『居酒屋 ひろ木』の妖怪レシピ 〜妖怪に店を潰されかけた結果、巫女さん(?)に妖怪料理を作ることになりました〜
辺理可付加
食い逃げ犯と大正ロマン
これなら無銭飲食の方がよっぽどマシ
【祝! 独立】『居酒屋 ひろ木』、明日より新規開店!
【悲報】『居酒屋 ひろ木』、開店前夜に破産確定!!
「待てぇこの食い逃げヤロォ〜!!」
そうなっては困るので。
オレは深夜あるいは早朝の4時、
「くっそう! どことなく卑猥な頭しやがって!」
やたら後頭部の長い、ハゲのジジイを追いかけて。
どうしてこうなったのか。
少し時を遡る。
深夜2時14分。
オレ、
目が、であって下ネタではない。
なぜかといえば、冒頭のとおり。
明日、というか日付は今日
ついに、自分の店をオープンするからである。
ご主人が老人ホームに入るということで安く買えた居抜き物件。
2階が住居で、1階が店とバックヤード。
「水でも飲むか」
興奮と緊張で寝付けない。
備品のチェックも兼ねて降りると、
「あれ?
電気ついてる?」
バックヤードとホールを遮る暖簾の下から漏れる光。
『楽しそう! 私も混ぜてください!』
『ハンバーグに?』
深夜アニメっぽい音声。
そして、
カウンター席で酒飲んでる、
後頭部の長い和服のチビなじいさん。
「ん?」
「あ、どうも」
「邪魔しとるぞい」
「みたいですね」
ジジイはアニメに視線を戻す。
画面では美少女3人がお料理中。
「ハンバーグ、のう。おぬし」
ジジイがまたこっちを向く。
長い後頭部がスイングされまくる。
「なんでしょう」
「この店の
「そうですけど」
「ではツマミを作れ。まずは肉が食いたい」
「あっ、はい」
それから1時間以上、
「唐揚げです」
「うむ」
「揚げ出し豆腐です」
「よいの」
「手作りチーズつくねです」
「うまし」
「アスパラの串揚げです」
「ソースはどこじゃ」
「だし巻きです」
「大根おろしにしょうゆをチョイ垂らし」
オレはジジイにツマミを作り続けた。
店の食材で。
ジジイは歳と体格に似合わず食い続けた。
店の酒を合わせて。
深夜アニメも終わり、よく分からないテレビショッピングばかりになったころ。
ジジイはようやく立ち去る。
ピシャリと引き戸が閉められると、残ったのは宴のあと。
ビールから高い焼酎まで、飲み尽くされた空き瓶。
少年マンガの主人公でも来たのかってくらい積み上げられた皿。
こりゃ洗いもん大変だなぁ
金でも貰わんとやってられねぇなぁ
と思ったそのとき、
「ん、金?」
頭の中で小さく電撃が走った感覚。
「あのジジイ、金払ってねぇ!!」
酒も食材もほぼ全滅。
このままでは明日のオープンなんか絶対間に合わない。
どころか利益ゼロの大赤字、店が潰れてしまう!
まだ始まってもないのに!!
「おい待てコラァ! 無銭飲食!!」
ていうかなんで、オレは言われるがままにツマミ作ってたんだ。
不法侵入者がいたら初手で通報だろう。
だけど今は考えたり悔やんでいる場合じゃない。
オレは慌てて店を飛び出して、
「ちくしょう、スタミナもあんのかよ……!」
冒頭の鬼ごっこに繋がる。
オレもスポーツマンじゃないが、浴びるほど飲み食いして互角って。
どういうこったよあのジジイ。
「ふぅむ、しつこいのう」
しかも聞こえてきた声は少しも息が乱れていない。
後ろを振り返る余裕までかましている。
バケモンかよ。
「若いの、それ以上追ってきたら死ぬるぞ?」
「アンタから金回収しないと飢えて死ぬんだよ!」
「なるほどのう」
ジジイの態度、明らかにオレの事情なんか気にしてねぇ!
