第4話 写る心
フィルムを現像に出してから三日後、美佳は写真屋に向かった。
「田中さんですね。出来上がっていますよ」
店主は笑顔で写真の入った封筒を渡してくれた。
家に帰って封筒を開けると、二十四枚の写真が入っていた。公園の桜、道端の猫、古いアパートの外壁、空の雲。どれも何気ない風景だったが、不思議な温かみがあった。
美佳はその中から一枚を選んで、SNSに投稿した。夕日を浴びた桜の写真だった。
「花田さんからいただいたカメラで撮った最初の写真です。フィルムの温かい色合いが素敵です。大切に使わせていただいています。#何もいらないから全部くれ」
その投稿には、今までで一番多くのコメントが届いた。
「美しい写真ですね」
「フィルムの色合い、懐かしいです」
「私も昔、同じカメラを使っていました」
そして、花田静子さんからもコメントが届いた。
「主人もきっと喜んでいると思います。素敵な写真をありがとうございます」
美佳は返信した。
「素晴らしいカメラをありがとうございました。これからもたくさん撮らせていただきます」
その日から、美佳は毎日のようにカメラを持って外に出るようになった。街の風景、人々の表情、季節の移り変わり。今まで気にも留めなかった日常の一コマ一コマが、レンズを通すと特別な意味を持って見えた。
一週間後の夜、美佳は自分の変化に気づいた。
最初は「何もいらない」と言っていたのに、今では毎日を楽しみにしている。植物の世話をして、本を読んで、写真を撮って、SNSで人とやり取りをして。
何もないところから始まったのに、今では部屋は小さな贈り物であふれている。そして何より、たくさんの人とのつながりができていた。
でも、それは偶然ではないかもしれない。
美佳は考えた。
「何もいらない」と言ったから、人々は安心して物をくれたのかもしれない。見返りを求めない相手だから、気軽に贈り物ができたのかもしれない。
そして、もらったものを大切にする姿を見せたから、人々はもっと贈り物をしたくなったのかもしれない。
逆説的だった。何もいらないと言うことで、すべてを得ていた。
スマートフォンが鳴った。新しいメッセージだった。
『美佳さん、はじめまして。私は雑誌の編集者をしています。美佳さんのアカウントを拝見して、とても興味深く思いました。もしよろしければ、美佳さんの活動について取材させていただけませんか? 編集部・山田』
美佳は驚いた。取材?
でも、少し考えてから返信した。
「ありがとうございます。でも、私は特別なことは何もしていません。ただ、皆さんからいただいたものを大切にしているだけです」
すぐに返信が来た。
『それが素晴らしいのです。現代社会で失われがちな、物を大切にする心、人とのつながりを大切にする心。ぜひお話を聞かせてください』
美佳は長い間考えた。
取材を受けるということは、自分の活動が注目されるということ。それは本当に良いことなのだろうか?
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