黄昏にはばたく―③

 2度目の風魔法は、第1弾よりも激しいものとなった。

 狸は下からあおりをくらい、鼻づらを持ち上げられた。

 バシャンと水しぶきが上がった。バランスを崩され、獣の四つ足が、湖の中に落ちる。

 倒れはしない。沈みもしない。

 すぐに体勢を立て直し、狸は再び、湖面の上に立つ。

 警戒しているのだろう。先ほどよりも、高く。


 プライドを傷つけられた獣は咆哮ほうこうする。

「ケエエエェェェー…ンッ!!」

 

 声はすさまじく、森をびりびりと震わせた。

 兵たちの中には、とっさに耳を押さえる者もいた。

「狸じゃなかったのかよ! きつねだろ、アレ。狸なら、ポンポコ鳴きやがれ」

「いや、ポンポコは鳴き声じゃないだろ」

無駄口むだぐちたたくな、次、来るぞっ」


 国軍の兵士たちは、いまやすっかりだった。

 まるでいつもの訓練のように、適度に緊張する身体と、適度に弛緩しかんする精神を保っている。


 なぜならば、彼らは見たのだ。

 雪の降り積もった朝、通りすがりの大人めがけて雪玉をぶつけるいたずらっ子がごとく、その少年が黒狸に向かって特大の空気のかたまりをぶつけるのを。

 名高い1級魔法士が、顔色ひとつ変えずに、それを援護えんごするのを。


 この作戦における彼ら国軍兵の役割は何であったか。

 それは、「ヤツ以外の魔物の殲滅せんめつ」であり、「魔法士たちの仕事を邪魔するモノどもを排除すること」であった。

 彼らは、思い出した。

 だから、彼らは、それに注力した。


 〈門〉を閉ざし始めた光魔法士2名のため、そして、強力な攻撃を連打する魔法士の師弟のために、雑魚ざこどもを取り除くのである。


 黒狸こくりという主役を盛り立てる群舞ぐんぶのように、小型、中型の魔物が〈門〉から、湧き出して来ていた。

 それほど、この〈門〉は、大きかった。


 おそらくは、ドール王国の古今どの文献ぶんけんにも載っていない大きさだ。

 平均的な〈門〉の3倍ほどはあろうか。


 これを、私欲のために管理しようと思うなど、魔物の専門家からすれば、無知蒙昧むちもうまい、愚かにもほどがある。

 大きな〈門〉は、大きな魔物を通す。

 当たり前のことである。


 12司祭ルゥルゥと、それに従う光魔法士ドニは、滝裏の岩はだに向かい、広範囲に光魔法を拡げていく。

 永久に、完全に、この地の〈門〉を閉ざすために。

 拡がる光は、まぎれもなく神聖、かつ、強大で、ここに敬虔けいけんなルミヌ教信者がいたなら、滂沱ぼうだの涙を流しながら五体投地ごたいとうちしているところだ。


 光魔法士たちを狙う魔物は、兵士たちによって、飛びかかる前に撃たれ、あるいは切り捨てられた。


   ***


 怒りに満ちた狸の目は、ちっぽけな個体ふたつに、釘付くぎづけにされていた。

 油断すれば、痛い目を見る。

 それはもう明らかだった。


 狸は考える。

 こやつらと、正面切って戦うか、逃げるか。

 おのれがそれを考えたことに、驚く。

 生まれたばかりの仔狸こだぬきの頃ならいざ知らず、なぜ逃げるだなどと、と。


 そうだ、あやつのせいだ。

 少し前、われが魔界に一時撤退を余儀よぎなくされた原因。

 火の魔法の使い手。

 燃えるような目をしていたあやつ。


 繰り出される劫火ごうかに、自慢の美しい毛を焼かれ、皮膚はただれた。

 こちらに存在するためには、こちらの世界に合わせて身体を組成そせいせねばならない。その脆弱ぜいじゃくさをかれた。


 爆炎ばくえんが身をおおい、危うくられるところだった。

 もしもここが、水の豊かな地帯でなければ。 


 偶然の勝利?

 否。

 天は、われの味方である。


 ようやく落ち着きを取り戻した狸は、ニヨニヨと笑う。

 ここで逃げるだなどと、あり得ない。


 火の魔法使いに傷つけられ、魔界に帰り、肉の器を脱ぎ捨てた。

 いまは、また、真新しい体でここにる。

 小癪こしゃくな火魔法の使い手のせいで、数分の1ほどが、われは、元々が、頑健な強者なのである。

 少々の弱体化など、何ほどもない。


 われの使う風と、あやつの使う火は、相性が良くなかった。

 だが、ここにいる2粒の魔法使いが使うのは、風。

 われのほうが、魔力は高い。


 見てみよ。

 地面に縫いつけられたまま、われと同じ高みに立つことすら、できておらぬではないか。


 われは絶対的強者である。

 風の王者である。


 その領域において、何ものをも凌駕りょうがする。


 知らしめようではないか。


 絶望するが良いさ、そよ風の魔法使いども。

 その絶望ごと食い尽くしてやる。


「キヒキヒキヒ」

 狸は、らず、皮算用かわざんよう

 下卑た笑いを漏らした。


   ***


 狸が笑っているな、と、シャルルは頭の片隅で思った。

 楽しそうだ。


(うん、わかる)

 初めて、狸に共感した。


 


 つぎの魔法を考えることが。

 魔法を繰り出すことが。

 その効果を目の当たりにすることが。

 すべてが。


 シャルルは、楽しくて楽しくて仕方がない。

 まるで、新しいおもちゃを与えられた子どもだ。

 ずっと、我慢して、我慢して、耐えて、耐えて、耐えて…!

 ようやく手に入れたご褒美ほうびだ。


 ジュリエット=クレマンに対する罪悪感も、狸に対する恨みつらみも、身内に対する怒りも、あまたの葛藤かっとう懊悩おうのうは、いざ、戦いに身を投じた瞬間から、どこかに追いやられてしまった。


 シャルルは、魔法使いだった。

 魔法を使うモノだった。


 だから、シャルルは、魔法を使った。

 水魔法を。


 すぐさま、師が、風魔法で追いかけてくるのがわかった。

 ひとりでは、成しえない魔法。

乗算じょうざん魔法だ)

 シャルルは、微笑んだ。





ご覧いただきありがとうございます(・▽・)

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   💫次回更新予定💫

2025年9月25日 木曜日 午前6時46分




 







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