第九話

「オレは五歳くらいに見える。

 つまり、洗礼を受けて神聖魔術を使ってもいいってことだな?」


 ゼンはトゥエルラーダに確認した。

 早く力を手に入れたいという焦りのようなものがあった。


「そうだ」


「よし!

 どこにいけばいい?」


「……」


 トゥエルラーダは目元を手で覆った。

 ゼンは、なにか問題があるのだろうか、と首を傾げる。

 そういえば、今は何時だろうか。

 窓の外を見ると、空が茜色に染まり始めていた。


「ま、明日だな。

 日も暮れ始めているし、リヒトヴァルドにつく頃には夜中だ」


 ダンがそう言って、肩をすくめた。


「それじゃあ仕方がないな」


 もう夜か……。

 夜だと教会も開いていないだろう。


「ふぅ……

 ダンもゼンも、まだ先に話すことがあるだろう?」


「……そういえば、ゼンの質問タイムだったな」


「忘れてた」


 トゥエルラーダの指摘に、ゼンは苦笑した。


「そもそもゼン、君はこれからどうするつもりだ?」


「これからか……」


 冒険をするにしても、この体では色々と問題がある。

 体を鍛えたり、魔術を覚えたり、まずは準備から始めるべきだろう。


「とりあえず、体を鍛えたり、魔術を使いこなす練習かな。

 十年くらいやれば、冒険ができる程度にはなるんじゃないか?」


「体を鍛えるなら、手伝ってやるよ。

 裏に鍛錬場がある」


「おお!」


 鍛錬場か。

 広い運動場のような場所だろうか。


「……つまり、しばらくはここで生活したい、ということだな?」


 じっとりとしたトゥエルラーダの視線がゼンに突き刺さる。

 そういえば、衣食住のことを完全に忘れていたことに気づく。


「……二人には迷惑かけるけど、

 ここで生活させてほしい」


 さすがに五歳児で一人暮らしは難易度が高すぎる。

 金もコネもない現状、協力してもらうしかない。


「できることはする。

 とりあえず、掃除や洗濯、食事の手伝いはできると思う」


 ゼンの記憶をあさると、旧世界ではそれなりに一人暮らしをしていたことが思い出せる。

 掃除機や洗濯機はなくても、なんとかなるだろう、と彼は楽観的に考えた。


「俺は問題ないぜ。

 命の借りは命で返す。

 遺跡で助けられた借りを返したい」


「……私も恩人を見捨てるほど落ちぶれていない。

 それにゼンにはいろいろと聞きたいこともある」


「オッケー!

 できるだけ思い出すよ」


 ゼンは、少しほっとした。

 カップを手に取り、香草茶でのどを潤す。

 目の前の生活をどうするか、確かに現実的な問題も考えなければならなかった。


「そういえば二人って何の仕事してるんだ?」


「俺は衛士だ。

 街道や森を見はり、妖魔を駆除するのが仕事だな」


 衛士。冒険者ではない。

 だが、妖魔がいるという事実が、この世界がファンタジーであることを改めて思い知らせる。


「私は薬師だ。

 結界の外で薬草を採取し、薬を作って売る仕事だ。

 たまにダンの仕事も手伝っている」


 結界。おそらく妖魔を防ぐためのものだろう。


「森の中に住んでるのは仕事の関係?」


 暮らしていくなら街や村のほうが便利で安全なはずだ。

 この小屋はどう見ても村の中ではない。


「どちらかというと、俺たちの目標からだな」


「目標?」


「俺はもっと剣を極めたい。

 そのためにいつでも鍛錬できる場所が欲しかったのさ」


「私は知りたい歴史があるからだ。

 この周辺は遺跡が多く、ここに住むと調査に都合がいい」


「なるほど、それであの遺跡に来てたのか」


「守護者がいるとは思わなかったけどな」


「あれは油断だった。

 しかも貴重な旧世界の遺跡を失うことになるとは……」


 目に見えて落ち込むトゥエルラーダ。

 ダンは苦笑している。


 ぐぅぅぅ。


 小屋に響いた音は、ゼンのお腹からだった。

 そういえば、二日間寝っぱなしだったのだ。


「そろそろ飯にするか。

 俺も腹が減った」


「そうだな」


 ダンが暖炉わきの棚をあさり、取り出したものをテーブルに並べた。


 見るからに固そうなパン。

 しなびた茶色い何か。……干し肉だろうか。


 ダンはナイフを取り出し、その二つをザクザクと切る。

 その瞬間、彼の手が一瞬赤く光ったような気がしたが、すぐに消えた。


 トゥエルラーダが暖炉にかかっていた鍋から、スープらしきものをよそってテーブルに置く。

 濁ったスープの中に、人参のようなものが浮かんでいる。

 ……なんとなく土臭いが、これがスープなのだろう。


「大したもんはないが、腹は膨れるぜ」


「……食事にしよう」


 トゥエルラーダの言葉に、ダンは両手を握って目を閉じる。


「聖女イーリスよ、我らとあなたの恵みの賜物を祝福してください」


 トゥエルラーダは目を閉じ、片手を胸に当てる。


「偉大なる風の精霊に感謝を」


 しばしの沈黙があった。


「じゃあ、食うか」


 ダンの言葉を合図に、二人は干し肉をスープに入れ、パンでかき混ぜる。

 ゼンも彼らの真似をして食べてみることにした。

 二日間寝ていたため、胃が弱っているだろうから、かなりふやかした方がよさそうだ。


「いただきます」


 ゼンは手を合わせてつぶやいた。

 干し肉をスープに入れ、パンでかき混ぜる。

 パンがしっかりふやけたところで、一口、口に入れた。


 柔らかい木を噛んでいるような歯ごたえ。

 うまみは少なく、塩味だけが口に広がる。


(これはダメだ……)


 香草茶を口に含み、大量の茶で流し込んだ。


「とりあえず、今日はスープだけでいい」


「そういえば、長く寝てたな……

 すまない、気が付くべきだった」


 ダンは申し訳なさそうに言った。

 そういう問題もあるが、致命的に味が悪い。

 これは改善の余地がありすぎる。


「……とりあえず、できることが一つ見つかったな」


 ゼンはそう決意した。

 まずは食生活の改善から始めるとしよう。

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