172.おじさん、テイム◆

「スキル:暗黒魔弾……!」


 サラはスキルを宣言する。


 全力で戦うという姿勢に変更はない……!

 というか全力でない時点でマスターを退場にされてしまう以上、それ以外の選択肢がない。


 いくら弱体半減といってもテイム武器と通常武器をつけた状態とは大きな隔たりがある。


 なにしろ"契りの剣TM"は強力な弱体化がされる以前に、強化される能力がゼロであるのだ。


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 ■契りの剣TM

 AT+0


【効果】

 モンスターを”必ず”テイムできる。

 能力が低下する。

 テイムするためには戦闘の最初から最後まで装備している必要がある。

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 ジサンの有する最上の通常武器……強化される上に、凶悪な効果まで付与されるスターク・ブラックとでは絶望的と言えるほどの差があるのだ。


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 ■スターク・ブラック

 AT+642


【効果】

 攻撃対象を無状態とする。

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「……」


 だが、倒れない……


 ジサンは嵐のような弾幕の中をすんでのところで切り抜けている。


「っ……」


 攻撃後の隙を突くように無言で何度か斬りつけてはまた離れていく。

 サラ自身も初めて体験することであったのだが、テイム武器による攻撃には痛みはなかった。減るのはHPだけだ。

 サラからすると、痛み(そんなもの)はあってもなくてもよく、むしろあって欲しいと思う程であった。


[魔法:レインボウ・レイ]


 ジサンがサラへの攻撃を一切、躊躇しないのと同じように、サラもまた全力であることに躊躇はない。できることなら自身が死闘の末に敗れ、シゲサトやミストが生存し、自分が消滅する方が好ましいのかもしれないが、それは優先度2の話である。優先度1はあくまでもジサンの生存。その決意に揺るぎはない。

 だから、終盤のみに許された強力な技を惜しみなく使用する。


 だが、仕留められない……


 攻撃が全く当たっていないわけではないにも関わらず……


「……」


 そんなジサンに対し、サラは一種の不気味さを感じていた。


 さっきから……攻撃する時も、攻撃を受けても全然、反応がない……

 まるで何も感じていないみたい……


「……」


 気が付けばサラのHPはいよいよ1/4を切ってくる。それはつまり彼女にとって、これまで使用できなかった最上級の攻撃を発動できる条件でもあった。


「マスター……ごめんなさい……」


 いくらマスターでもこれは……


「……スキル…………灰魔鏡雪」


 そう宣言するとサラを中心とした正十二角形の鏡の部屋が地中から出現し、ジサンはその中に閉じ込められる。

 その後、チラチラとした灰色の光がサラの周囲に大量に発生し、方々へ進行を開始する。

 光は鏡に触れると消えることなく反射して再び進行を始める。

 その間もサラからは新たな光が生成され続け、鏡の部屋は夥しい量の光で溢れかえり、もはや部屋の住人の姿すら吹雪の中に消えてしまう。


 所定の攻撃時間が終了し、鏡の部屋は硝子が粉々に割れて消滅する。内部の雪も解き放たれ、次第に溶けるように消えていく。


 そして、中から現れたジサンがサラに急接近し、無言で攻撃を加え始める。


「……!」


 サラは驚く。


 HPが減ってない……!? 当っていない……!?


 大技の後のインターバルは長い。サラは通常攻撃で応戦する。


 しかし……


 攻撃が全然当らない……!?


 いくら通常攻撃はスキルよりは弾幕密度が少ないとはいえ至近距離でも全く攻撃が当たっていない。


 なんで……?


 単純に避けてるだけ……


 どういうこと……!?


 いくらなんでも速過ぎる……


 いや……違う……


 これが本来のマスターだ……


 ◇


「きゅうん……」


 私の中に残る微かな記憶……


 私はきっとまだフェアリーか……はたまたスライムだったかもしれない……


 そんな私はカスカベ外郭地下ダンジョンで自分より遥かに大きなモンスターと対峙し、HPは残り僅か……瀕死寸前のピンチを招いていた。


 ぼんやりとした記憶の中で、鮮明に残るのは彼の背中であった。


 彼は当時、"瀕死"という仕様を知らなかった。モンスターはHPゼロになったらすぐに死んでしまうと思っていたのだ。逃がすようなモンスターで試せばいいのに……彼はそれをしなかった。

 だから彼はいつも必死で私たちを守ってくれた。

 そんなとき、彼は孤独だった。

 たった一人で強力なモンスターに勝たなければならなかった。


 タンクもサポートもヒーラーもいない。


 一度の被弾すら死に直結する世界で、彼は生き残り続けた。


 彼の優しくもどこか悲しげで、そして鬼気迫る背中に対し、モンスター達は敬意と……そして畏怖を抱いた。


 ……思えば私はマスターを弱くしてしまったのかもしれない。


 そう……これは……本来のマスターだ。


 ◇


 何も……聞こえない……


 彼は、昔から何かに集中すると独りの世界に没頭してしまうと言われることがあった。


 そうなると、どうしても周りの状況をシャットアウトしてしまい、周りと協調することが難しかった。


 それが生き辛さを生んだこともあった。


 だが、ダンジョンにおいてそれは彼に有利に働いた。


 何も……聞こえない……が……よく視える……


 彼は一度、ゾーンに入ると、驚異的な生存能力を発揮した。


 ◇


「……!」


 ジサンの身体から青白いオーラのようなエフェクトが発生する。


「なにあれ……」


『あれは……パーソナル・アビリティのエフェクト……』


 サラの頭の中で、データ・アーカイブが答える。


「パーソナル・アビリティ……?」


『そうです……レベルにもクラスにも依存しない、ごくまれに個人ごとに発現する……そのプレイヤー自身の持つアビリティです』


「……そんなものが……すごい……」


 そのアビリティは"超集中"と名付けられた。


 他に何も目にも耳に入らない程に、ゲームに没頭してしまった男性が、もはや本能に従うかのように、攻撃を避けて、攻撃を当てるだけの存在となり、大魔王さまに襲い掛かる。


 激しい弾幕の嵐と斬撃音だけが戦場を支配した。


 ………………

 …………

 ……


「……マスター…………ありがとうございます……」


「っっ……!」


 どんなに音声を遮断していたとしても、その言葉だけは耳に届く。

 その言葉だけを聞きたくて、彼はここに来たのだから。


[サラが仲間になりたそうだ]


[テイムしますか?]


[はい]

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