パスタとなまと日本人 7-2
「──つーか、余った麵どーすっかな~。食いきれない分は乾燥させて~、明日から少しずつ食う? 揚げてハチミツかけるぐらいならオレでもできっかな……、モナちゃん、それでいい?」
「……」
聞かれてモナはすぐに答えられなかった。
思いが渦を巻いて仕方ない。
〈揚げはちみつパスタ〉。
それはそれで美味しそうだけどせっかくの生パスt──……
………………。
……生、ぱすた?
瞬間 なにかが 動いた。
────ぐるりと回る、〈なま〉の文字。
〈乾燥させる〉?
つまりまだ、〈なま〉。
生。
なま、麺?
もしそうなら確かめなくちゃ。
そう胸に決め、モナはキュッと素早く向き直り、
────すう……っ。
「……ゼフィルさんあの」
「ん~?」
「──〈余った麺〉。って、なま……ですか?」
喉から出るのは、慎重で、真剣な音。
まるで上司に何かを提案するようなトーンで出たそれに、ゼフィルの楽な声が返ってくる。
「うん? そだよ~」
「カットって、されてます?」
「もち。打ち粉まぶして乾燥防止の魔法陣の上~」
ぴく────んっ……!!
──つまり?
ま だ 、 打 ち た て。
も ち も ち の 生 め ん。
も ち も ち の 生 め ん。
モナの中。
高速で。
組み立てられる最強の方程式。
あ、あ、あ、あ、あ……!
「──ってことは……まだ鮮度抜群の状態ってことですよね?」
「え。あ。〈鮮度〉? 肉や魚以外にそれ使……」
「もったいない!」
もったいない、もったいない!
も っ た い な い !
──もはや。
さきほどまでのやるせなさは消え去って。
モナの頭の中は、「もったいない」が埋め尽くしまくっていた。
もちもちだ。生めんだ!
生パスタだ!!
今調理しなくていつやるの!
「もったいない!! わたし作ります! 卵とチーズとニンニクはありましたよね??」
「──あ、……ると思うけど……、え。卵にニンニクまぜんの?」
「パスタで生めん……! もちもち! つるつる! 食べるしかない!」
動揺するゼフィルをほったらかしにして、体の底から湧き上がる衝動そのまま拳を握るモナ。
彼女は日本人だ。
古来より食べることに関してだけは研究に研究を重ね、毒入りの魚を食えるようにし、食えないイモをなんとか加工し生きてきた民族である。
弥生時代から「煮る」「炙る」「漬ける」「干す」の工程を試しまくり、なんとか食おうとしてきた人種だ。
食に関してだけは理性が消える。
食うことに関して全力。
特に 「なま」と名のつくものには、自動的に期待と浪漫を抱いてしまうのは、もう日本人のサガとである。
「……なま麺・なまチョコ・なまビール。 なまと聞いて滾らないわけがない! 美味くないわけがないの!」
「へ、モナちゃん?」
「精肉は除く! 精肉は駄目! だけど相手はパスタ! もちもちつるつる、絶対食べたい!」
どどーん!
……ぽかぁぁぁぁぁぁぁぁん……
これまでにないぐらい生き生きとしたモナに、絶句のゼフィル。
そんな彼のローディング時間と通信電波を乗っ取るように、モナはバッ! と頭を押さえ、気合の入った目で脳内を検索すると、
「いける? いけるか? 行けるのか、わたし……!? 調理、出来るか──!」
────全集中で思い出す。
再生するは、死ぬほど見た調理動画。
〈簡単・時短レシピ〉、〈悪魔的うまさ〉、〈絶対失敗しないコツ〉
すべてのタグが頭の中で火を噴き、しゅしゅしゅしゅッと駆け抜けて──!
