世界のふちに立つ―⑤
バンジャマンときららが図書室にもどると、人が増えていた。
30代とおぼしき下級貴族の夫婦だった。
「こちらは、デュポン男爵と、男爵夫人。ガスパールのご両親だよ。さしいれのミートパイをたくさんいただいた」
先にあいさつを交わしていたシャルルが、ふたりを紹介した。
古風なシルクハットを手に持った男爵と、小さな鞄をさげた夫人は、ともに飾りけのない黒い服を着ていた。
息子の喪中だからだ。
バンジャマンは伏し目がちに、簡潔にあいさつした。
きららは、ていねいに、おじぎした。
ポンペットが、閲覧席の机のうえで、じーっと夫婦をみつめていた。
机のうえには、さっきまでなかったバスケットも置かれていた。これが男爵夫妻からのおみやげだろう。
「学園のほうから、本日、光の乙女様が息子の魂を神のみもとに送ってくださるとお知らせいただいて……。わたくしどもの息子のことで、みなみなさまのお手をわずらわせてしまい、ありがたくも申し訳なく……」
男爵が、深々と腰を折った。
「同じ学園で学んだ仲ですもの。あたりまえのことです」
光の乙女はこたえた。
「わたしが、この鳥のなかに、ガスパール君の魂を一時的に封じています。ご不快なら、すぐに向かうべき場所へお送りしますが、ご不快でなければ、しばらくごいっしょにお過ごしになりますか。あまり良い状態でないのはたしかですが、すぐに魂がゆがむようなことはないと思います」
5勇士のひとり、魔法使いが言った。
「わたくしたちは、席をはずしましょう」
公爵令嬢が、机のうえにあった地図をくるくると巻きとって、言った。
「このたびは……、思いがけぬ奇禍に遭われて尊い命を喪ったこと、お悔やみ申し上げます」
5勇士のひとり、宰相の息子がゆっくりと言った。
いまだ感情的には
「……こちらを、どうぞ、お納めください」
男爵夫人が、何かを決心したかのように、黒い皮の鞄から1冊のノートのようなものを取りだした。
少年少女たちは、いちように、胸を
「お預かりいたします」
バンジャマンが受けとった。
少年少女たちは、しずかに退室し、2階の空き部屋に移動した。
ガスパールの母からあずかった、彼の日記を読むためである。
***
日記は、今年の新学期からはじまっていた。
内容をかいつまむと、こんなふうになる。
新学期に光の乙女が転入してきた。
夏休み中に、王太子殿下と宰相令息が
5勇士に選ばれていた。
なんてすごいんだろう!
同じ学園に3人もの生ける伝説。
ときおり遠目にながめることができた。
かれらは輝いていた。
後輩として誇らしく、そして
言いようのないほどに
うらやましかった。
ガスパールの日記は、個人の日常としては、痛々しいほどに何もない日々がつづられていた。そのいっぽうで、ほのかに明るく語られる夢があった。
1年次の魔法学の授業で、担当のソワレ先生から、闇魔法の素質があると言われたことがあるのだ。
今学期は、魔法をがんばるつもりだと書いてあった。
がんばれば、もしかしたら
5勇士みたいになれるかもしれない。
いつもまばゆい日ざしのなかにいる
彼らのように。
たくさんの人に
愛されるかもしれない。
ざんねんながら、当の魔法学教師は今年度から高等部のほうに異動になってしまった。
気を取りなおして、魔法学を受けたけれど、新しい教師の授業は、ものたりなかったようだ。
中間考査の結果は
基礎魔法学の実技試験だけ
Aを取れた。
とてもうれしかった。
ひっこみ思案のガスパールは、独学で、コツコツと勉強しようと決意した。
王立学園の図書室には、中学生にはじゅうぶんな量の蔵書があった。
むずかしい本を、少しずつ、一生懸命に読んだ。
〈11月15日〉
図書室で、アリスティド殿下と
ぶつかってしまった。
闇魔法の本を落としてしまった。
側仕えの先輩がひろってくれた。
殿下に闇魔法をがんばるよう
天にも昇る気持ちでいたら
うっかり部屋で
2冊借りた本のかたほうを
汚してしまった。
せっかく、殿下に声をかけてもらえて
魔法をがんばろうと思っていたのに。
こんな
あきれられて
殿下の視界に入ることすら
ゆるされなくなるかもしれない。
そんなのはいやだ。
殿下の期待にこたえたい。
なんとかごまかさなくては。
〈11月17日〉
王都の古書店で、2冊購入した。
1冊は、版のちがう『魔物大図鑑』。
もう1冊は、『影の魔道書』。
なんだろう、このふしぎな本は。
はじめのほうだけ、読んでみた。
なぜか心にひびく。
ぼくの気持ちを
わかってくれるみたいに。
これをかいた人は、
きっとすごくいい人だ。
いちばんはじめに載っている
おまじないを、
試してみたら、ほんとうに、
夕食のときに、
クラスメイト2人から
話しかけられた。
きっとぐうぜんだろうけど、
うれしいな。
おまじない、次の章にまだ載ってる。
いまから、やってみよう。
〈11月18日〉
昨夜、そのままどんどん読み進めた。
第3章から、おかしなことが
書かれていた。
おかしい。
ゆがんでいる。
これって、法律違反じゃないのかな。
そう考えて、図書室で、
法律の本を借りて読んでみた。
やっぱりそうだ。
やさしく解説してあるけど、
やっちゃ、だめだと思う。
だのに、気になって、気になって
しかたがない。
いけない。
これは、悪い本だ。
でも、おまじないは効いた
体がポカポカして、
気持ちよくなって、
発表だって、緊張せずに
がんばれた
おまじないだけを
使うようにすれば……
ガスパールは、誘惑をたちきろうと、法律の本を借りた。禁術で破滅する過去の例を読んだ。
先生に、相談しようか。
だめだ、詳しく説明したら
借りた本を汚したことがばれる。
考えてしまう。
頭の中で声がする。
いくつもの禁術が載っている。
これだけたくさんあるなら
ひとつくらいは
ためしても良いのではないだろうか。
どれにしよう。
記載された項目を写して、
じっくり考える。
失敗しないように、
簡単な呪文がいいな。
いつならいいかな。
どこならいいかな。
アーブル子爵が来校する。
アーブル子爵の来る日なら。
たくさんの頼りになる大人がいて。
アーブル銃もあって。
もしもぼくが成功してしまっても
助けてもらえる。
早くしないと。
急げと、だれかが言っている。
だれだろう。
なにを。
この本を?
いやだよ、とられるのは。
――そうだ、
ここにひとつ呪文を
書き写してみよう。
ほんとうに詠唱するときの
練習にもなる。
ほら、書き写しても、
何も起こらない。
だから、ぼくが唱えても
きっと、何も起こらない。
だいじょうぶ。
うまくいくよ。
闇魔法。
ぼくは、素質があるから。
あいつも言ってる。
お前なら、うまくやれるよって。
アイツって、ダレダロウ。
***
「ガスパールは狂っていた、いや、狂っていったのか?」
バンジャマンは、驚いてつぶやいた。
――――――――――――――――
【脚注】〈11月15日〉
断章 王太子殿下のティー・タイム②をご参照ください
https://kakuyomu.jp/works/16818622176221417372/episodes/7667601419924601527
生前のガスパール=デュポンが登場します
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ご覧いただきありがとうございます(・▽・)
どうぞまたお気軽にお立ち寄りくださいませ
💫次回更新予定💫
2025年12月1日 月曜日 午前6時46分
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