ドリーム・キャッチャー―③
「そういえば、悪夢をつかまえるお守りがあるのを知っているだろうか」
ドリアンが思い出したように言った。
「
「いや、おれの姉の
円形の
「網に使われる糸も色とりどりで、地域によって、網目も少しちがったりするそうだ」
説明する間も、ドリアンは、リュンヌの右手をはなさない。
(おもちゃがわりにされている……)
と、リュンヌは思ったが、ふりはらう気にもなれなくて、好きにさせておいた。
自分は、黒と青の男子らしいデザインのものをもらったが、女子が好みそうな色もあるから、好きな色を教えてほしい、と、ドリアンは言う。
「好きな色ね、なにかしら。夜を照らすお月さまの色がいいかしらね」
ドリアンが、ふと、リュンヌの瞳をのぞきこんだ。
「それは、おれも好きな色だ。きいろい満月の色」
にこりと笑う。
「さっそく姉に言って、送ってもらうようにしよう」
「ふふ、ありがとう。楽しみにしておくわ」
「ほかにほしいものは?」
ドリアンがたずねる。
「ほしいもの……、けれどあなたは、わたくしが悪い子になっても、斬って止めてはくれないと言うし……」
「なんだか、まるで斬ってほしいみたいに聞こえる」
ドリアンがふしぎそうに言う。
「わたくしを終わらせてくれるなら、あなたが良いなと思っただけよ」
リュンヌは言った。
「いやだね」
顔をしかめて、子どもっぽく返されて、リュンヌは苦笑いした。
「なら、残念だけれど、あきらめるわ。そもそも、こんな身勝手なお願い、だれも聞いてはくれないわね」
そのときふと、なぜだか、リュンヌの脳裏にシャルルの顔がよぎった。
「ほら、そんなふうに笑うから、おれはあなたがゆめの中のひとなのではないかと不安になってしまうんだ」
ドリアンが、リュンヌを握る手に力をこめた。
「痛いわ。ちゃんと現実よ」
「ほんとうに?」
「疑り深いのね。ほん……」
その先を、リュンヌは言えなかった。
ドリアンが、傷痕に口づけたからだ。
「え、あの……、きゃ」
ドリアンが、ゆっくりと、傷痕に舌をはわせた。
「ななな、なにをして……」
うろたえたリュンヌが、腕をずらそうとするが、ドリアンがしっかり握っていてかなわない。
「おいしそうだったから」
ドリアンが、二の腕に口づけたまま、上目遣いにリュンヌを仰いだ。
濃い茶色の、ショコラのような瞳に映される少女の姿を、リュンヌは見る。
(ああ、ほんとうに、なんて甘くておいしそうな女の子なんだろう……)
そこに映されていたのは、とまどい、うろたえ、よろこびに震えているひとりの少女。
昔なくしたはずの彼女の右腕を、少年は宝物のようにおしいだく。
腕がしだいに熱くほてり出す。
しかし、熱いのは、右腕だけだっただろうか。
リュンヌは頭がぼうっとなってきた。
――と。
聞こえてきた規則正しい息の音で、リュンヌはわれに返った。
「寝ているわね……」
ドリアンが、リュンヌの肩口に頭をのせて、寝息をたてていた。
息の中にかすかに混じるのは、ショコラとアルコールの香り。
「ウイスキーボンボン……、食べていたわね……、たくさん」
リュンヌは、はあ、とため息をついた。
「おかしいと思ったのよ」
リュンヌは、ドリアンの頬をつねって起こしてやろうかなと思った。
けれども、ドリアンがリュンヌの手をにぎったまま、あまりにも幸せそうな顔で寝ているので、リュンヌはかわりに、そうっと、やわらかい彼の髪の毛を撫でた。
***
いくばくかの時間がすぎた。
ゲーム・ルームの扉がひかえめにノックされた。
返事がなかったので、廊下にいたソワレ家の護衛と侍女は、声をかけてから、しずかに扉を開けた。
「おや」
「あら」
ふたりの大人は、思わず顔を見合わせ、笑みをもらした。
彼らのお姫様は、若い剣士と手をつないでもたれ合ったまま、すやすやと眠っている。
「お起こしいたしましょうか?」
侍女がひそひそ声で、護衛に聞く。
護衛は首をふった。
「いや、いましばらくは、このままで。おふたりとも、とても良い夢を見ておられるようだから――」
***
翌日は、近くの
今日は、彼らの貸し切りだ。
ふだんここを使っている兵士たちには休暇をあげて、残っているのは、責任者だけである。
立ち会いの責任者は、護衛とは顔なじみらしく、興味深げにアーブル子爵の発明品について、ふたりでああだこうだと話をしている。
こんなところにまで案内してくれるだなんて、と、バンジャマンは感動する。
ドール王国は、領主の力が強い。
それぞれの領は、それぞれの領主がおさめるひとつの「くに」と言っていい。
かのボア領主が、国軍司令官に「
それら各領を、今のところ、うまくとりまとめているのが、国王だ。
もしも
仲の悪いソワレ家とアルジャン家は、表面上の行き来はあるが、それぞれの手のうちをさらすことはない。
たかが小さな練兵場とはいえ、軍事施設など、もってのほかである。
現領主同士では、なせないことだ。
すでに政治の世界に片足をつっこんでいる
仲の良い学生たちだからできた。
リュンヌには、政治はわからない。
ただ、なんとなく、ウジェーヌのようすを見て、「ここまでならやっても許される」という範囲を感じ取って動いているだけだ。
ドリアンは、うれしそうにぶんぶんと剣を振りまわし、その使い心地や、思いついた改良点などをアーブル子爵に意見していた。
(あのようすは、昨夜のことを、ぜんぜん覚えてないということかしら)
リュンヌは少々
「わあ、リュンリュンてば、そんな趣味があったのね」
「趣味レベルじゃないだろう……」
バンジャマンが、メモを取る手を止めて、あぜんとしてつぶやく。
「バンジャマンさんも、撃ってきてはいかが? すっきりするわよ」
すたすたとふたりの元に戻ってきたリュンヌが、令嬢らしからぬ誘い方をする。
「そうだな、そうさせてもら……」
言いかけたバンジャマンだったが、きららが、リュンヌにさっと手ぬぐいを差し出して、
「ほっぺが汚れちゃってるわ。リュンリュン、じっとしてて」
と、やさしく汚れを
「あとにするよ」
と
そのままきららとリュンヌは、ベンチに並んで座り、とりとめのないおしゃべりを楽しむ。
バンジャマンが、うっとりと精神的な糖分補給をしているところに、アーブル子爵もやってきた。
「おや、リュンヌ様、おぐしに葉っぱが……。失礼します」
と、アーブル子爵は、
「ありがとう、エトワール」
にこっとリュンヌが答える。
バンジャマンは、顔をそむけて、大きく舌打ちした。
どうやら、盛大な解釈違いが起こったらしい。
***
――長い冬休みを、彼らはそんなふうに過ごした。
ようやく王立学園の新学期が始まったのは、十数日後、明星王が14年2月17日のことである。
新学期にふさわしい、冬晴れの日だった。
学園の生徒たちは、久しぶりに顔を見る学友たちと、笑みを交わし、会えなかった間のあれこれを話し合った。
通りがかった
リュンヌ=ソワレは、昼休みに、ドリアン=フェールから贈り物をもらった。
リュンヌは寄宿舎に帰ってから、さっそくそれを枕元のかべにつるし、満足げにしばらくながめて楽しんだ。
夜色の黒と、月のはちみつ色の糸で編まれたお守り――「
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💫次回更新予定💫
2025年12月22日 月曜日 午前6時46分
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