……」

「私たちの使える回復魔法なんかとは次元が違う……」

「失った部位を再生だなんて、聞いたこともないですわよ」


 涙を流し、呆然と蘇った足を見つめている。

 他の生徒たちも感嘆しているのは手に取るように分かった。


「聖女様! 他の方もお願いできませんか?」

「えぇ、当然です。見せてください」


 喉元には、少しだけ拒否の言葉がせり上がっていた。

 けれども実際に出たのは、優しく受け入れる言葉。


 俺は、聖女たる高潔な精神を手に入れたと思っても良いのだろうか。

 前世とは違う人間を生きれるのだろうか。

 

 ——そんな予想が脳裏に浮かんで、不意に微笑みが漏れる。

 目の前にいる新たな患者は、それを見て緊張がほぐれたようだ。


「私は、魔族の腕で叩かれてしまいまして……その時に壁に打ち付けられたんです」


 根暗そうな少女は、そう言って服をまくって腹を見せた。

 肌は日に焼けておらず白いが、腹部には大きく青あざが出来ている。異常なほどに猫背だが、この感じは脊椎も折れてそうな感じだな。


 別に医者じゃないが、俺の中の現代知識がそう言っている。


「祝福よ、苦痛を取り払い息災そくさい回帰かいきさせよ」

「あったかい……」


 降り注ぐ光は、すぐに青あざを元の真っ白な肌に変えた。

 それに加え、姿勢も多少は改善され、ただの猫背になった。


 そうか、やはりそこまでは治らないのか。

 怪我ではないと判定されているのか、仕組みはかなり気になるところ。


 それにしても、陰キャ少女がお腹を見せてくれるシチュエーションか……ここが戦場でなければ欲望に従っていたところだ。


 くっ、すべすべの白くて細いお腹が眩しい……っ!

 

「アトラ様……」


 バーレイグの急かすような呼びかけに、俺は慌てて腰を上げた。

 怪我人を治したのなら、ここでゆっくりする時間は一秒もない。


「え、えぇ。分かっています。行きましょう!」


 嫌な予感が、刻一刻と迫っている。

 胸の奥がざわめいている。


 多分、これから出会うのは——さらなる化け物だ。

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