「脳内動画リール全再生──ッ! 作ってみます! カルボナーラ!」
~~~
「──大人しくペペロンチーノにすればよかった……」
「……うぅぅぅうめぇぇぇぇえ♡ モナちゃん天才! マジうめえ! ふあーーっ……」
がっくりベッコリずどおおおおん……
ひょいぱく・ひょいぱく・うんまぁぁぁぁ♡
格闘の末。
ダイニングの温度は二極化していいた。
激凹みのモナ。
とろける美味さのゼフィル。
陰と陽。
はっきりとした明と暗。
満足げにフォークを動かすゼフィルはさておき、致命傷なのはモナである。
ぺっとりボロボロとしている皿の上を見て”どよん”。
脳内で再生された数多の動画、絶対できると信じた記憶。
だが、完成したのは――『卵ぼろぼろカルボの残骸』。
味はいい。
だが、舌触りは死んでいる。
しかしそんなカルボナーラを、ゼフィルは心底美味そうに食べるのだ。
モナにとっちゃ生き地獄だ。
カルボナーラを前に、めそめそいじいじ。
フォークを通しては、ぼろっとだまになったそれを直視して涙目。
「ダマになっちゃった……、カルボっぽさがない……ッ」
「うっ……うめぇ……! あっっ、うめぇぇぇ!」
「ゼフィルさんの麺は美味しいのに台無し~~~ッ……」
「なぁに言ってんのモナちゃん! オレこんな……うめぇぇぇぇぇ♡」
っはぁぁぁぁ……♡
──と、恍惚の息さえ漏らすゼフィルに、モナは悲しみの不満を向けた。その青い瞳でゼフィルをキッ!と見つめあげると、素早く首を振り、
「違うんだよこれ失敗なの! もっと、もっと滑らかになるはずだったの!」
「美味ぇよ?」
「失敗なの! あああペペロンチーノだったらっ。ニンニクと油でまだ上手く作れたかもしれないのに~ッ! なんでッ! どうして出来ると思った!?」
「うめえって!! ほら、オレのはしゃぎっぷり見えない? マジでうめえから!」
「…………ッ」
フォークにパスタを巻き付けまくりながら。
口の端にソースまでつけて、皿を持ちあげ言う彼に。
モナは、ぐっと言葉を詰めた。
ゼフィルが嘘をついていないのはわかる。
ごまかしやフォローじゃなく、本気で美味しいと言ってくれていることも。
でも自分の中では不合格だ。
こんなのカルボナーラじゃない。こんなの失敗。なのに、なのに。
「……ううう、ゼフィルさん優しい……」
ちょっぴり泣きそうになりながら、俯き呟くモナに、彼のころりとした声がする。
「モナちゃん。頑張ってくれてんじゃん」
苦笑交じりの声に目をあげれば、テーブルの向こうで笑う彼。
緩やかに、ご機嫌な頬杖をつきながら、嬉しそうな顔をして。
しかしそれがさらに、モナの〈でも〉を引き起こす。
「でもこれ失敗したんですよ……!」
「んー? そう言われてもなあ~。成功のやつ食ったことねえし。合ってるとか合ってないとかわかんねーし」
食い下がるモナの前、彼は更にもうひと口。
ぼろぼろカルボを頬張ると、ゆる──っと頬を落とし、瞳を閉じて、味わうように、
「オレにはこれが、〈かるぼなぁら〉ってやつだし。美味ぇよ。マジで。あんがと」
「……うっ……!?」
──ぼろり。
視界がゆがみ滲んだ。
鼻の奥が痛い。我慢するより先に目が潤む。
優しさは駄目。
こんな優しさは、……だめ……!
ああ、だめ。
滲む、歪む、止まらない。
「まって、まってまっ……ッ、う゛う゛う゛」
「──え!? え、オレ、泣かした!? ちょ、待って!」
「……ちが、違います、違う、んだけど……っ!」
口を押えて首を振る。
彼が慌てる気配がする。
だけどもう、堪えきれない。
就職して、大人になって、こんなに褒められたことがあっただろうか。なんにでも手本があって、プロがいて、上がいて、求められるのは〈上級であること〉だった日本で、こんなにも手放しで褒められたこと、あっただろうか。
〈ちゃんとしなきゃ〉〈もっと上手に完璧に〉。
失敗したら怒られたのに。
無駄にしたのに。
ちゃんとできなかったのに。
──『うめえって!! ほら、オレのはしゃぎっぷり見えない?』
「…………ゼフィルざぁぁあん! それ反則だって──っ……!」
「え。なに!? なんかした、オレ!? 反則っ? 反則ぐらい美味ぇよ!?」
「……だから、それっ! ……う。……ッ……!」
──駄目押しの一言だった。
本気がわかる一言だった。
手放しで喜んで、本気で美味しそうに食べるから。
一生懸命、美味しいって伝えてくれるから。
──報われた気がして、涙になった。
わけわからないぐらい、泣いた。
張ってた気持ちとか。
きちんとしなきゃとか。
全部が滴になって落ちて行く。
そんな涙に、彼は困り顔で笑うのだ。
「モナちゃんが失敗って言おうと、世界一美味かったわ。だから泣かないで?」
──ああ、この人。
本当に、あったかすぎる。
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