だけど、
「ならば仕方ないのう」
その割にジジイ、ようやく足を止めて、体ごとこっちへ振り返る。
「最初からそうしてくれぇ。無駄に走らせやがって。てか払えるんだろうな? 酒だけでもざっと計算して」
「仕方ないのう」
「っ」
足が止まる。
だって被せてきたジジイの声が、明らかにさっきまでと違う。
例えるならバラエティの具志堅と試合中の具志堅くらい違う。
いや、ここまでなら雰囲気だけの問題、だけど
「惜しい腕の料理人じゃったが。
そういうことなら、死ぬしかないのう」
「なっ」
本当にビビらなきゃならないのは、ここから。
物騒な発言、普通なら何言ってんだってところだが、
絶対にハッタリじゃない
ジジイから発せられる、目を凝らせば見えそうなオーラが囁く。
頭からブワッと汗が吹き出す。
水滴同士がくっ付いて大きい滴になるのも、気持ち悪いくらい詳細に分かる。
あ、あ、今こめかみから、アゴだ、アゴに行った。
あ、アスファルトに落ちる……
ってタイミングで、
ヤツも杖を両手で持ち、地面にカツンと突き立てる。
すると、
あぁ、オレ、本当は寝付けてて、悪い夢でも見てるんじゃないか
波紋が広がるように、
ジジイを中心に黒い渦が広がり始める。
目を凝らせば見えそうだったオーラを、イメージどおりに再現したみたいな。
さっきまで薄明るかったよな? 夏の4時台だったよな?
深夜に戻ったんじゃないのか?
アレは、なんつーか、そう、
絵の具や墨汁じゃ出せない、夜の闇みたいな
根源的に忌避感のある黒。
それだけじゃない。
地鳴りか、獣や人間の唸り声か。
そんな感じの音も漏れ出てる。
そのなかを突き抜けてくる、ジジイのしゃがれた声が鼓膜に染み付く。
「来い、
間隔はわずか、ひと呼吸。
『ぶもおおぉぉ……』
今度は明確に牛の唸り声。
同時に、
デカい何かが、渦の中から
「牛鬼って、自覚なさすぎだろ……」
デカい、あまりにもデカい。
牛なんて範疇じゃない。
視界に映る白んだ空を、半分以上は隠してしまうほどにデカい。
牛の要素なんて角しかねぇじゃねぇか。
顔ももうグロい獅子舞なんだよ。
オマケに体は真っ黒い蜘蛛じゃん。
「うまいメシだったしの。見逃してやろうかと思っておったが」
冷たい声だ。
もうバケモノの向こうに隠れて見えない、ジジイの声か。
「さらばじゃ若いの。妖怪たちの時間に出歩いたのが運の尽きよ」
もうそんなことどうだっていい。
バケモノがデカすぎて、お互い一歩も詰めていないのに目と鼻の先。
視界がヤツの顔面で埋め尽くされている。
「はは、牛なのに犬歯がある……」
そりゃ肉食ってことだ。
やたらとデッカい口から突き付けられる、
生々しい赤
生暖かい空気
生臭い息。
『ぶもおおぉぉ……』
元から足は震えていたが、鼻息に押されてついに尻餅をつく。
へへ、歯ぁカチカチ鳴らしてやがる。
立ち上がる気力も湧かねぇや。
やがて歯を鳴らすのも止まって、
代わりに、見せ付けるように口が大きく開く。
オレの身長が2メートルあっても噛まず飲みできるな。
「ひひ、ひ……」
逆に噛まれないなら痛くないかも?
ささやかな希望が生まれたかもな。
『フン! フン!』
あぁ、近い。鼻息が近いよ。
終わっ
『ぶもおおおああ!!??』
「な、なんだ!?」
なんだかよく分からないけど、バケモノの首が苦しげにのけ反っている。
ちょっと予想外の出来事すぎる。
全然頭が追い付かない。
でものけ反った分だけヤツの顔が遠くなった。
ちょっと頭が解凍できそうだ……
ん?
まだオレはパニックの最中で、ついにおかしくなったのか?
牛鬼とかいうのの、のけ反った首の向こう。
ヤツの背中に
「あーあ、ぬらりひょん、もう逃げよったか」
和傘を持った、和装の女が立っている。
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