羽根飾りが落ちる夜 15-4





「……ねえゼフィー、いつから?」



 幸せを味わうように問いかけた声は、甘くとろみを帯びていて、通じ合ったばかりの二人を酩酊で包みこむ。



「ん?」

 ゼフィルの返す音も柔らかく、ほほ笑みかけるは隣の彼女へ。



 祭壇でふたり、並んで座り、指を絡ませながら。

 羽飾りが彩る夜空を眺め、しっとりと言葉を交わす。



「いつから、わたしのこと、好きになったの?」

「ん~……」


 

 モナの甘えた問いかけに、視線を夜空に逃がすゼフィル。

 それから、迷いながらも、彼の瞳が求めたのは隣の彼女。


 肩が軽く触れ、自然と頭がくっつく。

 互いの髪が擦れる音。

 彼の喉がわずかに鳴ったあと、笑いを含んだ声が返ってきた。



「わかんね。いつからだったんだろう」

「ふふ、なにそれ」


「だって、モナちゃんがいる生活楽しいんだもん。

 オレの魔法にいちいち驚いたり、びっくりするような知識くれたり。……そうだ、アレ。覚えてる?」

「ん? どれだろ……?」


「オレが、『風魔法で練ったバターが売れねえ』って愚痴った時」

「あ~、憶えてる。料理長さんに『魔法で練ったバターなんぞ食えるか~』って激昂された話。わたし、なにかしたかな?」


「覚えてない? 『生産性と人件費もろもろのコスト考えたら魔法のほうが絶対楽なのにね』って言ってくれたんだよ」

「あ~……納得。言いそう~」


「自分でそういうんだ? あはは、つかオレ、それ、すげー嬉しかったんだぜ?」

「そうだったの?」

「……うん」



 ──話しながら、いつの間にか見つめ合って。

 交わす瞳に感じるのは、互いの想い。


 羽根飾りアメルナが淡く落ちる中、ゼフィルは、その緑の瞳に優しさと喜びを宿して笑うと、




「まじで嬉しかった。魔法を食いもんに使うの、まだ抵抗ある人多いから。だから、パスタの製造法秘密だし。でも、それで自信ついたんだ、オレ」

「…………ん」


 そう述べる彼に、モナは、繋ぐ右手に力を込めて頷く。

 言葉も、相槌も、指を絡めるぬくもりも、寄せ合う肩も──

 すべてが愛おしく、二人の胸を満たしていく。



「そうやって、オレの中でモナちゃんが積もってったんだ。

 ──って、こんな話、聞きたい? 照れくさくね?」

「もっと聞きたい。ゼフィーのきもち、もっと聞きたい」



 照れ隠しで聞いたそれに、モナが返したのは素直なおねだり。

 青の瞳に乗せた、甘えた本音。

 ゼフィルはこみ上げる情感を隠しきれずに空を仰ぐと、



「……あ~ッ……、可愛すぎんだろマジで。

 あ~、やべ、っていうかさ、聞いていい?」

「うん? なにを?」



 瞬間。

 切り替えたように前かがみ。

 照れた顔に困惑も浮かべ、真面目な顔で問いかけたゼフィルに、モナは素直に首を傾げた。


 彼の表情から察するに、嫌な話ではないことはわかるのだが……


 何を聞かれるのかと視線を送るモナに、ゼフィルの、恥じらいを含んだ問いは、たどたどしく飛んできたのだ。



「……羽飾りアメルナ、くれたじゃん、モナちゃん。

 アレ、意味、解ってる?」

「────ぇと」



 言われ思い出したのはあのひとコマ。

 綺麗にできた羽飾りアメルナを差し出し、真っ赤になって消えたゼフィルの姿。


 あの時、自分は「何をしたことになってるの……!?」とてんぱったのを、今、思い出すモナに──声を上げたのはゼフィルだ。




「あ~やっぱな、その反応! 知らねーで渡しただろ、羽飾りアメルナ! だよなあ!」



 耳まで赤らめながら頭を掻く。

 その顔を隠すように、彼は腕で自分の肩を握ると、



「あれでオレまじてんぱって身体くっそ熱くて、そんで、その……っ」



 たどたどしい、彼に、”きゅうん”。

 自分の、顔も、熱くなる。



「……自覚、したんだ。オレ、モナちゃん好きだって」

「…………あぅ……」



 額に汗まで掻いて、伝えてくれた彼に、モナは力いっぱい両手で顔を隠した。


 みなまで聞かなくても、もうわかる。

 あれはたぶん、愛の告白だったのだ。

 それを無自覚にしてしまった過去の自分を殴りに行きたい衝動と、両想いの嬉しさに潰されそうなモナの中。

 

 聞くまでもないカクニンが、口から、ぎこちなく、零れ落ちていく。



「……アレって、やっぱり、愛の告白トカだったり、しますカ」

「しますよ~。女の子から渡した場合だけ、な」


「穴があったら入りたいデス」

「最高に可愛いから駄目です」


「ワタシ、ゼフィーに何、言ったんデスカ」

「〈結婚してください〉って、ソウイウ、意味がアリマシタ」

「あぁぁぁあああああ……」



 溜まらず情けない声を上げて顔を隠すモナの隣で、ゼフィルが勢いよく立ち上がった音がした。

 その勢いに引っ張られるように、モナちらりと、指の先から目をあげれば、彼の慌てた、真剣な顔。


 


「モナちゃん、知らなかったんだろ? じゃあナシ、なしだっ」



 真っ赤な顔で言う。

 そんな彼に、心臓が跳ねる。

 衝動が、跳ねる。



「知らねえで求婚しちゃったなんてかわいそうだし! 大丈夫、オレ、風に飛ばせるし!」

「────ゼフィー!」



 ゼフィルのフォローを吹き飛ばす様に。

 モナは、力強く彼の名を呼び立ち上がっていた。


 向かい合うは、オルマナの丘。

 風の祈りの祭壇で、面を喰らったように瞳を丸めるゼフィルを正面から見据え、モナは、ぎゅっと拳を握りしめると、



「──わたしと! 結婚を前提にお付きあ」


 ────────ずっ。


 瞬間。

 ノイズが走った。

 ゼフィルが、夜が、空間が歪み、ぐらりとした感覚によろめいた時。


 腹を掴む腕の感触。

 それがゼフィルのものではないと理解した瞬間、不気味な、声が、耳元に届いた。



 「愚孫が」



 しわがれた邪悪な声。

 歪みの向こうでゼフィルの顔が怒りに染まった。

 手を伸ばす彼。

 聞こえない叫び。

 それらをすべて、歪みの向こうに。


 モナの視界は、闇に呑まれた。




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