第1話
━━━数年前
「よお!そこの兄ちゃんうちの店寄ってってよ!」
突然声をかけられそちらを見るとそこには怪しげな商人1人。
一見笑顔で人懐っこそうな人だが…
なんか怪しいなぁと思いつつも店内を覗くと、ヴィンテージ物や心惹かれる商品がずらりと並んでいる。
引き込まれるように店内に入り目に入る煌びやかな物達を手に取り眺める。
すると店の端っこに飾られている、手入れもほとんどされていない。
それでも一際心を奪われるモノを発見した。
「あー、これねぇ不良品だからこーんなスラム街に売られているんだわ。まあ、もう置物同然なんだけどね。」
と商人が隣で喋っているが、そんなことどうでも良くなるくらいこの人形が魅力的に見えて仕方がなかった。
美しい黒髪、陶器のような白い肌、長いまつ毛…目の色は何色なんだろうか、どんな声をしているのだろうか。
いつしかリュカはその人形から目が離せなくなっていた。
その様子を見た商人は、
「そんなに気に入ったら譲りますわ、金はいらない。」
やっと邪魔物いなくなるーとご機嫌に伸びをしながら何やら書類を探し始めた。
「まあ、これはもう不良品だからさ、いらねえと思うけど」
と独りごつをこぼす商人。
差し出された書類には『プランツドールの育てかた』と書いてあった。
…プランツドール、昔聞いたことがある。
プランツドールが流す涙、『天国の涙』は最高に愛されたドールが流す涙のことで、結晶化し宝石のような輝きを持つため、非常に希少で高価で取引されているという噂を耳にしていた。
しかしリュカはそのような取引や商人達の性悪さには理解し難いものがあったため、あまりプランツドールについては知ろうとはしていなかった。
(面倒事は避けたい…が、不良品なら…)
見れば見るほど美しいそれにもう長らく感じなかった感情を覚えた。
━━━守りたい。"この子"を。
そう強く願った瞬間、人形の目がピクっと動いた。
そして瞼を震わせながらゆっくりとイエローゴールド、オーロラ、目には十字の瞳孔が現れた。
…なんと美しいことだろう。
リュカが彼女の瞳に夢中になっている背面で
「そんな…!誰にも目を覚ますことが出来なかった不良品が…!」
と商人は驚愕していた。
目が開いた少女は目の前の青年を見上げ、首を傾げる。リュカはあまりにも咄嗟のことに反応が遅れたが、すぐ彼女が求めていることは何かを考えた。
…そうか、名前か。名前をあげよう。
そう思いもう一度彼女を見る。
神秘的な瞳、無表情だがそれでもわかる美しさ、まるで女神のようだ。
ーーそうだ、昔ギリシア語で聞いた"テア《女神》"はどうだろうか。
試しにリュカは「テア」と呼ぶ。
すると少し目を見開いた後、彼女はリュカの近くに寄り、横に並ぶようにしてリュカの手をぎゅっと握った。どうやら気に入ったようだ。
さて、この目覚めてしまった少女をどうしようか。
そんなことを考えながらずっと手を離そうとしない少女とともに帰路につくのであった。
自宅へ着き、彼女を一旦椅子に座らせる。
「今日からここが君の家だよ。」
そう言うと彼女はこくんと頷く。
…この子は話せないのかな?そう疑問に思い、自分も長い散歩で疲れたこともあり、行商人から貰った『プランツドールの育てかた』をベッドの上で読み始めた。
1.基本的には言葉を話せない。
2.目を覚ませば、自発的に歩行や入浴などの日常動作は可能。ただし、食事は受動的であり、誰かから与えられなければならない。
3. 主食はミルクやケーキなどの甘く柔らかなものを好む。
食後には極上の笑顔を見せるのが特徴。
4.肥料(栄養強化)は砂糖菓子(キャンディ・砂糖細工など)。定期的に与えることで体調や品質を安定させることが出来る。
5.最重要栄養素は“愛情”。主人からの愛情が与えられなければ、いかに食事や肥料が揃っていても口にしなくなるため注意が必要。
6.愛情が不足した状態が続くと、心身が衰え、最終的には“枯れる”。
7.枯れたプランツドールは二度と目覚めることはない。
……なるほど、そういうことだったのか。
話せないなら表情で...と彼女を見るがいつまでもその表情は動くことがなかった。
無表情だなぁ…と苦笑いし、この先の生活に少しばかりの不安を抱いた。
ふと、彼女の髪や肩にホコリが溜まっていることに気づいたリュカは
「体、綺麗にしようか。」
と温めたタオルを持ってきた。
テアは何をされるのか分からず首を傾げていたがリュカの起こす行動に身を任せることにした。
髪に着いたホコリを櫛で優しく梳かし落とす。
そしてタオルで顔や肩、全身を優しく拭きあげ、リュカの大きな服を新しく着せた。
綺麗に整えられた黒髪、より一層綺麗に見える肌、リュカは1つの芸術作品を完成させたかのような達成感があった。
一方テアはその時に触れたリュカの手があまりにも暖かく、優しかったのか、テアの心はふわふわと夢心地のような感覚を覚えたのであった。
日が落ち、夕食の時間が近づく頃。
「そうだ、君のも準備しなくてはだね。」
冷蔵庫にあるミルクを取り出す。
あの説明書には人肌くらいと書いてあったな、と思い出しながらミルクを温めるリュカに近づき袖をぎゅっと掴むテア。
「どうしたの?寂しくなった?」
そう問いかけるも首を傾げるテア。
まだ自分のことがよくわかっていないようだった。
自分の夕食の支度もそこそこに、まずはこの子に食事を、と、器に温めたミルクを移し、彼女に飲ませた。
こく…こく…と飲み終わると、ふわっと彼女が笑った。
その笑顔にリュカは目を見開き
「今、笑った…!」
と喜んだ…がすぐにテアは無表情に戻り、首を傾げた。
テアが不思議そうに見つめる中
……ああ、これが極上の笑顔というものか。
と嬉しさを噛み締めるリュカであった。
夜になりリュカがテアに毛布をかけてあげたあと、自分のベッドに座りながらそっと呟く。
「……君が笑ってくれて、嬉しかった。でも、君がその時どう思ったのか……本当は何も、わかってないんだなって思ったよ。」
その声に反応してテアがこちらを向くが、またただ静かに首を傾げるだけ。
リュカは寂しそうに笑って、
「……まあ、ゆっくり知っていこうか。」
と、自分に言い聞かせるように囁く。
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