ZEN ~新世界ゲームマスター~
口十
プロローグ
第一話
ドン――
どこか遠くで太く鈍い音が響いた。
心地よいまどろみを破るように、その音が耳に届く。
ゼンは不快に顔をしかめた。
ドン――
また、同じ音が鳴る。
それは頑丈な金属を叩くような、太く、そして鈍い音だった。
「……今、何時だ?」
平日なら仕事に行かねばならない。
そんなぼんやりとした義務感が意識を浮上させる。
目を開けたが、視界はぼやけている。
「……水の中、なのか?」
なのに、声が出ることにゼンは驚く。
これは一体どういう状況だ?
その瞬間、体が水面を突き破るように上へと押し上げられた。
目の前には薄暗い空間が広がる。
ゼンはとっさに床に手をつき、一回転してその場を離れた。
背後には、水を抱え込むような奇妙なモニュメントが垂直に立っている。
「オレは、あそこから吐き出されたのか?」
いつもと勝手が違う。何よりも、自分の体が驚くほど軽い。
「なんだこれ……」
周囲を見渡すと、そこはまるで宇宙船の中のような空間だった。
金属でできた壁は、なめらかで美しい曲線を描いている。
シンプルで研ぎ澄まされたデザインに、ゼンは思わず魅入ってしまう。
「夢か?」
もう一度床に触れてみた。冷たい感触がリアルだ。
手が小さい。
「……子供になってる、のか?」
夢の中で感じる、やけに現実的な感触。
「子供になって宇宙船の中にいる……。
ホラーなら、ここでモンスターかエイリアンが出てくる展開だな?」
その瞬間、空間が軋むような、嫌な衝撃音とともに、何かが目の前を横切った。
それは壁に激しく当たり、大きな音を立てて転がる。
「扉?」
飛行機のハッチに似た、重厚な金属扉だ。
それが、まるで紙切れのように吹き飛ばされてきたらしい。
「……当たってたら、死んでたな」
そして、予想通りモンスターの出現か。
ゼンは扉が飛んできた方向へ視線を送る。
四角い暗闇。
扉があったであろう開口部を、身を折るように潜り抜ける存在がいた。
「ロボと来たか……」
扉の高さが二メートルとすれば、あの巨人は三メートルほどの大きさだろうか。
パワードスーツというより、文字通り金属で編み上げられたボディ。
拳と前腕、脛とつま先には、分厚いグレーの装甲が覆っていた。頭部はつるりとしたヘルメット状で、口も鼻もなく、赤い光が横一線に光っている。
「どう見ても、友好的、じゃないよな……」
逃げなければという本能的な思いを、もっとこの光景を見ていたいという病的な好奇心が押しとどめる。
背筋がゾクゾクとする恐怖感と、抑えきれないワクワクとした好奇心。それが全身を満たしていた。
ロボットの眼光、赤い光が激しく明滅し、ゼンへと向けられる。
「っ!?」
ゼンはとっさに後ろへと飛び退いたが、何の抵抗にもならなかった。
ロボットは一瞬で距離を詰め、その巨大な腕を振り下ろす。
あ、死んだ……。
そう思った瞬間、淡い光がゼンの視界を埋め尽くした。
弱い衝撃と浮遊感、そして再びの衝撃。
「おいっ!」
誰かの声が聞こえる。
とりあえず痛みはない。
ゼンは咳き込みながら起き上がった。
埃っぽい。
「……だいじょうぶ、生きてる」
顔を上げ、声の主へと視線を向ける。
短く切られた茶髪に、どこか愛嬌のある顔立ちをした青年がいた。
白のチュニックコートに黒のズボン。手には長めの剣が握られている。
「ダン、油断するな!」
剣士の向こうにもう一人の姿があった。
手に短い
ケープ付きクロークにハイカラーの黒シャツ。
整った顔立ちに短く整えられた暗めの金髪、そして、そこから伸びるとがった耳。
真剣な表情でロボと剣士、そしてゼンの様子をうかがっている。
こっちは魔法使い、か。
「って、とがった耳!?
エルフ!?」
ゼンの声に、魔法使いはわずかに顔をしかめた。
「未承認者の施設への侵入を確認。当該施設を虚数空間に破棄します。
スタッフの方は速やかに退避してください。
カウントダウンを開始します」
もやもやと考えているうちに、無機質なアナウンスが響いた。
壁には「六〇〇」という数字が表示されている。
ロボットはアナウンスに反応したかのように動きを止め、頭部の赤い光を激しく明滅させている。
虚数空間って、たしか漫画とかアニメで出てくる、廃棄用の異空間だったよな。
どんな空間がわからないが、少なくとも、破棄だの退避だの言われている状況で、ここにとどまるのは危険なことだけは理解できた。
選択肢は二つ。一人で逃げるか、目の前の二人に協力を求めるか。
「逃げないとヤバイみたいだけど、どうする?」
ゼンはとりあえず二人に声をかけてみる。
いぶかしげな表情でこちらを見るエルフ。
戸惑いの表情を浮かべる青年剣士、ダンと呼ばれていた彼。
「お前……」
ダンが返事をしようとした瞬間、ロボが跳躍した。
入ってきた扉のあった場所の前で着地し、腰をかがめる。
モーター音のような低い振動音を大きく鳴り響かせる。
「……逃さない、って感じか?」
ゾワゾワとした感覚。
好奇心が恐怖心を完全に拭い去っていた。
もっと面白いものが見たい。
その気持ちだけが、ゼンの体を満たしていた。
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