最終節 今一度の調査を

最終節 今一度の調査を



 城戸圭一郎(きど けいいちろう)はガラスに映った自らの姿に気づき、唇を尖らせて渋い表情を作った。


 釜炒りされた龍井茶(ろんじんちゃ)の香りを楽しみながら、湯呑を竹の茶盆に置いた。

 デスクにはノートパソコンに書類、マレーシアのパスポートとナイフが乱雑に置かれている。

 ザ・セントグレイス上海の最上階にあるスイートは、この国が大中華共産圏の崩壊をものともしない『東方の共和国』となっていることを主張しているようだった。

 大きな窓から見えるネオン街の夜景――。

 外灘や黄浦江が、遠く、低く見える。

 右耳に入れたインカム型イヤーピースから『報告を聞きましょう』と声が聞こえた。慣れているが、親しんではいない声である。


「問題は解決致しました。リム・スンホー氏は我々の提案を受け入れ、インドネシア・マレーシアの臓器輸送ルートを明け渡すと約束してくれました。拉致されていた関係者も解放するとのことです」

『向こうの政治屋はなんと?』

「フロント団体のASEAN福祉開発ネットを通して、リム・スンホー氏より事情をご説明頂きました。さきほど国民統合戦線の保健担当大臣であるアブドゥル・ハリム・ビン・ラ―マン氏より『手を引く』とのご回答を頂きましたので、ご報告いたします」


 しばしの沈黙があった。

 仮説として報告していた通り、相手方の責任者は保健担当大臣であった。

 電話口の相手は『どのような説得を?』と問いかけてきたので。


「このような説得を致しました」


 サイドボードで通話中の表示になっているスマホを手にして、城戸は円卓に座る首のないリム・スンホーの映像を送った。

 ゆったりとテーブルに近づき、鞄のファスナーを開ける。

 なかには太ったリム・スンホーの生首がある。


『ああ、ああ、なるほど。もう結構です』

「本件はこれにて終了を致します」

『わかりました。次の仕事については、追ってご連絡します』


 そう言って相手が電話を切りそうになったので、城戸は「別件ですが」と断ってから。


「先日、上海でセルゲイが殺されましたね。その件です」

『配分をめぐってのトラブル……。そう記憶しておりますが』

「全体感としては、そうした所見です。しかしながら、気になる点がありました」

『気になる点……?』

「セルゲイが接触していたと思われる華僑の指が切断されておりました。上海当局は見逃していましたが、救護技法で切断されています」

『言っている意味がわかりませんね……』

「災害救助活動で活用する技法です。建物の下敷きなどになった際に麻酔なしで部位を素早く切断する医療技法のひとつです」

『それが、セルゲイの件とどう関係するのです?』

「軍務でこれを叩き込まれるのは、日本の陸上自衛軍です」

『……自衛軍の関係者が、この件に?』

「なので、今一度の調査をさせていただきたいのです」


 再び相手は沈黙を保ち、疑念を伝えるように言った。


『こちらは頼んでもいないわけだから、費用は出ませんよ』

「構いません。セルゲイに仕事を依頼をしたのはわたしです。委託先をひとつ失ったことは、わたしとしても懸念する事柄なのです」

『わかりました。先生にはわたしから伝えておきます』


 そう言って相手は電話を切った。

 城戸はスマホを置き、軽く手を叩く。

 同じくスーツを着た男が三名ほど部屋に入ってきた。


「死体を片付けろ。頭は長寧区のインドネシア領事館に届けてこい」


 静かな口調で命じてから、城戸はサイドボードに置いたパソコンを手に取った。


「満州の五十嵐慧について、洗い直しをする。防衛省から『白い子羊(ホワイトラム)』の死亡診断書を取り寄せろ。五十嵐がかかわった『白い子羊(ホワイトラム)』が生きている可能性がある」


 パソコンの画面には黄浦区の街角を歩く女の姿が映っていた。

 城戸はいくつかの仮説をすでに頭のなかでくみ上げていた。

 それをひとつずつ、確認していく。


「現場のチームはわたしに帯同しろ。これから下町の宿場街にいく。監視カメラのない、古い宿場から違和感を探っていく」


 指示を出すなり、男たちは部屋を出て行った。

 城戸は密かに興奮していた。


 おもしろい仕事になりそうだ、と。

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