第二話

 出口の前に立ちふさがるロボ。

 その巨体は、明らかに脱出の妨害が目的だと語っていた。


「他に出口はないのか?」


 ゼンは周囲を見渡すが、部屋にあるのは、自分を吐き出した奇妙なモニュメントと無数の制御盤だけだった。

 出口らしきものはおろか、窓一つ見当たらない。


「つまり、逃げる先はロボの向こうだけ、ってことか」


 さて、どうやって逃げよう?

 かなり無理ゲーに見えるが、簡単にあきらめるのは業腹だ。

 ゼンの好奇心は、この絶望的な状況を面白がっていた。


「オレがひきつける。

 トゥエルラーダ、その子を頼む!」


 ダンが声を上げた。

 トゥエルラーダというのは、あのエルフの名前だろう。


霊力体アストラル!」


 叫びとともにダンの全身から、燃え立つように赤いオーラが噴き出した。

 一瞬、巨大な仁王のようなシルエットが浮かび上がったかと思うと、すぐにダンの体に重なり合うように収束していく。


 肌を刺すようなビリビリとした空気の振動。


「スタ〇ドか!?

 それとも念〇力の類なのか!?」


 ゼンはますますテンションが上がってくるのを感じた。


「通じるのか?」


「やってやらぁ!」


 トゥエルラーダの問いかけに、ダンが力強く答える。


「おぉ」


 ダンがロボットとにらみ合う。

 そのロボットも、どう出るかを迷っているようだ。


 カウントダウンは残り四〇〇強……。


 さて、どうする?

 ゼンは思案する。


「……君は、何者だ?」


 トゥエルラーダが近くに寄ってきていた。

 ゼンは自然と見上げる形になる。


 やっぱり、今の自分は子供の体らしい。


「何者……か……」


 まっとうな社会人のつもりなのだが、エルフに「社会人」と言って通用するのか?

 毎日会社に行って仕事して経済を回す人間、とでも言えばいいのか?


 ……あれ?


「そもそもオレは何で子供になっているんだ?

 昨日まで何をしていた……」


 昨日っていつのことだ?

 わからない……最後の記憶は何だ?


「……精霊の警告はない、か。

 ひとまず、この場を切り抜けてから話を聞く」


 トゥエルラーダはゼンを抱き上げると、片手で脇に抱え込んだ。


 意外に力持ちだな……それともオレが軽いのか?


 それにしても、やっぱりオレは子供の身体なんだな。

 つるりとした細長い手足、股間にはイモムシのようなオレの分身。

 白い髪が目の前で揺れる。


「髪は黒だったんだけどなぁ……」


 うーん、夢じゃないなら、異世界転生あたりか?


 ――ビシッ!


 激しい音が空間に響き渡った。

 ダンが守護者の攻撃を受け、後ろに下がる。


「先にこっちのほうが問題だった」


 カウントダウンは残り三〇〇ほど。


 守護者の攻撃を、この狭い空間でかわし切るのは無理そうだ。

 ダンも剣でなんとかはじいているが、反応できているだけでもすごいレベルだろう。

 オレなんか最初の一撃を、もろに喰らったもんな。


「そうか。

 アレがもう一度再現できれば方法はあるか……」


 ゼンは一つアイデアを思い付いた。

 この二人の協力が必須だが、まあ、期待していいだろう。


「なあ、どうやって脱出するつもりだ?」


 抱えられたまま、ゼンはトゥエルラーダに声をかける。


「……ダン、あの剣士が守護者をひるませる。

 その瞬間、一気に走りぬける」


「ひるませられる?」


「ダンならやる」


「了解。

 じゃあ、それにもう一つアイデアを加えてみないか?」


「……アイデア?」


「ダンがアイツをひるませたとして、

 逃げられるのはオレたちだけだ。

 ダンは逃げられない」


 アイツは追いかけてくる。そしたらダンはそれを食い止めるだろう。


「……」


「どうせ賭けに出るなら、

 三人全員で逃げられる賭けにしないか?」


 トゥエルラーダが眉をひそめ、カウントダウンの数字を見る。


 残りはおよそ二〇〇秒。


「……どうすればいい?」


「オレを盾に使うんだ。

 オレはアイツの攻撃でダメージを受けない。

 オレで攻撃を受け、反動を利用して逃げる」


「正気か?」


「もちろん。

 タイミング次第で、アイツを虚数空間とやらに破棄できる。

 残り三〇くらいかな」


「……そういうことか」


 反動で逃げる、それだけでは弱い。どうしても追いつかれる可能性がある。

 そうなるとロボットの行動を遅らせるもう一手が必要だ。

 だから虚数空間を利用する。


「聞こえたかダン?」


「ああ、イかれたアイデアだ。

 だが、面白れぇ!」


 ダンがニヤリと笑う。少し距離があるのに、聞こえていたか。

 ロボ、トゥエルラーダは守護者って呼んでたか。

 アイツには……聞こえてなさそうだな。


「じゃあ、作戦開始だ!」

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