第45話『刀匠大会、開幕──“公会の剣”との激突』

王都グランディール。その中心からほど近い西の広場には、かつて騎士団が日々鍛錬に励んだ訓練場があった。


 だが今、その地は鍛冶炉と鉄槌の響きに満ち、集まった観客たちの熱気で、まるで鍛冶炉そのもののように熱く燃えていた。


「始まったわね……“王国刀匠選定会”」


 クラリスの声は震えていた。緊張ではない。それは、怒りと覚悟の火が宿る声。


「この場で“漆黒の公会”と正面からぶつかれるのね」


 湊は無言で頷く。手には、完成したばかりの蒼銀の刀身。重さはある。しかし不思議と、腕に馴染んだ。まるで、これまで打ってきた刀のすべてが、この一振りに収束したかのように。


 この大会は、ただの技術競技ではない。


 王国に認められた“正当な鍛冶師”としての称号を賭けた、国の未来を左右する戦いである。そして、それ以上に──“亡き者たちの名誉”を取り戻す戦いでもあった。


「お知らせいたします! 本年度の“王国刀匠選定会”をこれより開幕いたします!」


 高らかに響く司会の声とともに、王族の御簾が開かれる。


 そこに立っていたのは、皇太子ジークフリード。その姿は、かつての優雅な佇まいとは違っていた。軍装に身を包み、その眼差しには“審判者”としての威厳が宿っている。


「テーマは、“愛を宿す刃”──だそうだ。皮肉だな。公会の連中が“愛”なんてものを語るとは」


 ユゼルが舌打ちした。


「……いや、だからこそ、ぶつけられるんだ。俺たちの、“本物の愛”をな」


 湊の言葉に、一同が深く頷いた。


 大会は三部構成。第一部は“炉構築と鍛造”、第二部は“実演と評価”、第三部は“審判者による最終試し斬り”。


 観客たちの歓声が上がる中、壇上に一際異様な姿が現れた。


 漆黒の鍛冶服に仮面をつけた人物。白銀の無口面には、感情が一切読み取れない。


「あれが……“公会の密使”?」


「仮面鍛冶師って……まさか“呪い鍛冶”ってやつか!?」


 観客のざわめきが広がる。


 仮面の鍛冶師は何も語らず、ただ炉の前に立ち、黙々と槌を振るい始めた。


 その槌音が、明らかに“普通の鍛冶”とは異なる響きを持っていた。


 ──ギィン。


 音が金属ではない。どこか、生き物の骨を砕くような、あるいは凍てついた大地を裂くような不気味さを孕んでいた。


 観客が息を呑む中、湊たちの番が来た。


「よし、いこうぜ。俺たちは“真っ直ぐ”打つだけだ」


 湊は静かに構え、クラリスと視線を交わす。彼女の目にもまた、信念が宿っていた。


「テーマは“愛”──この刃に、私たちのすべてを打ち込む」


 湊が炉に火を入れる。風袋が回り、炎が咆哮のように燃え上がる。


 クラリスが鋼を取り出し、ラティナとミレイが素材の選定を行う。ユゼルは溶接と補助の技に徹し、ユリアナが護衛兼観客の対応を担当する。


 まるで戦場のような連携。だが、そこには一分の隙もなかった。


 クラリスが鋼を焼き入れ、湊が槌を振り下ろす。火花が散るたびに、誰かの記憶がよみがえる。


 父が残した最後の刀。母が託した言葉。ユリアナの傷。ミレイの祈り。ラティナの笑顔。


 全てを受け止め、受け継ぎ、そして“未来へ託す刃”──それが、今回の作品の名だった。


 《継星(けいせい)》──星を継ぐ者の刃。


 試し斬りが始まる。


 仮面の鍛冶師の刃は、“凍結の刃”。鋼の柱を氷のように凍らせ、粉砕する。観客からは歓声と恐怖が交錯した悲鳴。


 そして、湊たちの《継星》。


 刀身は一見地味だった。だが、その蒼い波紋は、見る者すべての胸に“なぜか懐かしさ”を呼び起こす。


「斬られるべきは物質ではない。想いの深さだ」


 そう呟いた皇太子は、自ら試し斬りに立つ。


 用意された試斬用の“動く標的”──鋼の甲冑を着た自動人形に向かって、彼はまず仮面の刃を使ってみせた。


 ──一閃。斬れた。だが、あとには霧のような氷煙だけが残り、動きは止まらなかった。


「次に、《継星》を」


 ジークフリードが湊の刃を構え、同じ標的へ。


 ──斬った瞬間、風が止まり、音が消えた。


 甲冑がまるで“心を折られたかのように”崩れ落ちる。


 沈黙の中、皇太子ははっきりと言った。


「この刃には、“人が人を想う心”が宿っている。勝者は──湊・クラリス・チームだ」


 どよめき、拍手、歓声。


 しかし、仮面の鍛冶師は一歩も動かず、静かに言った。


「お前たちの勝利など、どうでもよい。我らが求めるのは、“鏡剣”……すべての記憶を映す禁断の刃。渡してもらうぞ、次の夜に」


 そして、姿を煙のように消す。


「……やっぱり、狙いは“あの剣”か……」


 湊が呟くと、クラリスが小さく頷いた。


「私たちの戦いは、これで終わりじゃない。むしろ──ここからよ」


 西広場の空に、打ち上げられた花火が咲いた。だがその光の中に、次なる闇の気配が潜んでいることに、誰もまだ気づいていなかった──。


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